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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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出張捜査の報告

 行商人を追跡し、トレジャーの町で倉庫のような建物を捜査したユウとトリスタンは見切りを付けるとアドヴェントの町へと引き返した。内部に踏み込めないもどかしさは感じたものの、目的は果たしたのでそれで心を慰める。


 10日以上かけて地元に戻ってきた2人はまず酒場へと足を向けた。人々で溢れる安酒場街の路地を縫うように進み、安酒場『泥酔亭』へと入る。今日も繁盛しているようだ。


 通りすがりの給仕女エラが声をかけてくる。


「久しぶり。帰ってきたんだ」


「ただいま。やっぱりここは落ち着くなぁ」


「ありがと。注文はいつものでいいのよね、2人とも」


「頼むぜ」


 短いやり取りを終えるとエラが汚れた食器を手に厨房へと向かって行った。それを見送ることなくユウとトリスタンはカウンター席へと座る。


「疲れたなぁ。今回荒事はなかったけれど、得意じゃないことをやったから大変だった」


「お前、トレジャーの町で子供まみれだったもんな。俺はほとんど行って帰ってきたようなもんだけれど」


「それで金貨2枚以上っていうのはおいしいんじゃない?」


「まぁな。いつもこうだといいんだが」


「景気のいい話をしてるじゃないかい、2人とも」


「タビサさん」


「その分こっちにも回しておくれ」


「ここにいるときは毎日食べに来ているじゃないですか。それだけじゃ足りませんか?」


「なら、あとはトリスタンに毎日来てもらうだけだねぇ」


 できあがった料理と酒を並べる間、タビサは2人に話しかけた。突然のことに驚きつつも2人は笑顔を向ける。トリスタンの方は苦笑いだが。


 夕食を始めると2人は食べることに集中する。道中では味わえない料理だ。久しぶりの暖かい食事に頬が緩む。


 ある程度食べると空腹も収まり、雑談が始まった。帰路の道中の話が一通り終わるとトリスタンが話題を変える。


「今回の依頼の報告は明日でいいんだよな」


「今はもう六の刻を過ぎているから、城外支所に行っても報告できないよ。レセップさん、絶対定時で帰るから」


「それはまた強い意志を感じるな。働かないことに命をかけているみたいじゃないか」


「働くと優秀なのにね」


 困ったものだという顔をしながらユウは最後の肉片を口に入れた。牛、豚、鶏の肉汁が染み込んで複雑な味がする。


 そんな2人に給仕女が声をかけてきた。サリーだ。3人の子供を育てながら店を切り盛りするせいか、最近タビサに似てきたとはエラの談である。


「ユウ、トリスタン、エールのお代わりはいかが?」


「まだ全部飲みきってないんだけれど、まぁいいや。ひとつちょうだい」


「俺も。それと、豚肉の薄切りをくれ」


「ありがとう。空いた食器は持っていくわね」


 手際よく2人分の食器を手に収めたサリーが機嫌良く去って行った。それを見送ったユウが口を開く。


「サリーって最近ああやって注文しないか聞いてくるようになったらしいんだよね」


「らしい? ユウは知らなかったのか?」


「旅に出る前はそうでもなかったのは知っているんだけれど、帰ってきてからは基本的にエラが僕の注文をきいてくれていたからね。トリスタンは知っていたの?」


「たまに聞いてくるのはあったな。でも、前からそういうことをしていると思っていたから特には何とも思わなかったんだ」


 話を聞いたユウはトリスタンの言葉に納得した。やはり親子だと改めて感じる。


 その後追加の注文も平らげた2人は店を出た。




 帰郷したその日、ユウとトリスタンは久しぶりに宿屋『乙女の微睡み亭』へ顔を出した。アマンダとベッキーに迎えられる。2人用の相部屋は空いていたので再び借りることにした。やはり落ち着いて眠れるのは良い。


 翌朝2人はジェナに見送られて宿を出た。目的地は冒険者ギルド城外支所だ。三の刻を過ぎた辺りで建物に入ると混雑している。その中をうまく通り抜けて2人は受付カウンターまでたどり着いた。そして、眠そうな顔を頬杖で支えている受付係に声をかける。


「おはようございます、レセップさん」


「2人とも帰ってきたか。生きてて何よりだ。成果はあったのか?」


「ありました。その報告をしに今日は来たんです」


「わかった。それじゃ打合せ室に行こうか。最近多いなぁ。ここで聞けたら楽なんだが」


 愚痴りながらも立ち上がったレセップが歩き始めた。相変わらずユウやトリスタンのことなど考えない行動だ。


 言っても聞いてくれないことは明白なので2人はロビーの人混みの中を突っ切って打合せ室へと向かった。もはやこの行動も慣れつつある。


 3人で空いていた打合せ室に入るとレセップが奥の席、ユウとトリスタンが手前の席にテーブルを挟んで座った。そうしてレセップが最初にユウへと話しかける。


「で、行商人はトレジャーの町へ行ったのか?」


「結果的には行きましたけれど、途中で獣の森へ入っていきました」


「何だって? 死にに行くようなもんだが」


「行商人たちが街道から外れて森に入った時点で見失ってしまったので行き先はわからないですが、後日また街道に戻ってきてトレジャーの町へ向かったんです。順番に経緯をお話ししますね」


 密輸組織側の思惑がわからないユウはトリスタンと共に見聞きしたことをレセップに伝えた。境界の街道の半ば辺りで獣の森に入ったこと、その後街道に戻ってトレジャーの町に向かったこと、貧民街の倉庫のような建物に入ったこと、その建物に出入りしている者たちのこと、周辺住民との関わろうとしないことなどだ。


 テーブルに頬杖をついて話を聞いていたレセップは2人が口を閉じるとため息をつく。


「運営の仕方がこっちと同じように思えるな。ということは、同一組織か。たぶんそいつらもモノラ教徒なんだろう。行商人や荷馬車が出入りしてるってことは、こりゃ中央の都市まで繋がってそうだなぁ」


「随分と大掛かりだよな」


「間違いなくでかい組織だな。こんなのは維持するだけでも結構な手間とカネがかかるぜ。アドヴェントの町を本当に潰したいのか、それとも取り込みたいのか、どっちかだ」


「この町はそんなに恨まれるようなことを何かしているのか?」


「トレジャー辺境伯への嫌がらせだろうな。戦争で勝った上に経済も上向いてきてるとくりゃ、負けた側は足を引っぱりたくもなるだろうよ」


 トリスタンの問いかけにレセップがやる気なさそうに答えた。すぐにめんどくせぇと不機嫌そうにつぶやく。空いた方の手の指でテーブルを叩き始めた。

その様子を見ていたユウがレセップに尋ねる。


「この捜査はこれで終わりで良いんですか?」


「そうだな。これ以上は冒険者に任せるよりも諜報の専門家に任せた方がいいだろう」


「良かった。山脈を越えて中央に行かないといけないのかなって思っていたんです」


「さすがにそこまでは求めねぇよ。でも、より冒険者らしい仕事に次は就いてもらう」


「なんですか、それは?」


「隊商護衛だ。狙い撃ちされているかのように隊商がやられてる話は前にしただろう。あれを逆手にとって襲ってきた連中を返り討ちにして、何人か捕まえるっていう計画だ」


 新しい仕事の話を聞いたユウとトリスタンは顔を見合わせた。確かに今回やった捜査よりも冒険者向けと言えるだろう。ただし、問題があった。


 怪訝そうな表情のトリスタンが疑問をぶつける。


「護衛の仕事は傭兵の担当じゃないんですか? 境界の街道を往来する隊商なら」


「その傭兵に任せて何度も煮え湯を飲まされている領主様がいい加減ぶち切れてるんだよ。この際強ければ傭兵に限らずとも護衛に抜擢しろってな」


「うわぁ、それは」


「密輸組織の全貌解明もやらなきゃいけないが、その間送り出す隊商がやられっぱなしにするわけにはいかねぇというわけだ。そこで、どうせなら襲撃した連中をやっつけて、その上で捕まえてやろうっていう作戦を今まとめているところなのさ、町の中の連中がな」


「これで一撃を与えられたら、相手は隊商を襲いにくくなるだろうというわけか」


「その上、こっちは密輸組織の情報を手に入れられる。悪くねぇだろ」


「でもなんで、俺たちなんだ? この町には他にも冒険者がたくさんいるだろうに」


「ほとんどが夜明けの森で魔物狩りをやってばっかの連中なんだ。対人戦と隊商護衛の経験でお前らを超える連中はこの町にはいねぇよ」


「え、そんなに?」


「大陸一周は伊達じゃねぇってことさ」


 やる気なさそうにしゃべるレセップの言葉にユウとトリスタンも困惑した。自分たちが強くなった実感は確かにあるが、他人と比べるとなるとさっぱりわからないのが現状だったのだ。


 ともかく、その後は次の隊商護衛の件についてより詳細な話を2人は聞いた。質問をしながら内容を把握してどうするべきか考える。


 しっかりと話し込んで理解した2人は正式に仕事を引き受けた。

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― 新着の感想 ―
大陸外縁部一周で移動する際はほとんど護衛でだったから経験値は段違いですよね
獣人との戦闘経験もある人も、他にはいないだろうなぁ⋯⋯
移動の度に護衛の仕事受けてたし倒した人間の数だと100人超えてるんじゃないか?
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