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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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あの期間間近

 隊商護衛の依頼を引き受けたユウとトリスタンは休暇に入った。作戦実施の準備にまだもう少しかかるからだ。その間に羽を休めようというわけである。


 このところ休みになるとユウは決まって自伝を執筆していた。今回の休暇もそうで、少しでも先へと進めようと羊皮紙の上にペンを走らせている。最近は明るくなってきたので長めに書けるので喜んでいた。


 そんなユウも食事の時は宿の部屋を出る。昼食と夕食は酒場で済ませるからだ。この日も一区切り付いたユウは四の刻の鐘を聞きながら酒場へと向かう。


 夕食は安酒場『泥酔亭』で食べるユウだが、昼食は酒場『昼間の飲兵衛亭』だ。熟練冒険者たちが通う店である。かつてはどこを見ても見上げるばかりだった場所だが、今やそんな冒険者たちとユウも肩を並べる存在だ。嬉しくもあるが、まだ落ち着かない。


 四の刻過ぎの酒場はどこも盛況だ。それは『昼間の飲兵衛亭』も同じである。ほとんどの席が埋まっていた。しかし、幸いカウンター席に空きがあるのでユウはそちらへ足を向ける。


「おお、ユウじゃねぇか! こっちだ!」


「クリフ? エディとブラッドも?」


「はは、みんなで色々と打ち合わせてたんだぜ。お前も来いよ!」


 火蜥蜴(サラマンダー)のリーダーであるクリフがユウに声をかけた。右頬に三本の引っ掻き傷がある巨漢の男だ。木製のジョッキを手にしている。その左隣には黒鹿(ブラックディア)のリーダーであるエディ、正面には緑の盾(グリーンシールド)のリーダーであるブラッドが座っていた。


 昔は上の人であった3人だが、今は普段酒場で見かけたら挨拶をしたり一緒に飲み食いしたりする仲になっている。同じパーティリーダーだからだ。最初は慣れなかったものの、今は当初より受け止められるようになってきている。


 突然呼ばれたユウは驚いたがすぐに3人のテーブル席へと近寄った。給仕女に料理と酒を頼むと席に座る。


「3人揃ってテーブルを囲んでいるのって珍しいよね」


「普段はみんなバラバラに活動しているからな。意外に少ないのは確かだ」


 ユウの正面に座るエディが愛嬌のある顔を向けて説明してくれた。それを聞いてユウは不思議そうに首を傾ける。


「休みが重なったの? たまたま」


「いや、そうじゃねぇ。来月の打ち合わせだよ。5月って言やぁ、魔物の間引き期間だろ」


「あ! そういえばそうだったね。もう5月かぁ」


 顔を赤らめているブラッドに教えられたユウが叫んだ。それでこの集まりが何であるのかようやく悟る。合同パーティの打ち合わせなのだ。旅に出る前によく見た光景である。


 納得できたところでユウの正面に給仕女が料理と酒を運んできた。とりあえずエールに口を付けてから肉とパンにかぶりつく。空腹に沁みる旨さだ。


 そんなユウを見ながらクリフが声をかける。


「お前、その様子だと魔物の間引きには参加しねぇのか?」


「今年は別件でちょっと町を離れるんで森には入れないんだ」


「はー、意外だな。ここだと絶好の稼ぎ時だってのに」


「そうなんだけれどね。ただ、その仕事がなくても今はちょっと森に入れないんだ」


「なんでだ?」


「それが、なぜか僕と相棒が森に入ると魔物がひっきりなしに襲ってくるんだ」


 怪訝そうな顔をする3人に対してユウは自分たちの今の状況を説明した。夜明けの森の奥へ入るほど魔物の襲撃は厳しくなり、討伐証明部位を回収する時間はもちろん、夜に寝る時間さえないということをだ。更には近くに他の冒険者がいても魔物は見向きもせずに襲ってくるのだから、他人になすり付けることすらできない。さすがに無限に戦うわけにはいかないので、ユウはどうしても日銭を稼がないといけないときのみ、日帰りで森に入っていることも伝えた。


 話を聞いたエディがユウに問いかける。


「魔物が寄ってくる魔法の道具を持ってるんじゃないのか?」


「そんなの持っていたら真っ先に宿に置いてきているよ。それに、こんなに魔物に襲われるの、なぜか今のところは夜明けの森だけなんだよね」


「何がどうなってるのかわからんな」


 やや訝しむような顔をしたエディが首をひねった。クリフも同じように首を傾げている。


 ユウとしても心当たりはないかと色々と考えて荷物をひっくり返したこともあるのだ。道具のせいではないことは自信を持って言えた。


 次いでブラッドが口を開く。


「大変なことになってんな。でも、そんなユウと一緒にいたら魔物を狩り放題になるんじゃないのか?」


「僕たちのところにやって来る魔物を横取りするならそうなるけれどね、本当に休みなしになるよ? さっきも言ったけれど、討伐証明部位を回収している最中や寝ているときにしょっちゅう襲われることになるからね」


「休みなしか。それはきついなぁ」


 げんなりとした様子でユウは木製のジョッキを傾けた。例えば、対処法がわかって何らかの方法で切り替えができるのであればブラッドの言う利用法もできるだろう。しかし、現時点では危険すぎて無理だ。


 静かになったテーブルを見回したクリスが話題を変える。


「ま、どうにもならないんじゃしょーがねーよな。で、別件ってどんな仕事なんだ?」


「今は隊商護衛としか言えないんだ。レセップさんから回ってきた仕事くらいしか」


「レセップかぁ。って、あいつ仕事するんだ!?」


「普段はあんなだから嘘みたいに聞こえるけれど、実は優秀な人なんだよ」


「信じらんねぇなぁ。どんなに話を振っても絶対拒否るヤツだって有名なのに」


「そうなの? 昔から何だかんだ色々とお世話になっているんだけれどな」


「あいつに!?」


 魔物に襲われ続けるという話のとき以上にクリフが驚いていた。余程信じられないらしい。ブラッドも似たような様子だ。


 だが、エディだけは少し態度が違った。納得した様子で口を開く。


「確かにレセップが仕事をしないのは有名だが、たまに誰かに世話を焼いてるところはオレも見たことがあるな。あのときは本当に驚いたが」


「マジかよ。お前、そんなに気に入られてんのか?」


「えぇ? 他の人がどうか知らないから何とも言えないよ」


 口を挟んできたブラッドにユウは返答した。説得すれば動いてくれるので他の人もみんな同じようにやっていると思っていたのだ。ユウからすると理由があれば動いてくれる人物である。ただそうなると、レセップの前の受付カウンターだけいつも空いている説明がつかない。どういうことなのかユウにはよくわからなかった。


 その後はまた別の話題へと移る。打ち合わせは良いのかとユウが尋ねると、3人は大体終わったから構わないという回答が返ってきた。そうして話題はユウの大陸一周へと移ってゆく。この話は人気があるのだ。昼間から飲みまくっている3人にユウはまだ話していないことを披露した。


 ユウの話が一段落すると、今度は各パーティのメンバーについて話すようになる。リーダーだけあって色々と他のメンバーについて見ていて、その評価や相談が飛び交った。ユウとしては自分と仲の良いローマン、マイルズ、そしてテリーの話が聞けたことに内心で驚く。友人をリーダーとしての観点から見るという考えがまだ薄かったのだ。トリスタンなどは相棒なので感覚としては対等なのである。


 そんなユウだったが、ブラッドからウォルトの話が出たときがもっとも気になった。知り合いの中で帰郷してからまだ1度も会っていないからだ。かつてアルフの元で一緒に生活していた中での後輩で、しかも冒険者になった中では唯一の生き残りである。繋がりこそ弱かったが、どうやら活躍しているようで安心した。


 様々な話題を話していると、ユウの耳に五の刻の鐘が聞こえてくる。気付けば鐘1回分も話し込んでいたようだ。自伝の執筆がまだ残っているのでそろそろ引き上げないといけない。


「それじゃ、僕はそろそろ宿に戻るよ」


「お、何するんだ?」


「自分のことを羊皮紙に書いているんだ。昔のことを忘れないようにね」


「へー」


 大して興味がないらしいクリスの反応は薄かった。大抵はこうなのでユウも気にしていない。


 次いでエディが話しかけてくる。


「今日のことも書くのか?」


「もちろんだよ。みんなの面白い話も聞けたしね」


「それじゃ、今度見せてくれ!」


 すっかりできあがっているブラッドが叫んだ。意外そうにエディが問いかける。


「お前、字が読めるのか?」


「読めるわけねぇ!」


「なんだそりゃ」


 もはや酒の勢いだけでしゃべっていることが判明し、クリフとエディが呆れた。それでも、興味を持ってもらえたことはユウにとっては嬉しい。


「機会があったら、僕が読んで聞かせてあげるよ」


「おう、頼むぜ! 今度な!」


 嬉しそうにブラッドが木製のジョッキを突き上げた。勢いでエールがこぼれるが当人は気にしていない。


 そんな様子を見ながらユウはその場を後にした。

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