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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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道中での追跡捜査(後)

 アドヴェントの町を出発した行商人3人の追跡は道半ばまで順調だった。ユウとトリスタンは特に気付かれることもなく一定の距離で見張り続ける。


 ところが、6日目の昼頃、後を追っていた行商人たちが境界の街道から外れて獣の森へと入っていった。目視で追跡していたトリスタンに身振りで急かされたユウが現場に急行したが3人の姿はもう見えない。


 困惑するトリスタンがユウに話しかける。


「まさか森の中に入っていくとは」


「可能性は考えていたけれど、入ってどうするのかさっぱりわからないんだよね」


「追いかけるか?」


「そうだね。後を追いかけられるか見てみよう」


 相棒の提案を受け入れたユウが森へと足を向けた。街道から外れて原っぱに入り、荷馬車の残骸の脇を通り抜けて森に入る。春先なので下草の生い茂り方は夏よりもましだが、落ち葉や岩などが多いせいで足跡が見えない。


 これは無理だなとユウはすぐに思った。特別な訓練を受けているのなら可能なのかもしれないが、冒険者であるユウは追跡の訓練を受けていない。それでも追いかければあるいはという可能性はあるものの、今の森の地面はどうやっても踏みしめた落ち葉などで足音が発生してしまう。


「これは、ちょっと無理かな」


「追いかけるだけ追いかけないのか?」


「相手を捕まえるか殺すんだったらその選択もありなんだろうけれど、今回の仕事は追跡だからね。相手にばれるのはまずいと思うんだ」


「ここじゃ足跡は消せないもんな」


 地面へと目を向けたトリスタンが力なくつぶやいた。


 仕方なく追跡を諦めたユウとトリスタンは森から出る。そうして街道へと近づいたが、そのとき街道脇に荷馬車の残骸があることを思い出した。盗賊に襲われたと思わしき破壊された荷馬車が何台か放棄されている。その周辺には破壊された木箱がいくつか地面に転がっていた。しかも最近襲われたのかどれも朽ち果てた様子ではない。


 長旅で何度も見て来たので今更珍しくもないがユウは何となく目を向けた。すると、トリスタンが声をかけてくる。


「何度見ても嫌なもんだよな。しかも最近襲われたみたいで」


「襲われた人が生きていれば良いんだけれども」


「そういえば、あの行商人たち、立ち止まってこの荷馬車をしばらく眺めていたな」


「え? これを?」


「ああ。その後、森の中へ入っていったんだ」


「よく考えてみればおかしな話だよね。そもそも街道を逸れて森に入るのも変だけれど、この森の中だと獣に襲われやすいのに、あんな戦いの素人らしい人たちがわざわざ足を踏み入れるだなんて」


「俺もそれは変だと思った。姿を見失った焦りが大きくて忘れていたが」


「もしかして、この荷馬車に何かあるのかな?」


「壊れた空の荷馬車にか? 近づいてはいたが、あの3人がこれに触った様子はなかったぞ」


「ということは、目印として使ったのかもしれないね」


「森の中に入る場所としてか。ということは、受け入れる奴がいるってことだな」


 顎に手をやったトリスタンが考え込むそぶりを見せた。ユウとしてもこの考えが正しいように思える。ただ、手がかりが少なくてこれ以上は何もわかりそうにない。


 両手を腰に当てたトリスタンがユウに問いかける。


「これからどうする? 行商人は見失ったから、これ以上は追跡できないぞ」


「提案があるんだけれど、ここは二手に分かれないかな。トリスタンはこのまま今の場所で待機して行商人たちが戻ってくるのを待つんだ。明日の夕方まで待っても戻って来なかったら、明後日の朝にトレジャーの町を目指してほしい」


「お前とはどうやって合流するんだ?」


「トレジャーの町の冒険者ギルドで合流しよう。方法は、毎日六の刻頃に城外支所の建物前で待つってうのはどうかな?」


「いいんじゃないか。で、ユウはどうするんだ?」


「ここからトレジャーの町側の最寄りの宿駅で行商人を待ってみる。あの3人がやって来たらそのまま追跡して、来なければその宿駅でトリスタンと合流かな」


「なるほど、宿駅でお前と合流できたらあの行商人たちを完全に見失ったことになるわけか。これは、ぜひとも城外支所で合流したいな」


 提案を聞いたトリスタンが賛意を示した。


 相棒の態度を見たユウはすぐに出発することにする。そろそろ昼食時だが、今日は歩きながら食べるしかない。一時的な別れを告げると街道に戻って先を急いだ。




 先行してトレジャーの町を目指すことになったユウは珍しく1人で街道を歩いていた。そういえば、故郷を出てしばらくは1人で旅をしていたことを思い出す。あのときは1人で何でもやっていた。今回はそのときに戻ったわけだ。


 一人旅の何が一番つらいかといえば、夜の見張り番を誰にも頼めないことをユウは思い出した。懐かしいと思うと同時にきついことも再確認する。懐かしくも嬉しくない寝不足に見舞われた。


 アドヴェントの町とトレジャーの町の間を結ぶ境界の街道は途中で境界の川と交差している。ここを渡るためには船を利用するしかないわけだが、その渡った先にトレジャーの町から数えて最も西側の宿駅があった。ここから先はトレジャーの町の直轄領だ。森も南側にあった獣の森は遠のき、北側にある恵の森が近くなる。しかし、それもすぐに見えなくなって延々と畑が広がる風景へと変わるのだ。


 この川の近くにある宿駅はそんな景色が大きく変化する起点である。同時に、あの行商人たちがトレジャーの町へとやってくるのならば、必ずここの渡し船を利用して宿駅に泊まるはずなのだ。ユウはそれを見越してこの宿駅で例の3人を待ち構えることにしたのである。


 渡し船に乗って境界の川を越えたユウは近くにある宿駅へと足を向けた。空はまだ青い。急いで歩いた結果だ。


 一旦宿駅の中に入って様子を窺ったユウだが、まばらにいる客の中にあの行商人たちはいなかった。先んじて到着できたと思うことにする。


 再び外に出たユウは宿駅の近くで立った。誰かを待っているという感じでたまに周囲を見る。離れた場所で宿駅全体を監視することも最初は考えたが、原っぱで1人ぽつんと立っているのは逆に目立つのでやらなかった。


 そんなユウに人足風の若者が声をかけてくる。


「あんた、そこで何をしてるんだ?」


「人を待っているんです。仲間でね、ここで待ち合わせているんですよ」


「何のために?」


「トレジャーの町に行って一旗上げるためです。見ればわかるでしょう?」


「ああ、冒険者だもんな。ま、死なない程度に頑張るんだな」


 簡単な受け答えで満足したらしい若者はすぐに去って行った。目で追いかけると荷馬車の集団へと入ってゆく。隊商の所属らしかった。


 わずかに周囲が暗くなってきたことに気付いたユウは何気なく空を見上げると、既に半分以上朱くなっている。そろそろ1日が終わるらしい。夕食がまだなのを思い出したユウはその場で干し肉と黒パンを囓る。


 今日はもうやって来ないのではないかと思いながらユウは街道へと目を移した。往来する人影は当初よりも少ない。それでも日没近くまでは我慢だ。今度は渡し場へと顔を向ける。向こうからやって来た船がちょうど接舷するところだった。


 下船する様子をぼんやりと眺めていたユウだったが、降りてきた荷馬車が街道へと移るのを見て目を凝らす。数日前まで追跡していた行商人の男たちがいるからだ。しかも3人全員である。


 どういうことかと考えつつもユウは物陰へと身を移した。あからさまに隠れると周囲に怪しまれるので、人を待っているという姿勢は崩さない。


 1台の荷馬車が近づくにつれてその様子がはっきりとしてきた。荷馬車の持ち主と親しげに話している。ただ、元々知り合いなのか偶然街道で知り合ったのかは不明だ。そこで自分の考えにユウは首を傾げる。森の中に自ら入っていたあの3人と荷馬車の持ち主が自然に出会うところが想像できない。本当に道中で知り合った可能性は確かにあるといえばある。しかし、それは限りなく低いようにも思えた。そうなると、荷馬車の持ち主は誰なのか、なぜあの3人と同行しているのかがわからない。


 ユウが様子を探っていると、荷馬車は宿駅の近くで停車した。そうして商売人であろう持ち主と行商人3人が野営の準備を始める。護衛として雇われている傭兵らしき男2人は馬の面倒を見ていた。あの3人はどうやら宿駅には泊まらないらしい。


 謎が増えたことにユウは混乱したがやることに変わりはなく、急速に暗くなってゆく中で行商人たちを見張り続けた。できれば近づいて会話の内容も聞き取りたいが、周囲が開けすぎていてできない。


 自分はどうしようか迷ったユウは結局宿駅に入る。ここで野宿はさすがに怪しいからだ。明日は早起きすることを誓って寝台に横になった。

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