生活費を稼ぐ方法
数日間の休暇を経たとある昼、ユウとトリスタンはいつものように酒場『昼間の飲兵衛亭』で食事をしていた。ここは中堅の冒険者が集まる店で、少し高めの値段設定だがなかなか旨いと評判である。そして、知り合いの冒険者とよく出会う場でもあった。
この日は誰とも出会うことなく2人はカウンター席で隣り合っている。しゃべっている内容は雑多だが、たった今ユウが切り替えた話題はいささか真面目なものだ。表情もそれまでとは違って神妙である。
「トリスタン、この辺りでそろそろ1度夜明けの森に入ってみようかと思うんだ」
「あーそうだな。別に、いや待て、俺たち去年この町に来たばかりのときにちょっと入ったよな。それでやたらと魔物に襲われて大変な目に遭ったじゃないか」
「そうだね。だから森以外の仕事を引き受けて半年ほど町を離れたんだ。それで、今はどうなのかちょっと見ておきたくて」
「もしかして、時間の経過で問題が解決しているかもしれないってことか?」
「その通り。せっかく夜明けの森っていう稼げる場所があるのに、いつまでも稼げないままっていうのはつらいじゃない。今の僕たちは懐が温かいから気にならないけれど、本当に困ったときに稼げる場所へ行けないというのはきついでしょ」
「なるほどな。確かにその通りだ。確認するっていうなら付き合うぞ。ただ、今回も駄目だったらどうするんだ?」
「レセップさんにまた森以外の仕事を頼もうと思う」
「そうなるよなぁ。この町、冒険者の仕事はあるけれど、対人関係の仕事は傭兵がしっかり押さえているから微妙にやりにくいんだよな」
「だからあの人に頼むんだ。何とか探し出してくれるから」
「でも、その分特殊だろう。稼げるけれど」
何とも言えない表情を顔に浮かべたトリスタンが木製のジョッキを傾けた。儲け話には違いない依頼を回してくれるが、その分きついのも確かなのだ。
エールを飲んだトリスタンがユウへと目を向ける。
「それで、いつ夜明けの森に行くんだ?」
「明日の朝に行こうと思う。日帰りだったら特に準備は必要ないし」
「まぁそうだな。でも、虫除けの水薬がいるのか。うわ、俺、あれ嫌いなんだよな」
「僕も慣れているだけで好きじゃないよ。なに、切らしているのかな?」
「少しだけ残っているからそこは平気なんだが、まぁしょうがないか」
「だったら決まりだね。明日の朝、夜明けと共に森に行こう」
話をまとめたユウが大きくうなずいて木製のジョッキを傾けた。その隣でトリスタンが微妙な表情を浮かべている。
こうして2人は夜明けの森へと向かうことになった。
翌朝、ユウとトリスタンは二の刻に目覚めた。日の出前の最も寒い時間帯だ。そして、夜明けの森へと向かう冒険者の多くが起きる頃でもある。
宿屋『乙女の微睡み亭』の中もこの時間帯は騒がしかった。他の客のことなどお構いなしに足音を立てて廊下を歩き、裏庭でしゃべる。もちろん部屋の中からも何かしらの音は聞こえてきた。
この日は2人もその中の1組だ。鐘の音が鳴った後に準備を済ませて部屋を出る。他の冒険者の流れに紛れて受付カウンターで鍵を渡すと宿の外に出た。
日の出直前の薄暗い中を2人は白い息を吐きながら歩く。
「なんかこの流れも久しぶりだね」
「少なくとも半年ぶりだよな。前のときはやたらと暑かったが」
「この町に帰ってきたときは、これが当たり前になると思っていたんだけれどなぁ」
「故郷に帰ってきても思うように働けないわけか。厳しいよな」
宿屋街の路地を歩きながら2人はしゃべった。やがて西端の街道を横断して冒険者ギルド城外支所の南側に至る。まだ離れているが解体場からの異臭が鼻についた。
この辺りまで来るともう迷うことはない。アドヴェントの町の南壁に沿って西側へと進むと草原の向こうに森が広がっている。後は各自が好きな場所へと足を向けるだけだ。
夜明けの森の手前にたどり着くとユウは立ち止まった。そうして中瓶を取り出して中の液体を顔や手に塗り込む。森に入るための一手間だ。隣では同じようにトリスタンが顔に塗っている。嫌そうな顔をしながら。
準備を整えた2人は森の中へと入った。周囲を見ると離れた場所に同業者がパーティ単位で歩いている。これから誰もが稼ぐために奥へと進むのだ。戦闘音はまださすがに聞こえてこない。
「さすがにこの辺りではまだ襲われないな。前もこんな感じだったか?」
「どうだろう。頻繁に襲われたっていう印象が強くて細かいところは覚えていないや」
「俺もなんだよな。本筋とは直接関係のないことだから別に良いんだが」
「そろそろ周りから人影がなくなってきたよ。ああ、早速来た」
ユウがしゃべっていると右前方から魔物が声を上げて突っ込んできた。犬鬼だ。成人男性の半分くらいの大きさで2本脚で立つ痩身の犬のような姿なそれが3匹突っ込んでくる。
槌矛を右手にしたユウは自ら1匹に近づいた。そうして噛みついてくる犬鬼の顔面に鉄の塊を叩き込む。悲鳴を上げたそれが地面に倒れてのたうち回った。次いで右横から襲ってきたもう1匹に対して、振り下ろしていた右腕を振り上げる形で魔物の顎に叩き込む。顎を砕く感触が右手に伝わった。
地面に倒した魔物にとどめを刺したユウは早速討伐証明部位を切り取ろうとしていたトリスタンに声をかける。
「手早いね」
「もしかしたらすぐに次の魔物が襲ってくるかもしれないんだ。さっさと片付けておくべきだろう。前のときはこの時間すら惜しかったんだから」
「そうだったね」
忠告された去年のことを思い出したユウは自分も急いで犬鬼の討伐証明部位を切り取った。さすがにただ働きは嫌である。
幸い、2人が作業をしている間は魔物に襲われなかった。しかし、再び歩き始めてすぐに今度は殺人蜂に襲われる。しかも8匹と割とまとまった数だ。揺らめきながら飛び回って隙あらば襲いかかってくるので厄介である。
その後も、虫系、動物系にかかわらず2人は魔物に襲われ続けた。それは森の奥へと進むほど回数が多くなる。
「ユウ、どうも前と変わらないらしいな」
「そうだね。何が原因なんだろう。それすらわからないから対策もできないし」
「厄介だよなぁ。ああ、また来たな」
周囲を警戒しながら魔物の部位を切り取っていたトリスタンが顔を歪めた。今度は小鬼が走り寄ってくる。なぜ血相を変えて自分たちを襲うのかわからない。
襲ってきた魔物を手早く片付けた2人はすぐに魔物の部位を切り取る。もはや完全に作業だ。面白みも冒険心も何もない。
ため息をついたユウがトリスタンに顔を向ける。
「一旦森の縁まで戻ろう。ここは忙しすぎる」
「おかしいよな。まだ鐘1回分も歩いていないっていうのに」
「せめて原因だけでも知りたいんだけれどな。まぁいいや。早く戻ろう」
愚痴を吐いたユウが踵を返した。無言でうなずいたトリスタンもそれに続く。
夜明けの森の縁近くまで戻った2人はそこで休憩した。この辺りだと魔物はあまりいない。たまに人影を見かけるのが少し心強くもある。ただ、経験上、魔物は他の冒険者に見向きもせずに自分たちを襲ってくるので気休めでしかないことはわかっていた。
周囲の警戒を怠らずに休憩に入ったユウが水袋に口を付ける。
「駄目だったね。まだ魔物は僕たちを狙ってくる」
「何が原因なんだろうなぁ。全然わからないというのが気持ち悪い」
「まるで僕たちだけが特別に恨まれているように見えるよ」
「確かに散々殺しているから恨まれるのはまだわかる。でも、それなら他の冒険者だって恨まれて良いはずだ」
「その原因がわからないから対策もできない。うーん、なんだか拒まれている感じがするなぁ」
「前にも言ったが、他の場所だとどうなんだろうな?」
「行ってみないとわからないよ。でも、ここからだと」
しゃべりながら考えていたユウは首を傾げた。最初に思い浮かんだのは南方辺境の奥にある帰らずの森だ。あの森に入ればすぐにわかるだろう。しかし、試すためだけに行くには遠すぎた。それに、途中にある灼熱の砂漠がきつい。
他にも細かい所がいくつか思い浮かぶユウだったが、そのいずれもがはるか遠方ばかりである。簡単には行けない場所ばかりだ。
結局、何も思い浮かばないまま休憩が終わった。ユウが立ち上がる。
「今のところはどうにもならないね。やっぱり夜明けの森はまだ無理かな」
「それじゃ、今日はどうするんだ?」
「ここから少し奥で魔物を倒そう」
「そうだな」
せっかくやって来たのだから日銭はしっかりと稼ごうというわけだ。幸い、浅い場所ならば戦えるのだから稼がない手はない。
トリスタンが立ち上がるのを見るとユウは歩き始める。
その日、ユウとトリスタンは目一杯戦って収入を得た。




