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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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働く受付係からの依頼(後)

 新しい仕事の話を聞きに来たユウとトリスタンは思った以上に大きな事件の一端を担うことになりそうだと知って驚いた。その背景にある経緯の説明だけでも結構なものだ。そこにワージントン男爵家のお家事情も絡んでいるのだから2人とも呆然としている。


 レセップの話はまだ続いた。2人の様子などお構いなしにしゃべる。


「今ので仕事の背景の半分は話せた。聞いての通り、町の中の方だな。一方で町の外の方なんだが、これが困ったことに大した成果は上がっていない」


「何か問題でもあるんですか?」


「大ありだ。少し話はずれるが、町の中の連中が外の連中に対して排他的なのは知ってるだろう。結束することで自分たちの身と権利と利益を守るためだ。ギルドなんかも同じだな。これと同じように、貧民街の連中も自分たちだけでまとまってやがるんだ」


「それはそうでしょうね。でも、それを切り崩すために見張りや内偵調査をするんでしょう?」


「それがうまくいかねぇんだよなぁ」


 大きなため息をついたレセップが黙った。その様子を見たユウはトリスタンと顔を見合わせる。権力者側と犯罪組織側がいたちごっこになるのは世の常だ。今に始まったわけではない。もちろん個々の捜査で進展の良し悪しはあるだろう。レセップの悩みも恐らくその類いだとはすぐに察しがつく。何かが障害になっているのだ。


 しばらくしてレセップが面白くなさそうに説明を再開する。


「今回の密輸に関係していそうなのは貧民の住宅街の東側に住んでる連中の一部だ。ここまでは絞れたんだが、問題はここから先で捜査が進まないんだよ」


「いつものようにいかないっていうことか。現地の人間を雇うとかしたらどうなんだ?」


 じっと話を聞いていたトリスタンが口を挟んだ。先日ユウがやったように地元のギャング団のような者たちを利用するのも方法のひとつだろう。冒険者ギルドが気付かないとも思えない。


 首を横に振ったレセップが反論する。


「それがまったくダメなんだよ。こっちは代行役人が主体になって捜査してるんだが、あいつらはもともと貧民から嫌われてるから搦め手が案外使えねぇんだ。隠れてこっそり捜査しようにも連中は目立つし、やったらその噂はすぐに広まっちまう」


「だから俺たちみたいな冒険者を雇うんじゃないのか?」


「もちろん今回も雇ってるぜ。けど、今回ばかりはうまくいってねぇんだ。原因は出身。今捜査に協力してくれてる冒険者っていうのは、どいつも貧民の住宅街の西側出身なんだ。ところが、捜査する場所は東側だからな」


「ああそうか、従来の住民と元戦争避難民で貧民も分かれているんだったか」


「その通り。おかげで代行役人とあんまり変わらない程度の成果しか上げられてねぇんだ」


「あれ、でもそうなると、俺たちを雇ってもあんまり意味ないんじゃないのか?」


 今の説明で自分たちも既に雇われている冒険者と条件は同じであることにトリスタンは気付いた。特にトリスタンはこの町出身ですらない。


 首を傾げるトリスタンに対してレセップがにやりと笑う。


「そうだな、一見すると他の冒険者とお前らも変わらん。が、アーチボルト様の襲撃事件後にユウが地元のギャング団を買収しただろう」


「あー、なるほど、それを使いたいわけか。ユウ、あいつらって東側の住民なのか?」


「根城はそうみたいだよ。アーチボルト様を襲撃した場所には遠征しに来たって言っていたし」


「理想的じゃねぇか。で、そんなお前らを今回は雇いたいわけだ。仕事の内容は密輸組織の調査、場所は貧民の住宅街の東側が中心だな。あー長かった。やっと本題に取りかかれるぜ」


「で、報酬はいくらなんだ?」


「1人1日銀貨1枚に経費はこっち持ちだ」


「ユウ、どう思う?」


「安いよ。僕たち、アーチボルト様のときは護衛兼仕事の補助で銀貨2枚だったんだよ? あのときよりも難易度が高い調査で身の危険もあって、更に僕たちしかできないことを求められているんだから、もっと高くないとね」


「どのくらいなんだ?」


「僕が前に似たような仕事をしたときは、確か銀貨5枚だったよ。経費は別で」


「どんな金持ちな町なんだよ。いくら何でも吹っかけすぎだろ」


 渋い顔をしたレセップが口を挟んできた。しかし、苦笑いしながらユウは首を横に振る。


「吹っかけていませんよ。本当にその金額をもらっていたんです。そのときも言いましたが、吹っかけるなら金貨1枚から始めていますよ」


「随分とお偉い身になってまぁ。さすがにそんなには払えねぇな」


「でしょうね。今のレセップさんからの依頼ですと、1人1日銀貨2枚で経費は別ですね」


「急に現実的な金額にしてくれたな。それならいいぞ」


「決まりですね」


「ちなみに、定価だといくらになるんだ?」


「さっきも言いましたが、日当なら銀貨5枚が最低限です。成功報酬単位なら金貨ですね」


「マジか。鉄貨を銅貨に交換するのに必死だったあのガキが」


「でも、前のフランシス商会の仕事を回してくれたときに、それは知っていたんじゃないんですか?」


「今思い出したよ。優秀な冒険者にゃ唾を付けとくもんだな。安上がりで済む」


 話がまとまったことでレセップが大きな息を吐き出した。目の前のテーブルに肘を乗せて頬杖を付く。


「さて、こっちから言うだけ言ったが、何か質問はあるか?」


「今回はレセップさんからの依頼なんですよね。ということは、僕たち代行役人とは関係がないということで良いんですね」


「直接は関係ないな。向こうからの指図は基本受けなくてもいい。何かあったらオレを通せと言え」


「わかりました。ということは、代行役人に雇われている冒険者と協力する必要もないと考えることになりますけれど」


「うん、それでいい」


「ちなみに、レセップさんが他に雇っている冒険者はいますか?」


「いない。だから連係も考えなくていい」


 面倒そうに答えるレセップを見ながらユウはこれからのことを考えた。単独で行動するとなると自由度は高くなる。もちろん、バージルを使うことは前提だ。


 黙るユウに代わって今度はトリスタンが質問をする。


「念のために聞いておきたいんだが、内偵調査をしている奴はいないんだよな?」


「それができてたらお前らに仕事を回せなかっただろうよ。さっきも話したが、向こうにゃろくに近づけなかったんだ」


「そういえば、俺たちが東側に足を踏み入れたときもえらく見られていたなぁ」


「よそ者は目立つからな」


「ということは、西側が縄張りの不良集団も使えないわけか」


「そうなんだよ。だから代行役人や他の冒険者は苦労してんだ。頼むぜ、割と本気で頼りにしてんだからな」


「仕事は明日から始めるってことでいいよな」


「ああ構わねぇ」


 他にもいくつか細かい点を聞いたトリスタンはようやく黙った。すると、レセップが立ち上がる。


「これで説明は終わりだ。なんかあったらいつでも来い。定時の間なら対応してやる」


「矛盾していませんか、その言い方」


「うるせぇ、これがオレの働き方なんだよ」


 楽しげに反論しながら打合せ室から出て行くレセップをユウは見送った。隣に座っているトリスタンが立ち上がる。


「ユウ、酒場に行こうぜ。もうそろそろいい時間だろう」


「そうだね」


 応じたユウも立ち上がると打合せ室を出た。ロビーに着くと室内が冒険者と貧民でごった返しているのを目にする。森からの帰還がもう始まっているらしい。


 その中を何とか通り抜けて2人は冒険者ギルド城外支所の外に出た。しかし、建物内ほどではないにしろ、やはり原っぱも道も混雑している。


 トリスタンは顔を上に向けた。いつも通り雲が一面に広がっている。ただ、まだ暗くはなっていない。


「まだ夕方にはなっていないようだな」


「空はね。でもこの人混みを見ると、そろそろ酒場が混む時間になるんじゃないかな」


「席がなくなると困るから急ごうぜ」


 貧者の道へと移った2人は安酒場街へ向かって歩いた。ここも人通りは多いが、冒険者の割合は減って貧民や旅人の割合が増える。


 最近は暖かくなってきたとはいえ、まだまだ朝晩の冷え込みは厳しい。あちこちで人々が白い息を吐いている。


「ユウ、さっきの報酬なんだが、もう少し上でも良かったんじゃないか? お前だと1日銀貨5枚が最低額なんだろう?」


「アドヴェントの町じゃまだ大きな実績はないからね。それに、レセップさんにはお世話になったから」


「ということは、これから報酬額は上げていくわけだ」


「成果に見合った分だけね」


 納得したように何度も小さくうなずく相棒をユウは横目で見た。トリスタンはレセップと最近会ったばかりなので気になっていたのかもしれないと想像する。


 今後のことを考えながらユウはトリスタンと共に安酒場街の路地へと入った。

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