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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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隣町への出張捜査の準備

 現状、ユウとトリスタンは貧民の住宅街の東側にある倉庫のような建物の監視体制を築くことに成功した。完全とは言えないが、ある程度密輸の拠点の動向をこれで探れる。


 しかし、同時にこれが限界でもあった。バージルたちの能力や人数もあるが、外からはこれ以上劇的な進展を望める可能性は低い。内偵が難しい以上、2人は現状を維持するしかなかった。


 ユウもトリスタンもレセップの問いかけでそのことを認識したわけだが、そうなると次はどうするのかということになる。


「やっぱり新しい発見はなさそうか。だったら、今の仕事を他のヤツに引き継いで、お前らは別の仕事を頼みたい」


「バージルたち、納得してくれるかな」


「カネでどうにかならねぇのか?」


「初対面で襲われたときにちょっと叩いてどちらが強いかはっきりとさせたから、あんなに素直に僕たちの指示を受けているんじゃないかなって思うんです」


「あーそりゃあるだろうな。今の体制は崩したくねぇとなると、相応のヤツを後釜にするべきなんだが」


「レセップさんの知っている冒険者でそういう人はいないんですか?」


「冒険者として一端に働けるヤツは知ってるが、チンピラやゴロツキをちゃんと動かせるってなると早々はなぁ」


「例えば、アーロンやジェイクみたいな人だったらできると思うんですけれど」


「そりゃできるだろうが、いや、そうだな。ジェイクにやらせよう。アーロンは今、森の中に入ってるからダメだ」


「ジェイクはやってくれるんですか?」


「あいつは今、初心者講習と戦闘講習の講師をやってるだけだから何とかなる。よし、これでいけるぞ」


 頭の中で打算をつけたらしいレセップの機嫌が良くなった。一応提案したがまさか通るとは思っていなかったユウは目を見開く。トリスタンは変わらぬ態度で状況を受け止めていた。


 そんな2人の様子を気にもせずにレセップが話を続ける。


「それじゃ、お前らの新しい仕事について話そう。今監視している倉庫のような建物に行商人が出入りしてるだろ。その行商人がどこへ行くのか調べてこい」


「町を離れるんですか?」


「そうだ。とりあえずトレジャーの町まで様子を見に行ってくれ。それで、そのまま町の中に入るのかそれとも別の場所に行くのか知りたい」


「調べたことは現地の冒険者ギルドに報告した方が良いですか?」


「それはこっちからするから必要ない。今回はあくまで別の町での調査だ。恐らくそのまま更に東へと流れるんだろうが、まずはそうであることを確認したい」


 知っている人物にバージルたちを引き継げることにユウは安心した。ジェイクなら自分たち以上にうまくやれるのではと思う。理想的な相手だ。


 弛緩した様子のユウに代わってトリスタンがレセップに尋ねる。


「別の町を調査するのはいいが、報酬はどうなるんだ?」


「今まで通りでいいだろ。ここからトレジャーの町までの往復となると結構な金額になるぞ。良かったじゃないか」


「途中で戦闘が発生した場合はどうなる?」


「敵を倒した報償金は出ないが、戦利品は好きにしたらいい」


「道中で戦うとなると戦利品を持ち歩くのが面倒だな」


「今回は調査目的だからできるだけ戦いは避けた方がいいだろうよ」


 肩をすくめるレセップにトリスタンはうなずいた。条件に納得したようである。


 すると、レセップが立ち上がった。歩きながら2人に声をかける。


「お前ら、今からジェイクに会いに行くぞ。さっさとギャング団を引き継いじまえ」


 2人に言い放つとレセップはそのまま打合せ室を出た。追いかけてくる2人を気にすることなく廊下、ロビー、そして城外支所の北側の原っぱへ出る。そこには、数人の冒険者を指導しているジェイクがいた。


 ユウとトリスタンを引き連れたレセップがジェイクに声をかける。


「ジェイク、ちょっと来てくれ」


「今は講習中なんだが」


 強引に講習を中断されたジェイクはため息をつくと冒険者に練習課題を与えた。それからレセップに近づく。


 やって来たジェイクに対してレセップは現状を簡単に説明し、やってほしいことを伝えた。そうしてユウとトリスタンを指差す。


「具体的なことはあの2人に聞いてくれ。それじゃ、任せた」


「お前は相変わらずだなぁ」


 用は済んだとばかりに踵を返して城外支所へと戻っていくその姿にジェイクは呆れた眼差しを向けた。ユウとトリスタンも呆然とその後ろ姿を見送る。


「ユウ、トリスタン、とりあえず話の続きは昼まで待ってくれないか?」


「僕もそうした方が良いと思います」


 さすがに講習を放り出せとユウは言えなかった。トリスタンも小さくうなずいている。


 2人は一旦冒険者ギルド城外支所を離れた。




 四の刻の鐘が鳴ってしばらくした後、ユウとトリスタンは冒険者ギルド城外支所を再び訪れた。ただし、すぐには建物の中に入らず、その北側の原っぱへと足を向ける。そこにはジェイクが1人立っていた。


 2人が近づくとジェイクが声をかけてくる。


「やぁ、さっきはお互い災難だったね。レセップの奴、昔からああなんだ」


「僕は知っています。でもあの人、仕事はできるんですよね」


「そうなんだ。だから怒りづらいんだよな。もっと真面目にやってくれたらいいのに」


 ため息をついたジェイクが首を横に振った。ユウとトリスタンがそれに釣られて苦笑いする。今回のような仕事をずっと与え続けていたらまともになるのではとユウなどは思う。


「ともかく、打合せ室に行こう。そういえば、昼飯はどうしたんだ?」


「まだです。最近は仕事の都合上、干し肉と黒パンでしたけれどね」


「俺も今持ってきているぜ」


「ちょうどいい。だったらオレも自分のを持ってくる。一緒に食べながら話をしよう」


 賛意を示した2人にうなずくとジェイクが城外支所の中に入った。一旦受付カウンターの奥へと入り、そのまま姿を消す。


 2人はその間に打合せ室の通路まで足を運んだ。北の端から南の端へと向かうので少し遠い。たどり着くと、すぐにジェイクが姿を現した。そのまま空いている打合せ室に入る。


 席に着くと3人はとりあえず持ってきた昼食にかぶりついた。口の中の物を飲み込むとジェイクがユウに話しかける。


「レセップはざっくりと話してくれたが、もう少し詳しい話をしてくれるか?」


「はい、事の発端から話しますね」


 食べながらユウは戸籍調査中に襲われたときのことを話し始めた。次いで行商人を追いかけ、レセップからの仕事を引き継ぎ、そしてギャング団を使って密輸組織の拠点らしき建物を監視していることを説明する。


 一通り話を聞いたジェイクは水袋に口を付けた。それで一息つくと小さくうなずく。


「そのギャング団を使った倉庫のような建物の監視を引き継げばいいんだな」


「はい。全員で10人もいないんで、ジェイクならできると思います」


「恐らくな。それで、いつ会いに行けばいい?」


「さっき言った通り、毎日夕方に行く酒場へ一緒に行きましょう。そのときに顔合わせをします」


「いいんじゃないかな。だったら、以後はオレが相手をすればいいわけだ」


「そうです。ただ、僕たちの次の仕事をやりやすくするために、朝の間だけ協力してほしいことがあるんですよ。その建物からトレジャーの町へ向かう行商人が朝に出発するんで、境界の街道辺りで待っている僕たちにその行商人が誰なのか教えてほしいんです」


「それくらいならいいんじゃないかな。だったら、今日の引き継ぎの時にバージルって奴に言えばいい」


「ありがとうございます」


 その後は終始和やかな雑談をしながら3人で昼食を楽しんだ。夕方に再び落ち合うことを約束すると一旦別れる。


 夕方までの空いた時間はトレジャーの町へ行くための準備に終始した。宿屋『乙女の微睡み亭』でアマンダにしばらく町を離れるので宿を引き払うと伝えたり、旅に必要な保存食を買い足したりなどだ。


 頃合いの時間になるとユウとトリスタンは冒険者ギルド城外支所でジェイクと合流する。それからまっすぐ例の酒場へと向かった。


 落ち合う酒場に3人が入ると、先頭のユウがカウンター席に座るバージルに声をかける。


「バージル、今日はテーブル席に行こう」


「え? ダンナ、その人は?」


「僕の師匠の1人で、明日から君に報酬をくれる人だよ」


「ダンナの師匠!? なんでそんな人がここに?」


 最初に衝撃的な事実を打ち明けてバージルを驚かせたユウは、そのまま4人でテーブル席に移った。やる気のない給仕女に注文するとすぐに引き継ぎの件をバージルに説明する。


 終始驚き縮こまっていたバージルだったが、話を聞いているうちに落ち着いてきて最後は受け入れてくれた。これはジェイクがものわかりの良い後任者であったことも大きい。


 すべての話が終わると、4人は楽しく飲み始めた。

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