表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

862/907

働く受付係からの依頼(前)

 前の依頼が終わってから数日間、ユウとトリスタンはのんびりと過ごした。お互いにやりたいことをやって満足する。金銭的にまだ余裕はあるが、精神的にはそろそろという頃合いだ。


 その日は珍しくトリスタンも宿の部屋でごろごろとしていた。備え付けの机ではユウが自伝を書いているが、既に珍しくもない光景なので見向きもしない。


 五の刻の鐘がなって結構な時間が過ぎた頃、ユウがペンを机に置いた。そうして椅子から立ち上がって背伸びをする。


「ユウ、一段落着いたのか?」


「うん、切りの良いところまで書けたから、今日はちょっと早いけれど終わりにする」


「だったら、冒険者ギルドに行ってみないか? 酒場に行くにはまだ少し早いだろう」


「あれから4日かぁ。そろそろかな」


「そうだろう。まだだったらまた何日か休めばいいさ」


「確かにね。なら行こうか」


 反対する理由もなかったユウはトリスタンの提案に賛成した。すぐに2人連れ立って宿を出る。空はまだ青かった。


 宿屋街の路地を西に向かって歩き、西端の街道に出ると目の前には冒険者ギルド城外支所の建物が目の前にある。そろそろ夜明けの森から冒険者が、獣の森から貧民が自分たちの成果を手にやって来る頃だ。近辺の人影は徐々に増えてきていた。


 そんな中を2人は突っ切って城外支所の建物の中へと入る。朝夕の混雑に比べるとましだが、それでも結構な人が往来していた。そこを縫うように歩いて行列のできていない受付カウンターへと向かう。目的の人物は頬杖をついてぼんやりとしていた。


 受付カウンター越しにその人物の前へと立つとユウは声をかける。


「こんにちは、レセップさん。前の話がどうなったか聞きに来ました」


「そんなんあったなぁ。思い出した。よし、打合せ室に行くか」


「ここじゃできない話ですか」


「おう、内緒話もあるからな」


 立ち上がったレセップは首の骨を鳴らしながら打合せ室へと歩き始めた。ユウとトリスタンも行列を避けるためにロビーを大回りして同じ場所へと向かう。


 空いている打合せ室へと入ると、レセップが奥にある丸椅子に座った。2人はテーブルを挟んで対面に座る。


「さて、前に仕事があるかもしれないとお前らに言ったが、喜べ、あるぞ」


「そう言われると素直に喜べないですよね」


「まったくだ。で、仕事の話の前に確認しておきたいことがある。この町の冒険者ギルドに集められた獣の森と夜明けの森でお前らが集めてきた薬草や獣やその他諸々、これらが領主の財産としてまとめられ、他の町や国に売られてるのは知ってるな」


「はい、それくらいは」


「結構なことだ。もう少し具体的に言うと、一旦町の中の倉庫に収められ、輸出できる状態に整えられたり加工されたりしてから売り出される。もちろんこの一連の流れを担うのは、本来ならば特定の商会や商店のみだ」


「そのためのギルドですからね。でも、本来だなんていうことは」


「勘がいいな。近年、本来でないことが起きてきてるってわけだ。ということで、もうひとつ確認なんだが、お前ら、この仕事を引き受けるってことでいいよな?」


 気軽な感じで問われたユウはトリスタンと顔を見合わせた。つまり、ここからは引き受ける前提でないと聞けない危ない話というわけである。トリスタンはは小さくうなずいた。なので、ユウはレセップに向き直ってうなずく。


「よし、なら続けるぞ。仕事の話の前にその背景の話をしよう。現状でわかっていることなんだが、一部の没落貴族や零落商人の協力で密輸組織に領主の財産が横流しされてる可能性が高い。例えば、町の中の加工品が道中頻繁に盗賊に奪われる」


「頻繁にですか?」


「そうだ。トレジャーの町へ向かう境界の街道での話なんだが、あんまりにも正確に襲われるんで情報を横流ししてるヤツがいると見てる。他にも、獣の森から直接密輸されている品もあると睨んでる」


「町の中の加工品だけでなく、貧民街経由で直接密輸されている品もあるんですか? それってかなり大掛かりなんじゃないですか?」


「でかいぞ。個人ができる仕事じゃねぇ。更にだ、どうもこの密輸、山の向こうにある中央のモノラ教徒の商会が裏で糸を引いてる節がある。チャレン王国国内でも中央の都市で随分と安くて質のいい薬草や獣皮が出回ってるらしいんだ、アドヴェント産のヤツがな」


「そこまでわかっているんでしたら、取り締まるか、王国に抗議したらどうなんです?」


「そんな簡単にゃいかねぇんだよ。この町の密輸組織に関してまだはっきりとした証拠は掴みきってねぇし、王国の中央へ抗議しても音沙汰なしだ。内戦の影響もあるだろうが、最近トレジャーの町のでかい商会が中央の商会の連中に一発カマしただろう。あれで完全にへそを曲げられたのさ」


 思い当たる節のあるユウとトリスタンは固まった。2人が悪いわけではないものの、それを目の当たりにしてきただけに何とも居心地が悪い。


 そんな2人を見ながらレセップが更に話を続ける。


「とまぁ概要はこんなところだ。理解できたか?」


「はい」


「よし、なら次は仕事の背景の話だ。最初は獣の森の森番から報告がある森に入った貧民の数と冒険者ギルドで買い取る品の数の差に無視できない差があることに気付いたことが事の発端だった。おおよその数でも長年記録していると見えてくるものがあるってわけだ」


「森番の報告って、やっぱりやっていたんですね。噂では聞いていましたが」


「ああ、個人のちょろまかしは見つけられなくても、みんながやったらバレるってわけだ。まぁそれはいい。で、一方その頃、町の中の役人と担当の商会は盗賊の襲撃の多さに頭を痛めてたわけだ。そこで、討伐隊が2度派遣されたがどちらも空振りし、いずれもその後すぐに襲撃が再発した。こうなると内通者がいるんじゃねぇかと普通は疑うわな。そうなると当然捜査が始まるわけだが、当初は町の内外でばらばらだった。何しろ部署が全然違うからな」


「その言い方ですと、今は違うわけですね」


「その通り。怪しいところはいくつか見つかったが、あっちもうまく隠れやがってなかなか尻尾を捕まえられなかったんだ。そこで、業を煮やした領主様の命令で、同じ密輸に対処するんだから一緒にやれってことでまとめられたってわけだ」


「領主様の財産が盗られちゃっていますから、確かに怒りますよね」


「自分の懐が痛むとなるとみんな必死になるっていういい例だな。ともかく、以後は一緒にやっていくことになったんだが、まったく違う部署をまとめるなんて難しいのは想像できるだろう。だから、橋渡し役が必要になった。その1人がオレだ」


「え、レセップさんですか!? 大丈夫なんですか?」


「しばくぞ、お前。ともかく、オレは面倒な仕事を押し付けられちまったわけだが、残念ながらそれでも捜査はなかなか進展しなかったんだ」


「それは困りますね」


「ああ、どうしたもんか正直頭を抱えたもんだ。ところが、先日そんな状況に大きな進展があった。きっかけは、貧民街でのアーチボルト様襲撃事件だ」


「ええ!?」


 今まで他人事だったユウとトリスタンは目を剥いて驚いた。自分たちが関係しているとはまったく思っていなかったからだ。


 そんな2人の様子を見てにやにやするレセップが話を続ける。


「とは言っても、アーチボルト様が襲われたことそのものじゃなくて、その後ユウが行商人を追跡しただろう。あれが新たな切り込み口になったんだ。デイル商会の方を官憲が内偵調査したところ、怪しい点がいくつかあった。あの商会は先代から当代が引き継いだ頃から店が傾き始めていて長年建て直そうと必死なんだが、うまくいっていない。最近では官庁に食い込むために貴族の後ろ盾を必要としていて、妹である例の男爵様の後妻の子息が男爵家当主になることを望んでいるそうだ。しかし、それはいつ実現するかわからない。そこで、もっと手っ取り早い方法が必要になった」


「それが密輸ですか」


「恐らくな。内偵もまだ途中だからすべてを暴けたわけじゃない。ただ、近年モノラ教に改宗していてその後ある程度持ち直しているようなんだが、商売の状況は良くないのに持ち直した理由がわからないらしい。つまり、本業以外で何かやってないと説明がつかないわけだ。それと、当主のデイルと行商人のシリルの関係も不明瞭なままだ。お前が店に入るのを見て以来、来ていないらしい」


 説明を聞くユウは目を白黒させた。レセップの与えられた役目が思った以上に大きくて理解が完全に及ばない。そして、偶然とはいえ自分がそれに影響を与えていたことを知っておののく。


 ユウはレセップが自分たちに仕事を頼もうとする理由を理解しつつも、仕事の背景について耳をよく傾けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ