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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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行商人の行き先(後)

 買収したバージルの手引きでとある安酒場に入ったユウはアーチボルト殺害を依頼してきた行商人シリルを目にした。特にこれと言って特徴のない男である。


 そんなシリルはバージルとの会話を早々に終えるとカウンター席から立ち上がった。そうしてそのまま店を出ようとする。


 追跡するべくテーブル席から立ち上がったユウはシリルに続いて店を出た。酒場で覚えた背中を見つけると離れつつもついて行く。


 歩きながらユウはそれにしてもと不思議に思った。アーチボルトが貧民街で戸籍調査をしていることは一部の人間しか知らないはずだ。バージルの話からすると前々から計画をしていたようなので、アーチボルトの仕事先の情報が漏れていることになる。恐らく官庁内から。


 もしかしたらレセップはそのことを気にしたのかもしれないとユウは想像する。最近押し付けられた仕事があるようなので、それ関係で何か問題になりそうなのかもしれない。


 憶測はいくらでもできるが、ユウは一旦ここで考えるのを止めた。推測に推測を重ねても事実にたどり着けることは少ない。まずは目の前の仕事から片付けるべきだろう。


 酒場を出たシリルはまっすぐ貧民の住宅街へと入った。しかも獣の森に近い東側にである。あまり良い状況とは言えない。珍しいのだろう、割とはっきりと見られている。もしシリルが振り返れば気付かれる可能性があった。


 もっと離れて追跡しようかと真剣に考えていたユウだったがその必要はなくなる。なぜなら、シリルはとある倉庫のような建物に入ったからだ。


 これが何のための建物なのかユウにはわからなかった。見た目通りなら倉庫として使われているのだろうが、貧民街では居住者が変われば建物の使われ方も変わることが多い。見た目通りには受け取れなかった。


 どうしたものかと一瞬悩んだユウだったが、とりあえずその倉庫のような建物をぐるりと巡ってみた。隣接する家とまとまって1区画となっているようである。人の出入りは少ないものの一応あった。袋を持っていたり狩った獣を持ったりする土だらけの貧民、荷物を背負う行商人、そして、地元の住民らしき貧民などである。背景がわからないので中で何をやっているのか推測もできない。


 シリルが入った出入口を中心にユウは倉庫のような建物を遠くから見張ることにした。ちらりと上を見ると空は朱い。もしかしたら一晩張り込むことになるかもしれないと今になって思い至った。まだ3月の上旬なので寒さは厳しい。徹夜は勘弁してほしかった。


 そんなユウの願いが通じたのか、シリルが同じ出入口から出てきた。しかもユウの方へと向かって歩いてくる。


 できるだけ見つからない方が良いと考えたユウは裏路地に身を隠した。ひどい悪臭がするものの、ここは我慢である。


 やがてユウの目の前を通り過ぎたシリルはそのまま安酒場街方面へと歩いて行った。当然ユウもその後尾を追う。相変わらず周囲から、特に子供からは注目されていた。そのため、追跡できるぎりぎりを見極めてシリルの後を追う。


 尚も行商人の背中をユウが追っていると、ようやく貧民の住宅街の東側から抜けて安酒場街へと入った。これで紛れやすくなると安心する。


 追跡されているシリルはそんなユウの事情など知る様子もなく、貧者の道に出ると北へと足を向けた。そうして境界の街道に足を踏み入れると東門の前にある行列に並ぶ。


 それを見たユウは顔を少ししかめた。行列の先には検問所があるが、その審査は時間がかかる。例えシリルの真後ろに並べても町の中に入った行商人を見失う可能性が高い。ここまで来てそれは避けたかった。どうせなら次の目的地まで確認したい。


 今もシリルの背後には1人、また1人と行列に並ぶ者たちが増えてゆく。それを貧者の道から眺めていたユウは次第に焦ってきた。


 そのとき、近くを通りかかった男たちの話し声が聞こえる。


「早く町の中に入ろうぜ」


「だったら南門の方へ行こう。あっちの方が行列に並ぶ人数は少ないらしいから」


「いいねぇ!」


 何となく耳にしていた男たちの会話を聞いたユウは目を見開いた。シリルよりも早く町の中に入れる方法を思い付いたのだ。


 踵を返したユウは貧者の道を走った。少しずつ暗くなってゆく中、人通りが多くなってきたことに舌打ちして城壁側の原っぱへと抜け出す。そのまま全力で走って南門へと向かった。


 大して時間もかけずに南門へとたどり着くとユウは検問所近くで息を整える。行列に並ぶ人数は東門に比べて少し少ないくらいだ。最後尾に並んで順番待ちをしているととても間に合わない。


 そこでユウは行列を無視して検問所の奥へと向かった。門を通り抜けるのではなく、門番の後ろに控えている責任者に近づいたのだ。


 困惑した様子の中年に対してユウが口を開く。


「アーチボルト様の使いで町の庁舎へ急がないといけないんで、このまま通してください」


「お前は確か、毎日あの方と仕事をしてた冒険者か」


「入場料は支払いますよ、はい」


「そりゃいいが、何があったんだ?」


「あの方、また襲われたんです。なのでその報告を」


「町の中に続いてか! 災難が続く方だなぁ」


「通って良いですか?」


「いいぞ。早く知らせに行け」


 虚実を交えながら立場を利用したユウは行列に並ぶことなく町の中に入ることができた。城門を通り抜けると大通りを西門に向けて走る。


 間に合うか不安に思いつつもユウは西門の内側へとたどり着いた。すぐにその場から検問所へと目を向ける。すると、行列の先頭にシリルが立っていた。間に合ったことに安心する。


 相手の目に曝されることを避けたいユウは大通りから路地へと入った。そうしてシリルが町に入ってくるのを待つ。


 時間はそうかからなかった。検問所での検査を終えたシリルが何事もなく門を通り抜ける。そのまま大通りを西へと向かっていった。


 目の前を通り過ぎたシリルを目にしたユウはその背後を離れたところから追う。あのような貧民街でも治安の悪い場所に行く人物が町の中のどこに向かうのか個人的にも興味が湧いてくる。


 行商人と言っても商売相手によってある程度の棲み分けがあり、普通は貧民を相手にする者と町の中に入る者では商圏はほとんど重ならない。特に町の中に出入りできる者は成功している行商人で、荷馬車を手に入れる一歩手前の者も多いのだ。それだけにシリルの動きは不可解だった。


 慎重に後を付けていたユウはシリルが大通りが南北に分岐している場所から北へと向かうのを目にする。行商人として通う場所としてはおかしくない。


 更に追跡すると、ついにユウはシリルがとある建物の中に入るのを目撃した。その瞬間、お上りさん気分で町の中を見て回る冒険者を演じ始める。それからゆっくりとシリルの入った建物周辺を見た。特にこれと言った特徴のない、しかしやや大きめの建物である。商店か商会の可能性があった。ただ、何の店までかはわからない。


 この後どうするべきかユウは少し迷った。完璧を期すならば真夜中まで見張るべきだろう。もしかしたらシリルが更に別の場所に向かう可能性がある。しかし同時に、ここまででも良いように思えた。少なくともシリルが立ち寄る場所を2ヵ所も突きとめ、更にはそこが貧民街と町の中であることも明らかになったのだ。一応の成果は得られた。


 そして何より、ユウは諜報の専門家ではないのでやれることに限界がある。これ以上詳しくと情報を求めても相手にばれる危険の方が大きかった。


 小さく息を吐き出したユウは冒険者ギルド城外支所に戻ることに決める。すぐに踵を返した。




 城外支所に戻ったユウはすぐにレセップに面会を求めた。そうして先程と同じように建物の北側の原っぱで見聞きしたことを報告する。


「きな臭くなってきたな」


「これでとりあえず良いわけですか?」


「充分だ」


「僕はこれからどうしたら良いです?」


「一旦待ちだな。そうそう、戸籍調査は中止になったぞ。さすがにあんなことがあったら続けられんからな」


「それは仕方がないですね。アーチボルト様はまだここにいらっしゃるんですか?」


「今トリスタンが家まで送り届けている。それが終わったらあっちの仕事は終了だな」


「なんだか中途半端な終わり方をしたなぁ」


「こういうこともある。ただ、明日の朝にもう1回だけアーチボルト様がいらっしゃるんだと。代行役人と何か話すことがあるらしい。そのときに今報告したことをお前らから伝えてくれ。先に仮契約を結んだお前らから話す方がいいだろう」


「わかりました」


 最後にもう1度だけ話す機会ができたことにユウは喜んだ。良い報告ではなさそうだが、責任は最後まで果たそうと考える。


 レセップへの報告が終わるとユウは城外支所を後にした。

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― 新着の感想 ―
やっと全部読んで最新話まで追いつきました。 今まで見てきた小説の中でも一二を争うぐらい冒険者らしい主人公で読んでいて楽しいです。応援してます。 にしても昔取った杵柄って感じで割と卒なく諜報までこなせる…
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