1日が終わった後で
護衛兼仕事の補助の仕事を引き受けてからのユウとトリスタンの1日は町の冒険者ギルド城外支所の裏口で始まりそこで終わった。朝は南門へ寄る前に代行役人から仕事道具を受け取り、アーチボルトを町の中へと送り届けてから仕事道具を返却しているからだ。
尚、鞄の中に収められている羊皮紙は日に日にその数を減らしている。確認できた戸籍票から代行役人が抜き出しているからだ。早く次の作業へ移りたいのと、重要な書類なので可能な限り早く回収しておきたいというわけである。
戸籍調査が始まって3日目、この日も調査が終わった。夕方、3人は安酒場街から出て貧者の道を冒険者ギルド城外支所へと向かって歩く。
「ユウもトリスタンも知り合いの店だとやりにくそうだな」
「なまじ知っているものだから、相手も話がしやすいっていうのがあるでしょうからね」
「タビサさん、ユウには遠慮なかったよなぁ」
「僕が子供の頃からの知り合いだからね。まだそんな風に思われているかもしれない」
「私としては確認できれば何でも良いが、ユウの姿は見ていて面白かった」
雲に覆われてどんよりとした中、3人は白い息を吐きながら楽しそうに道を歩いていた。代行役人の仕事の一環なので嫌なことも多々あるが、そんな中でも面白かったことを見つけては語り合う。
3人は町の南門へとたどり着いた。検問所には町に入ろうという者たちが列を成している。荷馬車持ちの商売人や大きな荷物を担いだ行商人が目立っていた。
その最後尾には並ばずにアーチボルトは跳ね橋の手前まで歩く。そうして立ち止まると振り返った。背後を歩いていたユウとトリスタンに顔を向ける。
「今日もご苦労だった。このまま順当にいけば残り2日間で終わるはずだが、それまでは今まで通り頼む」
「アーチボルト様もお気を付けて」
ユウとの挨拶を交わすとアーチボルトはくるりと反転した。そうして跳ね橋を渡ってゆく。検問所の門番は目を向けただけですぐに列の消化作業へと戻った。初日にアーチボルトの身分を提示したことで素通りできるようになったのだ。
町の中の雑踏にアーチボルトの姿が紛れて見えなくなると、ユウとトリスタンの2人は大きく息を吐き出した。今日もほぼ仕事が終わったのだ。2人とも身を反転させて冒険者ギルド城外支所の北側にある裏口へと向かう。そうして代行役人を呼び出した。
裏口から出てきた代行役人が2人へと声をかける。
「終わったか」
「はい。アーチボルト様は町の中へと戻られました」
「鞄はこっちですよ。中身を確認してください」
肩から提げていた鞄をトリスタンが差し出すと、代行役人が受け取って鞄の口を開けた。しばらく中に目を向けてから顔を上げてうなずく。
「今日も問題ないな。これが今日の分だ」
「ありがとうございます。確かにもらいました」
「今日はどこを調査したんだ?」
「安酒場街です。あと残っているのは市場と工房街ですね。合わせて2日でやれますよ」
「予定通りというわけだな。だったらいい。ご苦労だった」
2人に報酬を支払った代行役人は鞄を手にして裏口から城外支所へと入っていった。これで今日の仕事は終わりである。
周りに誰もいなくなると2人は背伸びをした。それから踵を返して東へと向かう。
「終わったぁ。トリスタン、泥酔亭に行こう」
「そうだな。腹が減った。しかし、1軒ずつ店を回るのは面倒だな」
「僕もそう思う。何かいっぺんにまとめて調査できる方法があればいいんだけれどな」
「そんなのがあったら俺たちに仕事が回ってこないぞ」
「痛し痒しかぁ」
「ユウ、この仕事もあと2日で終わるが、その後どうする?」
「そうなんだよね。5日間しかないからまた探さないといけないんだ」
「またレセップさんに頼むのか?」
「今のところそれしかないと思う」
「なんかいいように使われていそうだな、俺たち」
「でも、他に森以外の仕事を探す手段がないんじゃ仕方ないでしょ」
「そうなんだよなぁ」
貧者の道を歩きながら2人はため息をついた。都合良く仕事を回してくれる人が1人しかいない以上、他に選択肢はないのだ。
次第に暗くなる周囲に紛れ込むように2人は安酒場街の雑踏へと消えた。
翌朝、ユウとトリスタンはいつも通り冒険者ギルド城外支所の裏口で道具の入った鞄を受け取ると町の南門でアーチボルトを待った。三の刻過ぎまで検問所と町の中に入ろうとする人々の行列を眺める。
しかし、いつもの頃合いになってもアーチボルトは現われなかった。更に待ってみてもやはり姿は見えない。
訝しげに首を傾けるトリスタンが口を開く。
「おかしいな。もしかして病気で休まれたとか?」
「そういうことは考えていなかったから、どうして良いかわからないよね。使いを出してくれたら一番なんだけれど、僕たち相手にそこまでしてくれるかは」
「もしかして寝坊したのかもしれないぞ」
「それはいくら何でも、あーでも」
何がどうなっているのかわからない2人は待ちながら推測するしかなかった。それで更に待ってみたがやはりアーチボルトは姿を現さない。検問所の前に並ぶ行列の人々が次々に町の中へと入っていくばかりである。
かなり待った後、2人は仕方なく冒険者ギルド城外支所の裏口へと戻って代行役人を呼び出した。しかし、出てきたのは普段とは違う男で、事情を話すと鞄だけ受け取って今日は休みと告げて中へと戻ってしまう。担当ではないとこんなものらしい。
さすがにこれでは手放しで突然の休みを喜べなかった2人は表に回って城外支所の中へと入った。混雑する室内を通り抜けて常に開いている受付カウンターの前へと立つ。
「レセップさん、おはようございます」
「なんだお前ら、仕事はどうした?」
「それについてちょっと聞きたいことがあるんです。今朝、町の南門でアーチボルト様を待っていたんですが姿をお見せにならなかったんですよ。それで、どうされているのかなって気になって相談しにきました」
「んなこと代行役人の連中に聞けよ。担当はあっちだぞ」
「事情を話したら、今日は休みの一言で終わったんです」
「あーもーあいつら、説明くらいしてやれよな。ちょっと待ってろ」
面倒そうに立ち上がったレセップは奥へと姿を消した。そうしてしばらくすると戻ってくる。
「あっちも事情がわからなくて確認中らしい。とりあえず、今日は休みということだ。それで、明日の朝またいつも通り裏口に来いだとさ」
「そうですか」
「真面目そうな貴族様だったから怠けてるってわけじゃないんだろうが、何だろうな」
状況を説明してくれたレセップも首をひねっていた。こうなるとユウとトリスタンは黙って引き下がるしかない。直接ワージントン男爵家を訪ねるという方法もあるが、さすがに貴族の家に行くのは憚られた。何より町の入場料が脳裏にちらついてしまう。
仕方なく、2人はこの日休むことにした。
翌朝、ユウとトリスタンはいつも通り冒険者ギルド城外支所の裏口へと足を運んだ。いつもなら単に仕事道具をもらうだけだが、昨日原因不明のすっぽかしがあったので今日は仕事があるのか不安を抱えていた。
2人が裏口で代行役人を呼び出すといつもの男が現われる。しかし、あの鞄は持っていない。
「よく来た。結論から言うと、今日も仕事はない。明日から再開することになるので、明日に再びここへ道具を取りに来るように」
「アーチボルト様に何かあったんですか?」
「昨日の夕方、お前たちと別れて町の中を歩いていらっしゃる途中で暴漢に襲われたそうだ。場所は貴人居住区の路地、帰宅途中だったらしい。ただ、偶然通りかかった騎士に助けられて難を逃れたようだ。犯人は全員が逃亡してしまったそうなので、その騎士と共に官憲へ通報し、現在捜査中とのことだ」
「町の中でも治安が良いところじゃなかったんですか!?」
「そのとおりだ。路地とはいえ、貴人居住区で事件が起きたので割と大事になっているらしい」
まさかの事態にユウもトリスタンも呆然とした。日も暮れていないときに貴族が貴人居住区で襲われるなど普通は考えられないことだ。今頃町の中では大騒ぎになっているのではと想像する。
ただ、ユウには気になる点がひとつあった。それについて代行役人に尋ねてみる。
「明日の朝に道具を取りに来いということは、アーチボルト様はこんな状況で町の外に出てくるんですか? 貧民街なんてもっと危ないと普通は思うはずですが?」
「なぜだかご本人がやる気らしい。幸い、怪我も大したことはないようなので明日から仕事を再開するそうだ」
何ともやる気に満ちた発言にユウは呆れた。昨日までよく見ていたあのおとなしそうな顔からは想像できない。
それでも、命じられた以上は2人も従うしかなかった。




