都合の悪いことは
盗賊の襲撃が続く中、ユウたちの前に警戒対象の1人であるランドルフが突然現われた。てっきりパスカルを連れ戻すためだと思っていた3人だったが、何と目の前でパスカルを裏切り者と称して殺害する。
あまりのことにユウもトリスタンも、そしてアイザックも呆然とした。何のためらいもなく笑いながら同僚を殺したことに慄然とする。
「いきなり仲間を殺すだなんて、あなたは一体」
「何を言ってるんですかねぇ、アイザック殿ぉ。こいつはあんたを殺そうとしたんですよね? そんなヤツが仲間なわけないでしょうに。本店の看板に泥を塗ったんですよ?」
「だったら尚更生かして話を聞くべきでしょう。私は既に2回も本店が寄越した傭兵に殺されかけているんですよ。何がどうなっているのか調べるためにもパスカルは必要でした」
「そりゃ安全が確保されてたらの話ですよね。危険な状況で生かしておいても、っとぉ!」
ランドルフがしゃべっている最中に盗賊が3人で襲いかかって来た。初撃を躱した巨漢は手にした戦斧で襲ってきた男の頭をかち割る。
残る2人はユウとトリスタンが相手をした。どちらもアイザックへと通さないように振る舞い、そのまま相手を倒す。
全員が襲撃者を倒したところでランドルフが振り向いた。にやりと笑いながらアイザックに話しかけてくる。
「とまぁ、こんな風にヤバい状況で生かしておいても、逃げられるのがオチですぜ。そりゃぁ最悪でしょうに」
「確かにそうですが」
「それと、この件はオレの方からも報告しときますよ。バカな同僚がとち狂って守るべき商売人を殺そうとしたってね。でも、幸いオレが処分したことで一応自分たちで最低限の対処はできたし、アイザック殿も助かった。いやぁ、結構なことですな!」
「なっ!? ああ、そういう」
「ええ、そういうことです。証人はここにいる4人だけ。これじゃぁ証人としちゃ、ちいとばっかし弱いですよねぇ。中立の立場の第三者がいたら話は変わったんでしょうが」
楽しそうに語るランドルフをアイザックが悔しそうに睨んだ。しかし、相手は一向に堪える様子はない。
対峙するアイザックとランドルフを横から見ていたユウはいつの間にか戦闘音が止んでいることに気付いた。どうやら盗賊は去ったらしい。
「お、どうやら盗賊どもは引き上げたようですな。それじゃ、オレはこれで失礼」
最後まで表情を変えなかったランドルフは楽しそうな感じのまま去って行った。ユウたち3人はそれを黙って見送る。一応目的は果たせたが実に後味が悪い。
最初に動いたのはトリスタンだった。アイザックに声をかける。
「オレからするとランドルフは口封じをしたみたいに見えるんですが」
「ええ。恐らく本店、正確にはゲイル様の差し金でしょうね」
「パスカルもランドルフもですか?」
「はい。私はてっきり2人がかりで殺しに来ると思っていましたが、今回は口封じのための要員を用意したということです。レラ支店で護衛要員を交代するよう要求されたということは、ユウとトリスタンのことがある程度知られているということでしょう。ですから、失敗したときのことも考えたのでしょうね」
「随分と念入りだなぁ」
「暗殺はそれだけ危険な手段だということですよ。成功すれば大きな変化が得られますが、失敗すれば身の破滅ですからね」
「なるほど。でも、さっきのランドルフの言い分ですが、あんなの通用するんですか?」
「この場にいたのが私たち3人とランドルフだけでしたから、どうとでもなるんでしょう。何しろ今商会の実権を握っているのはゲイル様ですし。それに、これを無理に追及すると、今度はあの傭兵2人を遠ざけたときの私の理屈も怪しくなりますから」
「ああ、そうでしたね」
自分たちが無茶な理屈をこねて命令書の内容を回避しようとしたことをトリスタンは思い出してため息をついた。細かいところを突かれて困るのはアイザックも同じなのだ。
小さくため息をついたそのアイザックが明るく告げる。
「まぁでも、これで命令書の件はうやむやにできますから良しとしましょう。私の解釈を突いてきたらやり返してやるだけです」
「たくましいなぁ」
「商売人たるもの、このくらいでなくてはね」
笑顔を浮かべるアイザックを見たユウは呆れつつも感心した。やられっぱなしではないところはさすがとも言える。
しかし、周囲に目を向けてその惨状を思い出したユウはわずかに肩を落とした。
翌朝、オスニエルを中心として隊商は被害を確認した。すると、護衛の傭兵4人と3台の荷馬車の幌が火矢で燃えたというだけだと判明する。襲撃規模の割に損害は軽微だった。
また、アイザックがパスカルに襲われたことをオスニエルに伝える。この件は既にランドルフから伝えられていたらしく、あまり驚かれることはなかった。しかし、苦虫を噛み潰したかのような表情から予想外の出来事だったのは間違いない。何より、本店の命令をねじ曲げるだけの理由を実際に証明したことで、オスニエルにアイザックの正しさを示せたのは幸いだった。本店にそのような仕打ちを受けているアイザックの面倒くささは思いきり棚に上げてのことだが。
ともかく、今後残っているランドルフがアイザックに近づかないように一層配慮することは約束してもらえた。推測が正しければランドルフも自分からは近づいてこないはずなので、とりあえずトレジャーの町までは込み入ったことにならないはずである。
盗賊の襲撃に厄介なことが重なって大変ではあったが、一応この件は片付いた。次はユウとトリスタンが自分の倒した盗賊を確定させるための戦果確認である。明るくなってから死体の盗賊を見てみると、ユウは戦った割に戦果は少なかった。足止めを最優先した結果、殺すことにこだわらなかったからだ。一方のトリスタンは盗賊との戦いにあまり参加しなかったので、こちらも戦果は片手で数えられる程度だった。
最後に襲撃の後片付けを済ませると、オスニエルの隊商は移動を始める。最近はすっかり日照時間が短いので明るい時間は無駄にできない。
荷台の後方に座るユウがトリスタンに話しかける。
「昨日の夜、どうやって襲われたの?」
「パスカルの奴、荷馬車に顔を突っ込んで危ないから隊商側に避難しろって言ってきたんだよ。でもあいつって北側の配置でこっちに来ていい奴じゃなかったじゃないか。だから警戒して、後で行くって言い返したんだ」
「でも、引き下がらなかったんだよね」
「そうなんだ。こっちが動く気がないって知ったら乗り込んで来やがったんだ。それで、アイザックさんに後ろから逃げろって言って俺が立ち塞がると、いきなりダガーで刺そうしてきたんだ」
「意外とあっさり正体を明かしたんだね」
「俺もそう思った。ただ、狭いところで戦うのが得意だってすぐにわかったから、俺もすぐに外へと飛び出したのさ」
「手の怪我はそのときのやつだっけ?」
「避けられなかったんだ。あいつのダガー、速かったからな」
包帯を巻いた左手をさすりながらトリスタンは顔をしかめた。戦いが終わって痛みを感じてから、初めてどの程度の傷なのか自分でも知ったという。重症ではないが、決してかすり傷ではない切り傷だ。
自分の左手をしばらく眺めていたトリスタンはつぶやくような声で思い返したことを口にする。
「それにしても、殺される直前のパスカルって、何の表情も浮かべていなかったよな」
「僕の方からだとちょっと見えにくかったけれど、無表情だった?」
「ああ。自分が殺されるのを何とも思っていないように思えた。普通はもっと怖がるものなんだが」
「ということは、失敗したら死ぬってことは覚悟の上だったということかな」
「たぶんそうなんだと思う。何て言うか、気味が悪かったぞ」
「ランドルフがにやにや笑っていたのは腹が立ったけれどね」
「それは俺も同じだ。でもあっちはまだ感情をはっきりと表しているからましなんだ」
「さすがに何もないっていうのはな。あいつは本当に傭兵だったのか?」
「どうなんだろうね。傭兵になる前に何かやっていたとか」
「その可能性もあるのか。でも、ろくなものじゃなさそうだな」
「傭兵になる人だって、いろんな人がいるだろうしね。人に言えないことをしてきた人もいるかもしれないよ」
社会では底辺に近い立ち位置である冒険者と傭兵の評価は町の中だと低い。貧民以上ではあるがその程度というのが感覚として最も納得のいくものだ。ここから更に上へと上がれる者はあまりいない。
街道を進む荷馬車の中で揺られながらユウはそんなことを考えていた。途切れてはまたしゃべるということを繰り返して暇を潰す。
これから先は何もないようにと願いながらユウは外の景色を眺めた。




