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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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道中での追跡捜査(前)

 3月も下旬になるともう春はそこまで来ていると言えるだろう。しかし、朝の冷え込みはまだ油断できるものではない。冬程ではないがまだ寒いのだ。


 二の刻の鐘が鳴る音を耳にしたユウは自分の荷物を背負った。いくらか揺すって調整すると歩き出す。トリスタンも続いて部屋を出た。


 受付カウンターで足を止めるとユウはジェナに鍵を差し出す。


「またしばらく町を離れます。今度は1ヵ月くらいかな」


「あんたらも忙しいねぇ」


「冒険者ですからね。あちこち行くものですよ」


「まぁあんたの人生だ。好きにするといいよ。早く帰っておいで」


 鍵を受け取ったジェナがそれをしまうのに合わせてユウは体を反転させた。そうしてトリスタンと共に宿を出る。日の出前なのでまだ暗い。


 この時間帯だと夜明けの森へと向かう冒険者がそろそろ出発する頃だ。その流れに逆らって2人は路地を東へと向かう。一旦貧者の道へと出た2人はそのまま境界の街道へと足を向けた。松明(たいまつ)を掲げる人の明かりを頼りに慣れた道を歩く。


 町の西門近辺では、北に伸びる貧者の道が東西に伸びる境界の街道の南側へと合流していた。2人はその北側に突き抜けて原っぱに出ると立ち止まる。そこで振り向いた。まだ暗くてほとんど何も見えない。たまに(とも)されている松明(たいまつ)がわずかな範囲を照らしていた。


 境界の街道と貧者の道の合流地点の南東側には安宿街がある。ここには行商人や旅人などが宿泊しており、旅立つ人々が準備を済ませて外へと出てきていた。


 それまで黙っていたトリスタンが口を開く。


「こんなに暗いときに来られたら、誰が誰だかわからないな」


「行商人が出発するのはいつも日の出辺りだって聞いているから大丈夫だと思うよ」


 2人が雑談をしている間にも時間は過ぎていった。周囲の人々は自分の目的のために往来してゆく。西門の跳ね橋の前に並ぶ行列がそろそろ2人の辺りにまで伸びてきた。


 更に2人が待っていると、周囲がうっすらと見えるようになる。掲げていた松明(たいまつ)を消す人が増えてきた。日の出まで近い。


 周囲を見ながらトリスタンがユウにささやきかける。


「そろそろかな?」


「たぶんね。来るなら貧者の道からなんだろうけれど」


「やっぱり隠れていた方が良かったんじゃないか?」


「目の前に西門から町に入る人たちの列が伸びているから大丈夫だよ。物陰に隠れているよりよっぽど紛れているって」


 落ち着いた様子でユウはトリスタンに返答した。更に堂々としているようにと助言する。


 周囲が明るくなるに従って往来する人々の数は増えてきた。旅をする人だけでなく、働く人々も現われたからだ。こうなると特定の人物を探すのが難しくなる。


 ぼんやりと周囲を眺めていたユウはこちらに近づいて来る少年に気付いた。目の前の行列を通り抜けると声をかけられる。


「ダンナ、あのでっかい荷物を背負ったヤツら3人」


 短く小さめの声で呼びかけられたユウはトリスタンに目配せをした。それから2人して少年がこっそりと指差した方へと目を向ける。特徴のない中年の男たち3人だった。


 トリスタンが何気なく行商人たちを見ている横でユウは少年に顔を向ける。


「ありがとう。助かったよ」


「頑張って、ダンナ!」


 にかっと笑った少年は挨拶をすると来た道を戻っていった。すぐに雑踏の奥へと姿が消える。


 追跡する3人を見据えながらユウとトリスタンも歩き始めた。最初は原っぱの上をゆっくりと進む。周囲には徒歩の集団がちらほらとあった。どこに入るのかを確認してから2人も行動を決めなければならない。


 ところが、行商人3人は止まらずにそのまま境界の街道を東へと進んでゆく。すべての徒歩の集団を無視して昇ったばかりの太陽に向かって歩みを止めない。


 2人は一度立ち止まった。トリスタンがユウに声をかける。


「珍しいな。3人だけで行くつもりか」


「前に各地の村へ向かう行商人ならそういう旅の仕方をすることもあるって聞いたことがあるけれど、もしかしてあの3人はトレジャーの町まで行くつもりがないのかな?」


「でも、途中に町も枝分かれする道もないぞ」


「行商人3人だけで10日以上踏破する自信があるのかもしれない」


 相手の思惑がわからないので2人は首を傾げるばかりだ。しかし、いつまでも立ち止まって悩んでいるわけにもいかない。


「どうする、とりあえず追いかけるか?」


「そうなんだけれど、どうやって追いかけるかなんだよね。3人だけで旅をする自信があるということは戦う能力が高いかもしれない。あるいは、周囲の異常を察知する能力が高いことも考えられるよね」


「気付かれるのはまずいよな。どうやって追跡しようか?」


「気付かれることを前提として追跡しようか。どちらかが地平線少し手前の場所であの3人を監視して、更にそこから離れてもう1人が続くんだ。これなら例え1人があの行商人たちに気付かれても、以後はもう1人が追跡すれば良いでしょ」


「気付かれた場合はどうやって交代するんだ?」


「脚を痛めたとか、何らかの振りをしてその場で立ち止まったら良いと思う。立ち止まっていたら何か異変があったってもう1人も気付けると思うんだ」


「いいんじゃないか。それで行こう」


 トリスタンの賛意を得たユウは作戦を実行することにした。この日はまずユウが行商人3人を目視しながら追跡することにする。


 既にある程度離れていた行商人たちとの距離を測り、そろそろというところでユウは歩き始めた。トリスタンはまだじっとしている。


 旅慣れているユウにとって街道を歩くこと自体は何でもないことだった。相手との距離を推し量って行動することも経験がある。なので、行商人を追跡することは難しいことではなかった。問題があるとすれば、あの3人が行商人に変装した何者かであった場合だ。特に諜報関係者だと、ユウの追跡は途中で気付かれる可能性が極めて高い。


 そんな不安を抱えながらユウは道中を進む。昼になり、夕方になってもユウに気付いたそぶりは見せない。


 空が朱く染まる頃、行商人3人が立ち止まったのをユウは目にした。どうやら野営の準備を始めたらしい。行商人3人がぎりぎり見えるところで立ち止まったユウは相棒を待つ。


「ユウ、どうした?」


「あっちは野営を始めるみたい。僕たちは境界の川の土手の斜面で一晩を明かそう」


「火はどうするんだ?」


「追跡中は(おこ)さない方が良いよ。あっちに気付かれるから」


「この時期はまだ冷えるから、森に入らないか?」


「視界が悪すぎてあの3人を見張れないよ。見失ったらまずい」


 提案を却下されたトリスタンはため息をついた。気持ちはユウもよくわかるが、仕事を失敗させる可能性を高めるわけにはいかない。


 寒い一晩を過ごしたユウとトリスタンは、翌日行商人たちが野営の場所に滞在したままなのを目にして安心した。暗いうちに出発されていたら急いで追いかけなければならなかったところだ。


 この後、2人は毎日交代で行商人たちを見張りながら追跡してゆく。最初は見つからないか緊張しながら追いかけていた2人だが、日を重ねる毎に単なる行商人ではないかと思うようになってくる。たまに周囲を見るそぶりを見せるものの、素人のようにしか見えないからだ。


 ある夜、土手の斜面で野営をしているとき、トリスタンがユウに話しかける。


「ユウ、あの3人、どうも普通の行商人に思えて仕方ないんだが、どう思う?」


「僕もそう思えてきた。何て言うか、密輸組織に所属しているっていうより、組織に頼まれて荷物を運んでいる普通の行商人のような気がするよ」


「だよな。なんか、このままトレジャーの町に着きそうな気がしてきた」


「そうなったら今度はどこに行くかなんだよね。町の中に入るのか、それとも外のどこかの建物に入るのか」


「トレジャーの町を素通りする可能性もあるぞ」


「その可能性は考えていなかったな。でもそうなると、どうしよう。レセップさんに頼まれているのはトレジャーの町までだったよね」


「そのまま見送ってお終いか。もう1回追跡を頼まれるとしたら、今度は最後まで追うように言われそうだな」


「最終的にどこへ運ばれるのかなぁ」


 ある意味とても順調に追跡できていた2人は荷物がどこまで運ばれるのか想像した。大陸を一周した身としてはどこであっても大したことはないと言えばその通りだが、追跡しながらとなるとまた別種のつらさがある。


 そんなことをたまに語り合っていた2人だったが、実はそんなことを考える必要がなかったことを6日目に思い知らされた。なんと、行商人たちが境界の街道から外れて獣の森へと入っていったのだ。


 目視で追跡していたトリスタンに身振りで急かされたユウが現場に急行する。しかし、既に視界から3人の姿は消えていた。

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