行商人の行き先(前)
貧民街の戸籍調査中で襲われたユウたち3人は襲撃者であるバージルたちを軽く痛めつけることで撃退した。更に金銭を使った聞き取りでその背景を調べてみると、物盗りではなく酒場で出会ったシリルと名乗る行商人に依頼されたという。この行商人の目的が何かは不明だが、ユウがアーチボルトを問い詰めるとワージントン男爵家の家督争いが可能性として浮かび上がってきた。
調査中の護衛はユウとトリスタンの仕事だが、貴族の跡目争いは依頼の範疇外である。そのため、アーチボルトと相談して口頭で契約を結んでから、ユウはバージルたちを買収してシリルという行商人を調べることになった。
ここで問題になることが2つある。戸籍調査とアーチボルトとの契約だ。
貧民の住宅街へやって来たのは戸籍調査のためだが、ユウたちはまだこれを終えていない。本来ならば完遂するべきだが、正体不明の行商人を調べるとなると後回しにする必要がある。また、戸籍調査の途中でアーチボルトと口頭で契約したことも冒険者ギルドに報告する必要があった。現状は依頼の途中で依頼者と別件で直接仮契約した形なのだ。これをすっきりさせる必要がある。
ということで、ユウたち3人は一旦冒険者ギルド城外支所に戻った。そうして裏口で代行役人を呼び出す。しかし、あいにく朝に対応してくれるいつもの男は不在ということだった。とりあえず簡単に事情を説明し、道具の入った鞄を返却する。
次いで3人は表に回って城外支所の中へと入った。そうしてレセップの元を訪ねる。
「レセップさん、相談したいことがあるんです」
「なんだよお前ら、あからさまに面倒事を持ってきたって感じだな」
「戸籍調査をしているときに襲撃を受けたんですが、それが厄介なことになったんです」
「ここで話せることか?」
「打合せ室か、外の方が良いです」
「外に出るぞ」
立ち上がったレセップが受付カウンターの北の端からユウ側へとやって来てそのまま外へ出て行った。3人もそれに続いて北の扉から原っぱに出る。目の前の向こうには城壁や南門があった。
城外支所の建物から少し離れたところでレセップが立ち止まると振り返る。
「で、何がどうなったんだ?」
問われたユウが代表して襲撃前後からレセップに説明した。小さなギャング団に襲われて撃退したこと、そのリーダーが行商人にアーチボルトの殺害を依頼されたこと、戸籍調査を中断して引き上げたこと、アーチボルトと口頭で契約したこと、ギャング団を買収して行商人を調べる態勢を整えたことなどである。
黙って話を聞いていたレセップは無表情だったが、ユウの話が終わるとため息をついた。次いで頭をかきながら口を開く。
「面倒なことになってんじゃねぇか。ギルド側にしたら微妙な判断だが、お前の立場だと悪くないな。代行役人側にまず話を持っていくべきだとは思うが」
「レセップさんに会う前に担当のしてくれている代行役人の人に相談しようとしたんですけど、あいにく不在だったんですよ」
「それでオレのところに来たわけか。いい判断だな。クソ、仕事が増えやがった」
「どうします? 今は担当の代行役人の人を呼び戻しているそうなんで、待っている間にレセップさんのところへ行くとは向こうに伝えてありますけれど」
「そうだな。まず、戸籍調査の護衛の仕事は襲ってきた連中を撃退することまでだ。だから、襲ってきた原因を追及するためにアーチボルト様と契約を結ぼうとしたのは間違いじゃない。問題は戸籍調査を途中で放り投げていいのかということだが、襲撃直後はおとなしくするもんだからこれも構わねぇ。残りをどうするかは代行役人次第だな」
全体的に自分の判断を擁護してくれるレセップの話を聞いたユウは安心した。しかし、一部引っかかる言い方があるのが気になる。
「レセップさん、アーチボルト様と契約を結ぼうとしたのは間違いじゃないっていうのは微妙な言い方ですよね」
「お前もわかってて言ってるんだろうが、アーチボルト様の殺害を依頼した行商人がワージントン男爵家の跡目争いと繋がってるかどうかはまだわからん。だから、繋がってると断定して行動するのは危険だ」
「そうだと思いますけれど、繋がっているかどうかを確認するためには調べる必要がありますよね」
「だから間違いじゃないって言ったんだ。けど、そうだな。アーチボルト様と契約を結ぶのは一旦やめて、オレの指示で動くってことにしておこうか」
「レセップさんの指示ですか?」
「そうだ。ちょいと気になることがあるからな。報酬と費用はこっちから出すぞ」
「だったら僕は構いませんが」
「アーチボルト様、そちらのユウとの契約は一旦こっちで預からせてもらえませんかね? もしオレの取り越し苦労でしたらそのときにユウへの依頼書を発行したいんですが」
「それは構わない。何かあるのか」
「最近とうとう面倒事を押し付けられてしまったんですよ。詳細は言えませんがね」
不思議そうにアーチボルトに対してレセップが肩をすくめた。追及できないとなるとアーチボルトもそれ以上は何も言えない。
そんなユウたちに対してレセップが続けてしゃべる。
「ということでだ、ユウ、お前はこれから行商人のシリルってヤツとバージルってチンピラの密会を監視するんだよな。今日の夕方か。ならそっちに当たれ。アーチボルト様は城外支所で待機してもらいます。代行役人への事情説明も必要ですからね。今後のこともそっちで話しておいてください。トリスタンはアーチボルト様と一緒だ」
話をまとめたレセップにユウたち3人はうなずいた。若干不透明な部分は残るが動きやすくなる。
レセップが手を叩いて話の終了を合図し、全員が行動を始めた。
ユウは冒険者ギルド城外支所から安酒場街へと向かった。その南の端、貧民の住宅街との境でバージルと落ち合う約束をしていたのだ。
安酒場街と住宅街の臭いが混ざる一角にユウは立つ。この辺りは新しくできた東側の住宅街との境なのでよく知らない場所だ。
結構な時間を潰していると、ユウはようやくバージルの姿を見つける。
「やっと来たね」
「へへ、そりゃ稼ぎ時なんで来ますよ、ダンナ」
報酬に釣られてやって来たバージルにユウは笑顔を向けられた。あまり付き合いたい人間ではないが、今は必要な関係なので我慢する。
2人は合流するとバージルの行きつけの安酒場へと向かった。待ち合わせの場所からそう遠くない所に比較的新しい掘っ立て小屋のような酒場が並んでいる。
「ダンナ、ここがオレの行きつけの店さ」
「ここでシリルっていう行商人と会うんだ」
「そうです。オレはいつもカウンターに座るんですが、アイツはオレの隣に座るんですよ」
「話し声は大きいのかな?」
「肝心な話は小声っすよ。そうしてしゃべりゃ、周りの声で聞こえなくなりますから」
「もうしばらくは繁忙期じゃないな。わかった。僕は近くのテーブル席に座って様子を見るよ。それで、シリルが外に出ていったらその後を追う」
「オレはどうしたらいいです?」
「報酬を渡しておくから、そのまま飲んでおけば良いよ」
「ありがてぇ!」
差し出された銅貨を嬉しそうに受け取ったバージルにユウは先に中へ入るよう指示した。機嫌良く中に入っていくバージルを見ていたユウはしばらくして自分も中に入る。
店内はそれほど広くはなかった。比較的新しい店のはずだが薄汚れている。席はまだあまり埋まっておらず、カウンター席に座るバージルはすぐに発見できた。その位置を確認すると自分も見張りやすいテーブル席に座る。
給仕女がやって来たのでユウはエールを注文した。そのやる気のなさそうな態度から期待できないと思いつつ、バージルとその周辺を視界に入れる。
「はい、エールだよ。あんた、1人ならカウンターの方に行ったら?」
「客入りが多くなったらそうするよ」
木製のジョッキを持ってきた給仕女に小言を言われつつもユウは目的の人物を待った。口にしたエールは薄くてまずい。この辺りの酒場は絶対に利用しないことを誓った。
店に対する評価を心の内でしていると、1人の男が店に入ってきてバージルの隣に座る。すると、バージルが親しげに男へと話し始めた。はっきりと相手の名前を呼び、男も否定しない。間違いなくこの男こそが行商人シリルだ。
最初は普通の大きさの声で2人は木製のジョッキ片手にしゃべっていた。しかし、すぐに声が小さくなって聞き取れなくなる。しかしすぐに、シリルの顔が強ばったかと思うとため息をついた。そうして木製のジョッキを一気に呷ると席を立つ。
店から出て行こうとするシリルから一瞬目を離したユウはバージルを見た。すると、小さくうなずかれる。
うなずき返したユウは席を立った。




