依頼の終了、そして再依頼
何者かに襲撃されたアーチボルトが2日間戸籍調査を中断した後、ユウとトリスタンを含めて3人でその仕事を再開した。残るは市場と工房街で、入り組んだ市場はややこしかったが地元民のユウの案内でどうにか調査を終える。
そうして調査再開の翌日、最後の戸籍票の確認が終わった。記入済みのそれをユウがトリスタンに渡す。
「トリスタン、次の調査表をちょうだい」
「もうないぞ。これで全部だ」
「ということは、ついに終わったんだ」
「そうだね。地図を見てももう行っていないところは見当たらないよ」
横から声を挟んできたアーチボルトへとユウは顔を向けた。見せてくれた地図の区画にはすべてペンで印が付けられている。
「本当に終わったんですね。やっとかぁ」
「ご苦労だったね。これで貧民街のことがいくらかわかったよ。地図だけでも頭に入れられたのは大きいね」
「後はそれを役立ててもらうだけです。ということは、アーチボルト様をご自宅まで送り届けたら本当に終わりということですか」
「そうなるかな。もう少しの間、よろしく頼む」
笑顔で返答したアーチボルトが体を反転させて歩き始めた。今現在いる工房街を出ると貧者の道を西に向かって進む。しばらくして西端の街道へと合流すると北側に曲がり、町の南門の検問所へと至った。ここでユウとトリスタンは門番に入場料を支払う。しかし、何も問われることなく町の中へと入った。
大通りを進んでいるとき、トリスタンがアーチボルトへと話しかける。
「アーチボルト様、襲ってきた犯人は見つかったんですか?」
「見つかっていないらしい。私も襲われたときのことは詳しく話したし、襲撃者の特徴も答えられるだけ答えたよ。でも、相手は覆面をしていたから捕まらないんじゃないかな」
「残念ですね」
「まったくだよ。おかげで私は安心して外に出歩けない。迷惑な話だよ」
「あの検問所はどうなるんですか?」
「しばらくはあのままだろう。でも、ここ数日間の様子を見ていると期待はできなさそうだね。もっとうまい方法があればいいんだが」
諦めの表情を浮かべたアーチボルトが軽く肩をすくめてみせた。犯人が野放しになっているというのは実に不安だろうと2人も想像する。しかし、どちらにもこれ以上何とかすることはできない。
やがてワージントン男爵邸が見えてきた。ごく平均的な男爵家の自宅だ。その前で立ち止まると3人は向き合う。
「ここまででいいよ。ありがとう。戸籍調査が順調に進んだのは君たち2人のおかげだ」
「お役に立てて良かったです。アーチボルト様みたいな貴族様だったらまた依頼を受けてもいいですね」
「俺もそう思いますね」
「トリスタンは元々、いや、今も私と同じだろう」
「あの身分証明書をここで本物だと証明できれば、ですよね」
「その身分証明書だが、今日は持ってきているのかな?」
「持ってきていますよ! そういえばすっかり忘れていました」
トリスタンは懐から自分の身分証明書を取り出すとアーチボルトに手渡した。もしここで本物だという証明ができれば非常に有用なものとなる。ここではダインリー男爵家の悪名もないので最初からやり直しやすいのだ。
羊皮紙を受け取ったアーチボルトがトリスタンに顔を向ける。
「鑑定にそれほど時間はかからないと思う。ただ、鑑定が終わった後、どうやって渡すかが問題だな。数日後に町の庁舎まで来てくれると確実なんだが」
「入場料を鑑定料に見立てるのなら、それでも構いませんが」
「貴族の身分証明書の鑑定だからそれくらいしてもおかしくはないが、どうにもちょっともやもやするね」
難しい顔をしたトリスタンとアーチボルトが黙り込んだ。これが単純に鑑定料だったらどちらも迷わないのだが、入場料という点に引っかかっている。同じ値段でも面白くないというわけだ。
そんな2人を見ていたユウは何かを思い付いて口を開く。
「アーチボルト様、それでしたら冒険者ギルド城外支所に届けてもらったらどうですか? 今回の依頼は官庁から城外支所経由なんですよね。でしたら代行役人に届けてもらえれば、トリスタンは町の外でその身分証明書を受け取れますよ」
「いい考えだな。トリスタン、どうだろう」
「俺もそれでいいですよ。どうせだったら、代行役人からレセップっていう受付係に渡しておいてください。俺たち、その受付係とよく話をするんです。今回の仕事もレセップ経由なんですよ」
「あの打ち合わせのときにいた人物か。わかった。そのように手配しよう」
身分証明書の返送に関することが決まると、今度こそ3人は別れの挨拶を告げた。ユウとトリスタンは町の外に出て、アーチボルトは家の中に入る。
町の外へと出た2人は冒険者ギルド城外支所の裏口へと向かった。道具が入った鞄を返すべく代行役人を呼び出す。
「終わったか。お前ら、よくやってくれた。これが今日の報酬だ」
「ありがとうございます。確かにありますね」
「俺のもあるな。これで終わりですね」
「そうだな。ただ、もしかしたらまた頼むかもしれん」
「え? アーチボルト様以外にも新人がいるんですか?」
代行役人の言葉にユウが意外そうな反応をした。もしかしたら1人ずつ戸籍調査をさせて仕事に慣れさせているのかと考える。しかし、町の官吏がこういうことをすること自体が珍しい。一体何であろうかと訝しむ。
「いや、そういうわけではないんだが、今はまだ詳しく話すことはできん。結論が出るまでもうしばらくかかる。お前たち、夜明けの森で活動することもあるのか?」
「今はしていないです」
「この町の冒険者にしては珍しいな。では、今後しばらくはどうする予定なんだ?」
「何日間かは休むつもりでいますけれども」
「なら、その休み明けにまたここに来てくれ。こちらから何かあったらレセップに話をしておく」
「あの人も最近は働くようになったんですね」
「まさか。前と同じように余程ケツを蹴り上げてやらんと動きすらしないぞ」
「えぇ」
まったく改心していないことにユウは唖然とした。なぜあれで職員を続けられているのか不思議でならない。
ともかく、何かあるかもしれないということでユウとトリスタンは代行役人と約束をする。もともと冒険者ギルド城外支所へ赴くつもりだったので負担はない。
こうして若干引っかかりと覚えながらも2人は依頼をひとつこなした。
それから4日間、ユウとトリスタンは休暇に入った。どちらもそれぞれ思い思いに過ごす。ユウは鍛錬と自伝の執筆、トリスタンは賭場と娼館通いだ。1日1回、昼食と夕食のどちらかは一緒に食べる。
充分に羽を伸ばした後、2人は冒険者ギルド城外支所へと向かった。今回は昼食後、昼下がりである。
城外支所の中はいつも通り騒がしかった。2人はその中を突っ切ってレセップの前に立つ。
「レセップさん、こんにちは」
「お、なんだ、お前らか。あーそうだ、お前らに代行役人から話が来てるぞ」
「やっぱり何かあったんですね」
「その様子だと内容は知っているようだな」
「いえ、何かあるかもしれないと聞いただけですから、具体的には何も知りません」
「なんだよあいつら、何も説明してなかったのかよ。クソ、全部オレに押し付けやがったな」
苦い顔をするレセップを見ながらユウは果たしてそうだろうかと内心で首を傾げた。しかし、口にしても良いことはないのでそのまま黙っている。
「2人とも、4日前までしていた戸籍調査の仕事は覚えてるか?」
「はい、覚えています」
「あれの続きなんだよ。今度は店舗の方じゃなくて掘っ立て小屋の方だ」
「え、それって」
「ユウ、お前さんが住んでいた辺りの貧民街を調査するんだよ」
話を聞いたユウは呆然とした。同じ貧民街でも店舗の集まる場所とは違い、よそ者があまり入ってこない場所だ。アーチボルトが入っていけばそれだけで目立つだろう。
「レセップさん、今回も僕たちだけなんですか? それとも、代行役人の誰かが同行するんですか?」
「お前たちだけだそうだ。町の中からの指示らしいぞ。代行役人の方も同行するつもりだったのになぜだと首をひねってるらしい」
「あそこは今も人が増えているんですよね?」
「内戦中に避難民が押し寄せてきたからな。さすがにお前でも全部は把握していねぇだろ」
「前からある場所ならともかく、新しくできたところはそもそも行ったことがないです」
「代行役人の連中が言うには、戸籍票の大半は前から住んでる西側に集中してるそうだ。逆に元避難民が住んでる東側は現在作成中だそうだ。報酬は前と同じだとさ」
頬杖をつきながらしゃべるレセップの話を2人は聞いた。徴税するわけではないが、あまり良い顔をしてもらえないのは確実だ。
次の依頼はきつそうだとユウはため息をついた。




