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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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次の仕事までの間

 引き受けていた依頼がとりあえず終了し、次の依頼がはっきりとするまでの間、ユウとトリスタンは宙ぶらりんな状態となった。はっきりとさせる方が精神衛生上好ましいのだが、微妙に前の依頼と絡んでいるので当面は待機状態を受け入れている。これも金銭的に余裕があるからだ。


 こんな状態なので2人は思いきって休みを楽しむことにする。最近は春先となって少し暖かくなってきたので動きやすいという環境も後押ししてくれた。


 まとまった時間ができると最近のユウは自伝を書くのにほとんど費やしている。特に故郷へ戻ってきてからはそれが顕著で、借りている相部屋にこもることが大半だ。


 なぜこんな状態になっているのかだが、もちろんユウ自身が書きたいと思っているのが主な理由である。しかし、他にも書くことがたくさんあるからでもあった。


 現在、ユウは終わりなき魔窟(エンドレスダンジョン)に滞在していた頃のことを書き記している。ここには長く滞在していたので書くことも多い。そのため、なかなか前に進まないわけだが、例えここのことを除いたとしても他に書くべきことは膨大だ。もし未だに1人で活動していたとしたら、いっそ執筆に専念しようと真剣に考えるくらいである。


 このように書くことが多いので、少しでも前に進めるためには日々書き続けるしかないのだ。困ったことに、その日々の生活でも色々とあるので早く書いてしまわないと書くことが積み上がる一方である。たまになぜこんなことを始めたのかと自問するときがあるのは内緒だ。


 そんなユウだが、部屋にこもっているとはいえ、本当に丸1日外に出ないわけではない。昼食と夕食に関しては酒場に求める都合上、外出する。そのため、わずかに人と接する機会はあるのだ。


 ある日、昼食を食べ終えたユウが宿屋『乙女の微睡み亭』に帰ってきた。部屋の鍵を受け取るべく受付カウンターに立ち寄る。


「ジェナ、部屋の鍵をください」


「いいとも。ほら」


「ありがとう」


「それにしてもユウ、あんた仕事をしてない日は一体何をしてるんだい? 朝早く起きて体を動かしてからはほとんど部屋に閉じこもりっきりじゃないか」


「ジェナには言っていなかったっけ? 僕、羊皮紙に自分のことを書いているんだ」


「自分のことかい? まぁあんたは文字が書けるんだからそんなこともできるんだろうが、何でまたそんなことを」


「放っておくと今までやったことを忘れちゃうでしょ。それが何となく嫌だったんだ」


「あたしなんてもうほとんど忘れちまったねぇ」


「できれば僕をかわいがってくれたお婆ちゃんのことを忘れないようにしたかったっていうのもあるかな」


「へぇ、そうなのかい。それなら仕方ないねぇ」


 それまでは理解できないといった態度の老婆ジェナだったが、急に理解を示すようになった。機嫌もいくらか良くなる。


「別に悪さをしてるわけじゃないんだから、あんたの好きにすればいいさ」


「ありがとう」


「あれ、おばあちゃんとユウじゃない。何してるの?」


「世間話さ。ユウが自分のおばあちゃんを忘れないように紙に字を書いてるそうなんだよ」


「へぇ、そんなことしてるんだ。ユウ、ちょっと見せてよ」


「いいけれど、ベッキーって文字を読めたっけ?」


「読めない。だから読んで聞かせて」


「何十枚ってあるんだけれど」


「そんなにおばあちゃんのことを書いてるの!?」


「さすがにそんなことはないよ。他にも色々と書いてるんだ。ほら、この前冒険の話をしただろう? ああいうことを書いているんだ」


「なるほど、お話を文字にしてるわけね。それじゃ見なくてもいいかな」


 微妙な勘違いをしそうになったベッキーをどうにか正したユウは、自伝に興味をなくしてもらえて安心した。さすがにあれを延々と語り聞かせるのはきついのだ。


 話し相手がもう1人増えたことで話の流れが冒険譚に移った。とは言っても、ベッキーの興味は遺跡や魔物ではなく、都会の話に偏っている。華やかな都市の流行について特に聞きたがった。


 そういったことを実のところあまり覚えていないユウは四苦八苦しながら2人の女性に伝える。今度都市に訪れることがあればもっと覚えておこうと心に誓った。


 こうして色々と雑談をしているとアマンダが戻ってくる。


「おや、3人で何を話しているんだい?」


「聞いてよおかーさん、ユウに大きな町の流行について教えてもらってるのよ!」


「そういうのに興味がある年頃だってのはわかるけど、あんた仕事はちゃんとしてるんだろうね?」


「もちろんよ! これは休憩なんだから」


「母さん、この子はどのくらい休憩していたんだい?」


「もうそろそろ仕事に戻ってもいいんじゃないかい」


「ベッキー」


「はぁーい。ユウ、また今度ね!」


 大人2人から笑顔を向けられたベッキーは素直に次の作業へと移っていった。それを機に雑談の輪は解散となる。


 鍵を受け取ったユウは自分の部屋へと戻った。




 昼食と夕食は酒場で済ませるユウだが、故郷に戻ってからは定番の店というのを持つようになった。例えば昼食は酒場『昼間の飲兵衛亭』である。知り合いの冒険者の大体がここを利用しているからだ。なので、たまに会って一緒に食事をすることがある。ちなみに、別に看板にあるから昼に通うことにしたわけではない。


 また、夕食は安酒場『泥酔亭』だ。ここは旅に出る前からよく利用している。その習慣が旅から帰ってきてからも続いていた。


 この日の夕方もユウは安酒場『泥酔亭』へと足を向ける。最近は六の刻を過ぎてからだ。日照時間が日々長くなってきているので、そんな時間帯でもまだ充分明るいからである。


 店内は客でほぼいっぱいだ。六の刻前後といえば繁忙期なのでいつもこんなものである。かろうじて空いているカウンター席にユウは近づきながら給仕女の様子を窺った。エラもサリーも忙しそうに動き回っている。


「サリー、いつもの」


「あーはいはい。ちょっと待ってね」


 テーブルひとつ向こう側を通り過ぎようとしていたサリーにユウは声をかけた。この忙しい時期に待っているといつまで経っても注文など取りに来てくれない。自分から声をかける必要がある。もしいつまでも料理が届かなかった場合はもう1度挑戦だ。かき入れ時の酒場はそれくらい忙しい。


 空いているカウンター席に身を滑り込ませたユウは一息ついた。今日はもうこの後やることはない。一番落ち着くときだ。


 左右の客が好き勝手にやっているのをぼんやりと眺めていると、ユウの目の前に料理と酒が置かれてゆく。カウンターの奥からだ。同時にタビサの声が降りかかる。


「はい、お待ちどおさん。ゆっくりしてお行き」


「ありがとうございます」


 待っていたものがやって来たユウはすぐに手を付けた。まずは木製のジョッキを傾けて、それからナイフで肉を切り取って口に入れる。最初に手を付けたのは豚肉だが、牛肉や鶏肉も一緒に入っているのでその味もわずかに混ざっていた。


 普段は1人で黙々と食べているユウだが、たまに他の客と話をすることもある。それは町の中で働く貧民だったり、工房街で働く職人だったり、夜明けの森で活動する冒険者だったりした。この日はトレジャーの町からやって来た行商人と話が弾む。


 そうやって夕食を楽しんでいると、時間の経過と共に1人また1人と店内から人が減っていった。繁忙期の終わりである。


 話をしていた行商人も立ち去ったことでユウは再び1人になった。後片付けにやって来たエラが声をかけてくる。


「今日は随分とゆっくりしてるじゃない」


「今は休みだからね。もう少ししたら働くことになりそうだけれど」


「あらそうなの。夜明けの森で魔物狩りでもしているの?」


「言っていなかったっけ? 僕、最近あの森でほとんど活動していないんだ。代わりに人の護衛とか戸籍調査とかをしているんだよ」


「あー、この前貴族様と来たやつね。驚いたわ。代行役人みたいなことしてるなんて」


「別に徴税はしていないよ」


「似たようなもんでしょ。税金を取るための調査なんだから」


 言われてみるとその通りなのでユウは反論出来なかった。調査をしているときはよく言われた言葉なので小さくため息をつくだけに留める。


「今もその調査をやってるの?」


「この前終わったんだ。あの貴族様が貧民街で襲われたから」


「あの噂、本当だったんだ。大丈夫だったの?」


「無傷だったよ。あの方、町の中でも襲われたそうだけれど、そっちでは少し怪我をしたらしい」


「随分と恨まれているのね。それに町の中の方が危ないみたい。ユウも気を付けなさいよ。冒険者なんてやってるんだから」


「ありがとう」


 カウンターの片付けを終えたエラが食器を持って去って行った。それを目で追っていたユウはエールを飲みきる。そして、立ち上がって店を出た。

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