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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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ギャング団の働き

 貧民の住宅街の東側に住む住民がよく通う酒場でユウとトリスタンはバージルと再会した。最初は気分良く語ってもらい、その後協力してもらう予定だったが、元難民だけあって色々と苦労していることがわかる。


 そんな話を聞いているうちに行商人シリルの話となり、やがて目的の倉庫のような建物へと話題が移っていった。モノラ教徒が集まり違法行為をしているらしく、随分と排他的な集団でバージルたちも嫌っていることが判明する。


 良い話の流れに乗っていると感じたユウはトリスタンと目配せして本題に入ることにした。まずいエールを口にしてわずかに顔をしかめてから小声で話を持ちかける。


「バージル、実は君とその仲間にやってもらいたい仕事があるんだけれど、興味ある?」


「仕事? どんな?」


「今さっき話をしてくれた倉庫のような建物とその周辺を探ってほしいんだ」


「連中をか。でもどうしてです?」


「あいつらのやっていることは違法行為なんだけれど、それに冒険者ギルドが気づき始めているんだ。僕は今その手伝いをしていて、どこで誰が悪いことをしているのか探っているところなんだよ」


「もしかして、オレたちが最初に襲ったときも何かを調べてたんですか?」


「まぁそんなところだよ。だから貴族様がわざわざ来ていらっしゃったし、あの方を殺そうと君に依頼をした奴がいたんだ」


 話を単純化するためにユウは戸籍調査のことを都合良く偽った。この場合、正確な情報を相手に伝えても混乱するだけであり、偽ったところで実害はない。そのため、バージルが想像しやすいように話を作り替える。


 ユウに自分の想像を肯定され、それを明示されたバージルは顔色を失った。次第に落ち着きがなくなる。


「そ、そうだ、オレは、オレたちは貴族様の命を狙っただけでなく、連中の違法行為を助けるようなことをしちまったんだ。ああ、オレは」


「大丈夫だ、バージル。そんなに慌てなくてもいい。お前は単に利用されただけなんだ。それは俺もユウもよく知っている」


「オレ、オレたちはどうなるんです?」


「別にどうもならない。あのとき、貴族様は許してくださっただろう? だから、命を狙ったことはもう心配しなくてもいいんだ」


「ああ良かった。でも、違法行為の方は?」


「それはこれからのお前の発言次第だな」


 動揺して声が大きくなりがちなバージルをトリスタンが慰めた。しかし、最後に追い詰めるような発言をしてからユウへと顔を向ける。


 一瞬嫌な顔をしたユウだったが、バージルも顔を向けてきたので表情を戻した。結局この流れに乗る。


「報酬は1人1日銅貨1枚、バージルはリーダーだから銅貨2枚だけれど、どうかな?」


「え、そんなにもらえるんですか?」


「それだけ頑張ってもらう必要があるが、仕事を引き受けてくれるのなら支払うよ」


「前の調査を邪魔したことも帳消しになる?」


「なるよ」


「それならやるよ。カネにもなりますしね」


 ようやく落ち着いてきたバージルが力強くうなずいた。そして、木製のジョッキを一気に呷る。


 この後、3人は仕事の詳細について打ち合わせた。ユウはいくつか調べてほしいことを伝え、バージルはできることとできないことを返す。しばらく話を続けて合意できた。用件が終わると声の大きさを戻して酒場らしく騒ぐ。


 ある程度飲んだユウとトリスタンはバージルと別れて店を出た。




 酒場での取り引きが成立した翌日から、ユウとトリスタンはバージルたちギャング団を使って倉庫のような建物とそこに関係する者たちを調べ始めた。2人が貧民の住宅街の東側へ行っても目立つだけなので以後はできるだけ足を踏み入れないようにする。


 情報の受け渡しについてはバージルの行きつけの酒場を利用することになった。このとき、結果にかかわらずユウは全員分の日当を支払っている。


 2人が最初にバージルたちへ注文したのは行商人シリルの動向だった。今のところ倉庫のような建物に関連する人物で唯一町の中に入ったことがあるからだ。探せば他にも似たようなことをしている人物はいるかもしれないが、今はこの細い糸をたぐり寄せるしかない。また、シリルについては2人も直接その動きを探った。再び町の中へと入った場合、バージルたちではまったく手が出せないからだ。町の中には入れるユウたちにしてもやれることは限られているが、少なくとも目的地くらいは探れるのでまだましというわけである。


 数日間調べたところ、行商人シリルの行動が次第に明らかになってきた。かの行商人は町の外の市場で露店の商いをしており、ほぼあの倉庫のような建物と往復する日々を過ごしている。しかし、捜査を始めて3日目に動きがあった。町の中に入ったのである。今回はトリスタンに街の中に入ってもらい、ユウは西門で行列の順番待ちをしているシリルを遠くから観察した。シリルの姿が町の中に入るとユウからは見えなくなったが、帰ってきたトリスタンによると今回はデイル商会とは別の建物に入ったらしい。


「もしかして、町の中の行く先は毎回違うのかな?」


「そうかもしれないな。これはしばらく目が離せないぞ」


 互いの意見が一致し、ユウとトリスタンは以後もシリルの動向を探った。


 一方、バージルたちは倉庫のような建物を中心に出入りする関係者に探りを入れ続けている。とはいっても、慣れているわけではないのであまり危険なことはさせられない。基本的には遠くから見張り、可能なら追跡して誰がどこに行ったのかを調べるくらいだ。やっていることはユウたちと変わらない。


 しかし、さすがに人手があると調査の幅も広がるようだ。ユウたちが2人だけでは手が回らないところもバージルたちは探ってくれる。その結果、いくつかのことがわかった。


 倉庫のような建物に出入りしている者で最も多いのは東側の住民だ。日銭を稼ぐために獣の森へと入ってその成果を持ってやって来る。もちろん全員ではない。ただ、出入りする東側の住民の顔ぶれは大体決まっていた。では、すべての成果をそこで換金しているのかというとどうやらそうではないらしい。出入りする者の大半は次いで冒険者ギルド城外支所の買取カウンターへ向かうのだ。


 では、何をどれだけ換金しているのかだが、薬草に関しては判然としない。麻袋に入っているため外からは見えないためだ。しかし、狩った獣に関しては建物への出入り前後で明確に違っていた。複数の獲物を持っていた者は最も大きなものがなくなっており、1匹だけ持っていた者は手ぶらになっていたのだ。


 この他にも、東側の住民以外で出入りする人物として特に目立つのが行商人の存在である。実はシリル以外にも多数の行商人が出入りしているのだ。というよりも、むしろシリルの動きが例外的であることが浮かび上がってくる。


 シリル以外の行商人はトレジャーの町方面から境界の街道を歩いてやって来て例の建物に入るのだが、このときは荷物はあるものの割と身軽に見えるらしい。ところが、翌日朝一番にまたトレジャーの町方面へ去ってゆくときは大きな荷物を背負っているということだった。


 こうして、内部のことこそ未だ不明であるものの、外から監視することである程度のことは浮かび上がってきた。


 日々ユウとトリスタンはバージルと密に連絡を取り合っていたが、2人は当然冒険者ギルドとも毎日顔を突き合わせている。この場合は現在の雇い主であるレセップだ。毎朝三の刻に城外支所の打合せ室で報告会である。


 この日も2人は前日までの成果をレセップに報告していた。一通り話を聞いたレセップが口を開く。


「外の様子も大体わかってきたな。シリルっていう行商人は町の中との連絡役というわけか」


「でも、町の中と外で連携を取る必要って、何のためだろう?」


「モノラ教徒の集団ってことは、それだけで町の中に拠点を作りにくいってことだ。そこまで宗教にこだわる理由はわかんねぇが、最初に町の外に拠点を作って、徐々に中へ浸透しようとしてんじゃねぇのかな」


「なるほど」


 どうしてもわからないという様子だったトリスタンがレセップの推測を聞いてうなずいた。納得できたらしい。


 その話を聞いたユウが口を開く。


「あの倉庫のような建物が密輸組織の拠点なのかな?」


「今はまだ断定できる段階じゃねぇな。有力候補には違いないが」


「ところで、僕たちはこのまま捜査を続ければ良いんですか?」


「ユウ、質問に質問を返して悪いが、これ以上何か新しいことがわかりそうか?」


 返答に質問を返されたユウは言葉に詰まった。それから考えてみる。現状、バージルたちにこれ以上のことができるとは思えない。危険がただ増すばかりである。


 色々考えた結果、ユウはレセップに対して首を横に振った。

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