お役所仕事の手伝い
夜明けの森で1日魔物狩りをしたユウとトリスタンは翌日冒険者ギルド城外支所へと向かった。三の刻の鐘が鳴って間もない頃に建物へと入る。相変わらずの喧騒だ。当然受付カウンターも盛況でいくつもの順番待ちの列が発生している。
そんな中、カウンターに肘を突いてあくびをしている受付係がいた。その前には誰も並んでいない。みんな追い払われることを知っているからだ。
人を避けながら室内を歩くユウはその暇そうにしている受付係の前に立った。そうして当然のように声をかける。
「おはようございます、レセップさん」
「今は開店休業中だから他を当たってくれ」
「えー、良いじゃないですか。どうせ何もやっていないんですから」
「お前言うようになったなぁ」
「僕たち、昨日半年ぶりに夜明けの森へ入ったんですけれど、やっぱり魔物に頻繁に襲われたんです。どうもこのおかしな状態ってずっと続きそうなんで、また森以外の仕事をくれませんか?」
面倒そうに問答するレセップにユウは自分の事情を一方的に伝えた。わずかにでも怯むと追い返されるので、たたみかけるように話を進めるのだ。隣に立つトリスタンは微妙な表情で2人のやり取りを見ている。
「なんか呪いでもかけられたのか?」
「それすらわからないんです。もし呪いだっていうなら今度はそれを解く方法を探せば良いですけれど、今のままじゃどうしようもないみたいです」
「厄介な奴だよな、お前は。その呪いだか病気みたいなやつ、周りに撒き散らすなよ」
「この状態が呪いによるものかすらわからないんで何とも言えないです」
「ったく、変に受け答えは真面目なんだよな。で、森以外の仕事か」
実に渋い表情を浮かべるレセップはそのまま黙り込んだ。左手で受付カウンターの板を軽く叩きながらめをあらぬ方向へと向ける。
「ユウ、これしばらく待つのか?」
「そうだよ。たぶん、何か出てくるんじゃないかな」
小声で2人は言葉を交わした。トリスタンは何となく不安そうな顔をしている。レセップを知らなければそんな表情を浮かべるのも無理はないとユウは思った。拒絶されたかのようにも見えるからだ。
しかし、レセップが口を開くことによってその懸念は否定される。
「お前たち2人に合った仕事は一応ある。が、代行役人関連の仕事だぞ」
「え、そうなんですか? どんな仕事なんです?」
「正確には町の役人がこっちで仕事をするからその護衛兼仕事の補助だな。貧民街の戸籍調査をする手伝いだ」
「珍しいですね。代行役人に任せず直接町の外に出てくるなんて」
話を聞いたユウは首を傾げた。確かに広い意味では貧民街の調査も町の中の役人のやるべきことだ。実態を把握していないと税金を徴収できないのだから当然の話である。しかし、そこまで手が回らない、本音は貧民と関わりたくない、という理由で町の外の業務は冒険者ギルドの代行役人に一任しているはずだった。それに、歩き方を知らないと貧民街は危ない場所でもある。普段町の中で生活している役人がいきなり出向いて大丈夫なのかという不安もあった。そのための依頼ということを差し引いてもだ。
わからないという様子のユウとトリスタンにレセップが説明を始める。
「そんなに難しい話じゃねぇよ。官庁で戸籍管理をする部署に新人が配属されたんで、経験を積むために貧民街の状況を確認する仕事を任されたってだけだ」
「それでいきなり貧民街なんですか? まずは町の中でやらせればいいのに」
「しゃーねーだろ、その新人の担当が町の外だったんだから」
「配属先の問題かぁ」
「で、町の外の貧民街の実務は冒険者ギルドが代行しているから、官庁からこっちに話が回ってきたってわけだ。もちろん代行役人にな。ところがだ、戸籍調査っつっても実際は今の戸籍の確認をするだけだから地図を見ながらできる。ということで、最初に説明してしまって後はその新人官吏にさせればいいってことになったわけだ。あいつらも忙しいからな」
「あとは適当な護衛を付ければ何とかなると」
「ご名答。護衛については冒険者に依頼するとして、どうせなら仕事の補助も考えると文字の読み書きができる者が望ましい。そうなると、任せられるヤツは限られてくるだろ」
「文字の読み書きができる冒険者は数が少ないですからね」
どういう仕事なのか理解できたユウはうなずいた。町の外へやって来る新人の官吏が一番嫌がっていそうだなと想像する。町民で積極的に外に出たがる人はそう多くない。
それまで黙っていたトリスタンが今度はレセップに問いかける。
「貧民街と言っても、広いだろう。どの辺りの調査をするんだ?」
「とりあえずは店舗関係らしい。宿屋街、市場、工房街、安酒場街、安宿街だな」
「住民が住んでいる貧民街には行かないのか。だったらまだいいか」
「本当の意味での貧民街だな。まぁあそこは慣れていないと危ないからな。代行役人が同行しないと危険だろう」
「でも、ユウにとったら地元か」
「その僕でもここ数年でできた東側は知らない場所だよ」
前に知り合いの挨拶回りをしてきたときのことをユウは思い返した。あのときは寄らなかったが、ある場所から新しい掘っ立て小屋が並んでいるのを目にしたことがある。古い知り合いであるケントによると、チャレン王国内乱で東から避難してきた難民が住みついたのだという。最近は落ち着いてきたが、まだよくわからないことが多いらしい。
ユウとトリスタンの話を耳にしていたレセップが面倒そうに割って入る。
「今回は調査の対象外だからそこは気にしなくてもいい。ともかく、貧民街の店舗が対象だ。で、報酬は1人1日銀貨1枚になる」
「護衛だけなら即答できますが、仕事の補助が何かわからないと何とも言えないですね。レセップさんは何か知っていますか?」
「知らねぇ。だからとりあえず会って話をしてくれ。オレは冒険者を紹介するところまでが仕事だ」
「あれ、利害調整はしないんですか?」
「身内の仕事なんだからそう面倒なことにはならんだろう。外からの依頼ならともかく。それに、お前らなら自分でできるだろ?」
「うわ、丸投げだ」
「できることはできるヤツに回す。当然だろ」
その言い切る姿にユウばかりでなくトリスタンも二の句が継げなかった。そんな2人に対してレセップが更に伝える。
「明日の朝一でここに来い。当人と会わせてやる。あんまり見苦しい格好をするなよ」
「そんなことを言われても、僕たちこれしか持っていないしって。レセップさん、僕たち臭います?」
「ん? まぁ許容範囲だな。どうした?」
「町の中の人って僕たちの臭いを嫌う人が多いから、まずいんじゃないかなって思って」
「だったらお前の大好きな水浴びと洗濯をしときゃいいだろ」
「ですよね。今日中に綺麗にしておきますよ」
「え、嘘だろう? ユウ、今の時期に水浴びするのか?」
事情を把握したユウがレセップにうなずいた。仕事とは関係のないところで嫌われてしまってはどうにもならない。完全に臭いを消すことはできなくても、何とか我慢できるという程度に収めておく必要がある。貧民街に行けばそんなことを考える必要もないのだが、その前にまずは面会を乗り越える準備が必要なのだ。
これに動揺を示しているのがトリスタンである。2月の真冬に水浴びなど正気の沙汰ではないと顔で表現をしていた。
そんな相棒に対してユウが笑顔を向ける。
「ちゃんと火を熾してから川で洗えば何とかなるよ」
「いやしかしだな、今は真冬だぞ? 川の水は無茶苦茶冷たいじゃないか」
「前にここ以上に寒い場所で水浴びしたことがあったじゃない。だから大丈夫だって」
「そうだけれど、そうじゃないんだよ。進んで風邪をひくような真似をすることはないだろう? そうだ! 宿で洗おうぜ!」
「宿でもらえるのも水だよ。それに、服はどうやって洗うの? 更に言うと乾かす必要があるでしょ。宿の中じゃ無理だよ。夏ならいけるけど、冬はね。生乾きの服を着たまま寝たらそれこそ風邪をひいてしまうよ」
きれい好きなユウは大陸一周中でも可能ならよく水浴びと洗濯をしていた。それこそ夏も冬も関係なくである。その知見が今トリスタンの説得に活かされていた。
悲しそうな、それでいてつらそうな表情のトリスタンが沈黙する。困ったことに今回は体と服を洗う大義名分があった。適当に誤魔化して逃げられない。
2人の様子を眺めていたレセップが面倒そうに言い放つ。
「お前ら、喧嘩をするなら外でしろ。それじゃ、この件はオレから代行役人に伝えておいてやる」
言うだけ言ったレセップが席を立って踵を返した。それを見送ったユウとトリスタンが顔を見合わせる。
その後、ユウは相棒を境界の川へと引っぱって連れて行った。




