足踏み状態
貧民街で襲撃された翌日、ユウとトリスタンは四の刻が近い頃に冒険者ギルド城外支所に入った。いつも通り誰も並んでいない受付カウンターの前に立つ。
「おはようございます、レセップさん」
「来たな。アーチボルト様は今、代行役人と話をしている最中らしい。終わったら誰かがオレの所まで来るそうだから、それまでここで待ってろ」
「わかりました。僕たちがアーチボルト様に話すことって、昨日の追跡のこと以外にありますか?」
「オレからはない。必要なことは代行役人が話してくれてるはずだ。元々あっちの担当だしな。そもそもオレは冒険者を回してくれって言われただけなんだよ」
「昨日話していた面倒事とは別にですか」
「完全に別件だったはずなんだが、どうも雲行きがちょいと怪しくなってきた」
嫌そうな表情を浮かべるレセップを見たユウとトリスタンが顔を見合わせた。なんだかよくわからないが、おかしなことになっているらしい。
今度はトリスタンが問いかける。
「昨日聞いたんだが、戸籍調査の仕事は中止らしいな。ということは、依頼は完了ということでいいわけか?」
「構わんぞ。襲われたのはこっちのせいじゃねぇし、返り討ちにして更に買収までして情報まで手に入れたんだ。しかも、向こうの都合で中止なんだから、お前らに瑕疵はねぇよ」
「調査していたときはやる意味あるのかと思っていたが、あと少しで中止になるとそれはそれで悔しいな」
「いつも依頼を完遂できるわけじゃねぇんだから、今のうちにこういうことにも慣れておけ。ところで、お前らこの次の仕事のあてはあるのか?」
「あては、ないよな?」
トリスタンに顔を向けられたユウはうなずいた。最悪夜明けの森で日帰りの魔物狩りはできるが、あれは緊急用のあてであって次の仕事という類いのものではない。
気になる言い方をされたユウがレセップに尋ねる。
「次の仕事があるんですか?」
「まだ確定じゃねぇが、この数日でどうなるか決まる。できるならその間は他の仕事を入れないようにしておいてほしいんだが」
「何日間かくらいでしたら構わないですよ。どんな仕事なんですか?」
「3日か4日くらい後かな。仕事の内容はそのときに話す」
「でしたら待っていますよ」
「なら、お前らのこと予約したぞ」
次の仕事も決まりそうなことにユウとトリスタンは安心した。何とか食いつないでいるという感じだが、色々と回してもらえるというのは実にありがたい。後は無茶な依頼でないことを祈るばかりだ。
そうして雑談なども交えて話をしていると代行役人が奥から近づいて来た。そうしてレセップに声をかける。アーチボルトと代行役人の話し合いが終わったらしい。
打合せ室へと案内するということで2人は代行役人へとついて行く。とりあえずロビーの行列を避けて打合せ室の集まる廊下へと向かった。
2人が代行役人に案内されて入った打合せ室には既にアーチボルトが座っていた。貴族ではあるが見知った仲なので緊張することなく挨拶を交わす。
「それでは、私はこれで失礼します」
「ありがとう」
「あれ? 聞いていかないんですか?」
「行商人の話はレセップから既に聞いているし、それ以外の話は不要だからな」
そう言い残すと代行役人は打合せ室から出て行った。後には3人が残される。
ユウとトリスタンはすぐにアーチボルトへと顔を向けた。すると声をかけられる。
「椅子に座ったらいい。私の方から話すこともあるから、最初にそれを聞いてもらおう」
「アーチボルト様からの話ですか?」
「そうだ。とは言っても、既に聞いていると思うがね。今までやってきた戸籍調査の仕事だが、本来ならば最後までやるべきであるものの、昨日のような襲撃にまた遭って今度は取り返しのつかないことになるといけないので中止になった。私としてはあと少しなのでやり遂げたかったので残念だよ」
「中止の決定は仕方ありません。僕たちもいつも完璧に護衛できるとは限りませんので」
「そうだね。なので、戸籍調査は昨日で終了ということになる。ご苦労だった」
「アーチボルト様を最後まで守れて良かったですよ」
これに関してはユウの本心だった。依頼は完遂させた方が良いのは当然であるし、アーチボルトのように貧民にも偏見なく接してくれる貴族というのは貴重なので守り切れて嬉しい。貴族関連の仕事をそう頻繁に受けたいとは思わないユウだが、今回は珍しく引き受けて良かったと思える依頼だった。
笑顔になったアーチボルトは表情を真面目なものに戻して話を続ける。
「そう言ってくれると嬉しい。だからできれば昨日ユウと交わした契約も正式なものにしたいんだが、どうもそういうわけにはいかないようだ」
「と言いますと?」
「あのレセップという職員が抱える件と重なる部分があるかもしれないからだ。まだ調査中だからはっきりとしないらしいが、たぶんそうなるだろうというのがあの男の考えらしい」
「どんな件なのかはご存じなのですか?」
「いや、守秘義務があるということで何も教えてもらえなかった。たぶん、私が直接関わることもないからというのもあるのだろうな。それで、昨日ユウが調べたことについて教えてもらえるだろうか」
「わかりました」
貧民街での襲撃後、ユウがバージルたちから聞き出し、そしてアーチボルト殺害を依頼したという行商人シリルの動向について調べ上げたことを話した。内容としてはそう多くなく、シリルが貧民街の倉庫のような建物に寄った後に町の中の商家らしき建物に入ったことを述べていく。
結局のところ、はっきりとしたことは何もわからなかったわけだが、その話を聞いたアーチボルトはそうではないらしい。最後、聞き終える直前から顔色が急に青ざめる。
どういうことなのかわからないユウは戸惑った。心配そうなトリスタンが声をかける。
「アーチボルト様、どうされました?」
「ああ、いや。ユウ、その行商人が入ったという建物の場所は間違いないのか?」
「何度も確認しましたから間違いないですよ。どういう場所なのかまではわからないですけれども。何かご存じなんですか?」
「ユウの記憶が正しいのならば、その場所はデイル商会の建物であるはずだ」
「デイル商会? アーチボルト様と関係のある商会なんですか?」
「私というより、私の継母の実家なんだ、そこは」
顔を青くしたアーチボルトに理由を聞いたユウとトリスタンが今度は呆然とした。まさかそんな繋がりがあるとは思ってもみなかったのだ。
最初に立ち直ったのはトリスタンだった。何とかアーチボルトに声をかける。
「でも、そのシリルという行商人がたまたまそこに入ったっていう可能性もあるでしょう。まだ確定したわけじゃないですし」
「そうだと願いたいんだが、トリスタンにはまだ話していないか。私には腹違いの弟がいるのだが、その母の実家がデイル商会なんだ。そして、その継母は弟をかわいがっていてね、最近は特に私と弟の関係がおかしくなるくらい私を嫌っているんだ」
「それはまた」
「確かにトリスタンの言う通り、まだ決まったわけではない。が、家の近くで襲われただけでなく、貧民街でもとなると。しかも、依頼してまで私を殺そうとする者となると、今の私には他に思い付かない」
かける言葉が見つからないユウとトリスタンは苦しむアーチボルトを見つめることしかできなかった。男爵家内のことなので他者が簡単に立ち入れないだけでなく、そもそも町の外の住人である自分たちにできることがないからだ。これがレセップの抱える件とどのような関係があるのか不明だが、できるなら何とかしたいと2人は思う。
しばらく打合せ室は沈黙に支配された。慰めの言葉も見つからない。何かないかと考え続けたユウは何とか口を開く。
「あ、ご当主様に相談されてはどうですか?」
「私もそれは最初に考えた。でも、シリルという行商人とデイル商会の関係がはっきりとしない以上、父上に相談するのはかなり微妙だ。明確な証拠もなく強く訴えようものなら、逆に私が継母と弟を陥れようとしていると疑われかねない」
「念のために耳に入れるというのも危険なわけですか」
「そうだな。ときには疑っているということ自体が疑われる原因になることもあるんだ」
結構な証拠を掴んだつもりでいたユウだったが、まだ微妙に繋がりきっていないことを改めて理解した。レセップが慎重に行動するように忠告してきた意味を今になって強く実感する。
ただ、それはそれとして、あの建物がワージントン男爵家の後妻の実家だったというのは新しい発見だった。この事実は後でレセップに報告しないといけないとユウは考える。
それはそれとして、今はどうやってアーチボルトを慰めるか知恵を絞った。




