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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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隣町への出張捜査

 荷馬車に同行する行商人3人を追跡することになったユウはトリスタンを待たずに宿駅を出発した。前と同じように地平線近くでその姿を捉えながら街道を歩く。


 ここから先は周囲から森がなくなり、畑が広がっていた。景色が一変したことで最初は物珍しいが1日中見ているとさすがに飽きる。


 ただ、旅自体は平穏だった。ユウの追跡は何事もなく、トレジャーの町までたどり着く。こうなると離れすぎているのは都合が悪いので足早に荷馬車との距離を詰めていった。


 夕方にたどり着いたトレジャーの町はユウにとって数ヵ月ぶりの町だ。さすがにまだそれほど時間は過ぎていないので変わりはない。


 町の風景を少し懐かしみつつもユウは行商人たちの追跡を続けた。どこに向かうのかと注目していると、貧民街へ入っていくのを目にする。


 同じように貧民街へと踏み込んだユウは周囲の視線を感じた。よそ者を見る目だ。雰囲気がアドヴェントの町にある貧民の住宅街の東側に似ている。これはやりにくい。


 ともかく、あの行商人3人と荷馬車がどこに向かっているのかだけでも確認するため、ユウは追跡対象から更に離れてついて行く。そうしてようやく倉庫のような建物へと入っていった。すぐさまその場から離れる。


 貧民街から抜け出したユウはどうしたものかと悩んだ。あの様子では見張るのも一苦労なのは間違いない。アドヴェントの町では運良くバージル率いるギャング団との繋がりを得たが、トレジャーの町で同じことを期待するのは無理だろう。しかし、短期間とはいえ、あの建物を監視する必要があった。


 良い案が出ないままユウは冒険者ギルド城外支所へと出向く。通りがかりの人に六の刻近くだと教えてもらったので寄ったのだ。しかし、トリスタンの姿はなかった。念のために六の刻の鐘が鳴った後もしばらく待つ。どうやら今日中に再会するのは無理らしい。


 また明日と気を取り直してユウは酒場へと足を向けた。




 翌日、安宿を出たユウは貧民街の市場へと出かけた。アドヴェントの町と似ているがずっと規模の大きい市場にはたくさんの品々があり、多くの人々がいる。質を問わなければなんでも揃っているのが特徴だ。


 そんな場所の一角に菓子屋の屋台が並んでいる。貧民向けの怪しい菓子を売っているのだ。子供たちが物欲しそうにそれを眺めている。


 ふらりと立ち寄ったユウはその菓子を大量に買って麻袋に入れた。たくさん売れた屋台の主は笑顔でおまけまでしてくれる。礼を述べるとすぐに離れた。


 何人かの子供が後を付けてくるのも構わずにユウは市場の中を歩く。そのうち周りの景色は貧民の住宅街へと変わり、市場でついてきた子供の姿も見えなくなった。しかし、代わりに今度は住宅街の子供が何人かユウの後をついてくる。


 目的近くの場所にたどり着いたとき、周囲の目はユウに向けられていた。遠巻きに子供たちが眺めてくる。適当な場所で立ち止まると子供が距離を詰めてきた。それでもまだ間近までは近寄って来ない。


 しばらくお互いに眺める状況が続いたが、我慢できない子が現われた。ついに近寄ってきてユウへと話しかけてくる。


「にーちゃん、その袋になに入ってんの?」


「お菓子だよ。市場で買った甘い砂糖菓子。ほら」


 麻袋の中から少量の砂糖菓子を取りだしてユウは話しかけてきた子に見せてやった。すると、目を輝かせて見つめてくる。どこの貧民街も変わらないなと内心で苦笑した。物欲しそうに砂糖菓子とユウの顔を何往復も見るその子に問いかける。


「ほしい?」


「ほしい!」


「それじゃあげよう」


 言い終えるとユウはその子の手のひらに砂糖菓子を置いた。目をいっぱいに開いた子供は嬉しそうに頬張る。


 それをきっかけに周囲の子供たちが一斉に群がってきた。傍目には微笑ましい光景に見えるが、中心にいると盗賊の集団に襲われるかのような感じだ。ユウは砂糖菓子を配る際にその距離を調整する。放っておくと砂糖菓子以外も奪おうとするからだ。


 強引な子は押し返しつつ、比較的良い子には配るということを繰り返していると周囲の子供も落ち着いてくる。それでも砂糖菓子を頬張っては次々に手を突き出してきた。


 麻袋の中身が半分くらいにまで減ったのを確認したユウは周囲の子供と話し始める。何をして遊んでいるのか、貧民街のどこに何があるのかを漠然と問いかけるのだ。すると、子供は無警戒に知っていることをしゃべる。


「それじゃあね、次はあの辺りにある倉庫のような建物って何かわかる? この前通りかかったときに見たんだけれど、ちょっと気になったんだ」


「あれ、よそ者の集まりだから近づくなってとーちゃんから言われた所だ」


「オレんところはかーちゃんが言ってた。あんまり近所の人たちと話をしないんだって」


「中で何してんのか全然わかんないもんな、あそこ。教えてくんねーし」


「でも、西の方から大きな荷物を担いだ人が来て、あの中に入るのをよく見るよ」


「ぼくも見る! 行商人って言うんだよね、ああいうの」


「オレなんて昨日、荷馬車が入ってくのを見たぜ。なんかいっぱい木の箱を積んでたぞ」


「荷馬車なら出て行くのをわたしも見た! それは東の方に行ったよ」


 少し尋ねると途端に例の倉庫のような建物に関する話があふれ出てきた。日々生活して身近な場所にあるので常に目に入るのだろう。これ以上の監視役はいない。


 聞いた話をまとめると、トレジャーの町にもアドヴェントの町の貧民街にあった例の建物と同じ類いのものがあるようだった。更に推測をすると、密輸品を中継している可能性が高い。


 ただし、ここでも関係者の閉鎖性が行く手を阻んでいた。周囲から孤立することも厭わずに内部の状態を隠そうとしている。それだけに、外から見た状態の情報は集めやすそうだが。


 砂糖菓子がなくなったユウはその場を離れた。菓子配りはお終いだというと大半の子供は散ってゆく。中には更について来る子もいたが、ある程度歩くと諦めて帰っていった。


 歩きながらユウは考える。地元の子供から情報を集めることで一定の成果は上がったが、これ以上は難しいことも同時に理解した。まったく別の方法で捜査しないと進展はないと強く感じる。ただ、レセップの指示に関してはこれで果たせていると見て良い。


 どうしたものかとユウは首をひねりながら歩いた。




 トレジャーの町に到着した翌日からユウは捜査を開始したが、昼からは何の成果も上げられなかった。よその町で何かを調べるというのはなかなか難しい。


 徒労に終わった半日にため息をつきながらもユウは冒険者ギルド城外支所へと向かった。歩いている途中で六の刻の鐘が町の中から聞こえてくる。


 予定では今日か明日の今頃に相棒と再会できるはずだった。目的の人物が既にトレジャーの町へ入っている以上、足を止める理由がないからだ。


 早く合流できれば良いと思いながら城外支所にたどり着いたユウは建物近辺を注意深く見る。すると、見慣れた人物が立っていた。近づくと声をかける。


「トリスタン! もう来ていたんだ」


「ユウか。さっき着いたところなんだよ。結局こっちには現われなかったが」


「僕の方で見たよ。町に入るのも。とりあえず酒場に行こう」


 数日ぶりに会ったトリスタンをユウは誘った。2人でそのまま歓楽街へと向かう。


 この時間帯だとどこの酒場も賑わっていた。3軒目でカウンター席に連なって座れる場所を見つけるとすぐに座る。そうして給仕女に料理と酒を注文した。


 2人はしばらく雑談をして注文の品を待っていると給仕女が料理と酒を運んで来る。最初に木製のジョッキを傾けてから肉やスープを口にした。


 ある程度食べ終えるとユウが今回の成果をトリスタンに切り出す。同時に早速捜査の限界を感じたことも伝えた。


 話を聞いたトリスタンが少し難しい顔になる。


「アドヴェントの町のときと同じ問題だな。バージルみたいなのと接触できればいいんだが」


「そんなに都合良くはさすがにいかないよ。今日も昼からちょっと様子を窺ったけれど駄目だった」


「まぁそうだろうなぁ」


「でも、目的は一応果たしているんだよね。自分の目で確認しきれていないのが難点だけれど」


「だったら、明日1日その倉庫のような建物を俺たちで見張ろうぜ。せめてよく見かけるっていう行商人が中に入るところだけでも確認しようじゃないか」


「そうだね。そうしようか」


 無理をしてまで捜査を続ける必要はないということで2人の意見は一致した。


 翌日、宣言通り2人で倉庫のような建物を見張ろうとする。ところが、ユウは子供に群がられてそれどころではなかった。結局、トリスタンだけが見張り、ユウは子供の相手をして情報を手に入れる。


 思わぬ出来事でなかなかうまくいかない1日だった。

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― 新着の感想 ―
周りとの関係性を絶ってるからちょっと調べれば怪しいとはなるけど内情は中々知られない うまいことやってるなと思いますね
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