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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第29章 商会の商売人

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不正の後始末

 この2週間準備したことがようやく実りつつあった。ユウとトリスタンの目の前でアイザックがレラ支店の不正をジェイコブ支店長に突き付けたのだ。当然最初は白を切った支店長だが、そんな言動はお見通しだとばかりにアイザックが追い詰めてゆく。


 そんな追求劇の最中、静かに飛び込んできた使用人がジェイコブに耳打ちをした。ユウなどは何事かと訝しんだが、アイザックは自身が呼んだ官憲がやって来たという報告だと喝破する。


 さすがにここまでしたら相手は諦めるだろうとユウは考えた。証拠は既に揃えられ、自分を捕まえる官憲ももうすぐやって来る。破滅は時間の問題だ。例えこの場でアイザックを殺したところでもはや避けようがない。


 ところが、ユウのこの予想は外れた。ジェイコブは簡単には諦めなかったのである。


「官憲が支店に入ってくるのを何としても止めろとしたの連中に伝えろ。手段は問わん!」


「は、はい!」


「おのれ、やってくれたな、アイザック! 者ども、出会え!」


 耳打ちした使用人が食堂から出て行くと、代わりに傭兵が調理場と廊下の扉から2人ずつ剣で武装して入ってきた。元からいた警護の傭兵2人に剣を手渡している。


 合計6人の傭兵が動くと同時にユウとトリスタンも動いた。アイザックを壁際へと寄せて自分たち2人は前に出る。こういう場に慣れていそうな相手傭兵の動きを目で追った。


 そのわずかな間にトリスタンがアイザックに声をかける。


「官憲はもうすぐ来るんですよね?」


「支店側の妨害がどの程度によるかですが、来るのは間違いないでしょう」


「手遅れにならないように時間稼ぎが必要ってわけですか」


「大金を支払った分は期待していますよ」


「ははは! アイザック、お前を殺して官憲など呼ばなかったことにして、とりあえずはこの場をしのいでやる」


「どのみち時間の問題ですよ」


「だったらその時間がある間に逃げるまでよ。お前ら、やってしまえ!」


 既に鞘から剣を抜いていた相手の傭兵6人はジェイコブの号令と共に順次襲いかかって来た。室内は広くなく、中央には大きなテーブルがひとつあるため、一度に襲いかかれるのは2人が限度だ。


 ユウはそのうちの1人を相手にする。目の前の傭兵が持っている剣は短剣(ショートソード)なので刃渡りの長さは2倍強もあった。左手でダガーを持った後、近づいて来る相手に向かって右手で抜いたナイフを投げる。先頭の傭兵には驚きつつも避けられた。代わりに奥にいた傭兵の顔に当たって悲鳴を上げさせる。


 広い場所で戦っていたのならば先頭の傭兵は大きく距離を取って態勢を整えたに違いない。しかし、食堂の壁と大きなテーブルにある空間は戦うには心許ない広さだった。そのため、中途半端な回避行動しかできない。


 この機をユウは見逃さなかった。そのまま一気に近づき、ダガーで相手の右手を切りつける。悲鳴を上げた先頭の傭兵が手にしていた剣を手放したので、そのままダガーで首を切りつけた。


 ダガーを鞘に収めたユウは崩れ落ちた傭兵の持っていた剣を手にして奥の傭兵に斬りかかる。こちらは左手で顔を庇いながら既に剣を構え直していた。しかし、片腕が封じられた上に視界が限られている状態ではユウの敵ではない。何回か斬り結んだ後に倒した。


 すぐに食堂内を見渡したユウはトリスタンも2人目の傭兵を圧倒しているのを目にする。しかし、ジェイコブと他の2人の傭兵が見当たらない。


 そこへ背後からアイザックに声をかけられる。


「調理場の方へジェイコブ殿が逃げました! 追ってください!」


「はい!」


 床に落ちていた自分のナイフを拾ったユウは急いで調理場に続く扉の向こう側へと向かった。すると、調理場に入った瞬間真横から剣で突きつけられる。


「うわ!?」


 条件反射で身をよじりながら剣で相手の刃先をはじいたユウは床に転んだ。調理場特有のぬめった床で回転するとすぐに起き上がる。出入口の真横にいた傭兵が更に追撃してきたので応戦した。すぐに相手の勢いが弱くなる。奇襲が失敗して引き時を探っているように見えた。逃すまいと勢い良く相手に近づいて激しい攻撃を加えると相手は下がる。これは時間稼ぎなんだと気付いた。手近にあった使用済みのフライパンの取っ手を掴んで投げる。相手の傭兵が大きく避けたときに踏み込んでその喉元へと剣先を突っ込んだ。低く奇妙な声を出した相手が倒れるのを目にする。


 調理場の食堂とは別の場所に通じる出入口を今度は慎重に抜けた。そこは中庭で人の姿はない。支店の外へと通じる勝手口の扉が開け放たれていたのでそちらへと向かう。外から何やら声と音が聞こえるので覗いてみると、官憲が裏通りでジェイコブを取り押さえているのが見えた。どうやらこちらにも張り込んでいたらしい。


 官憲を罵るジェイコブは無理矢理立たされて連行されてゆく。どうやら表側に回るようだ。本隊と合流するのだろう。


 それを見届けたユウは大きく息を吐き出した。




 レラ支店の支店長ジェイコブが官憲に捕らえられたことで事件は収束した。支店の前に引きずり出されたジェイコブを見た使用人や傭兵は抵抗を諦める。その一部が逃げようとしたが建物の周りを固めていた官憲に全員が捕らえられた。


 そうしてジェイコブが捕らえられた後、アイザックが臨時の支店長に就任することを宣言する。そして、翌日から今度は表立って精力的に働き出した。


 アイザックは最初に支店の従業員に対して不正の証拠を暴露する。そして、ジェイコブの不正に関わりながらまだ隠れている者たちを捕らえていった。その者たちは次々に官憲へと引き渡され、後に全員全財産を没収される。そんな仕事を1週間程度かけて行った。


 その間、ユウとトリスタンは今まで通りアイザックの警護を務める。以前のような緊迫した場面はもうないが、より重要になったアイザックの周囲は常に固めておく必要があるのだ。


 今までは客室で集まって毎日夕食を食べていた3人だが、ジェイコブ捕縛後は支店長室で食事をするようになっていた。アイザックが忙しくなったからである。


「あー温かい飯が旨い。やっぱりこういうのでないとなぁ」


「トリスタン、いつまでそんなことを言っているの。あれから毎食そうじゃない」


「はは、よっぽど当初の冷や飯が嫌だったみたいですね」


「そりゃもう。やっぱり町の中で食べるんですから、こうでないと」


「相変わらず酒場には行けないけれどね」


「その点は申し訳ない。警備体制にまだ穴があるからね」


 食事をしながら3人が談笑していた。食事は事件後に改善され、今では支店にふさわしいものが供されている。トリスタンは大満足らしい。


 しかし、警護については事件前と同じ体制だった。元々の仕事なので当然なのだが、相変わらず休憩時間中も外出してはいけないのだ。レラ支店お抱えの傭兵がジェイコブの事件に関わって半減したせいである。そのせいで通常の警備にも穴がある有様で、現在は人員を募集している最中だ。責任者によるとしばらく時間がかかるらしい。


 ある程度食事が進んだところでユウがアイザックに疑問をぶつける。


「そういえば、あとどのくらいこのレラの町にいるんですか?」


「長くいるつもりはないですが、もうしばらくはかかりますね」


「気付いたらもう秋なんですよね。いつの間にって思いましたよ」


「本当に何もなければ、今頃はトレジャーの町に向かって境界の街道を進んでいるはずだったんですけれどね。まだウェスポーの町にすら行けていない始末です」


「あっちでもまた何かあったら、更にずれるんですよね」


「そうなりますね。ですから、何もないように祈っておいてください」


「それで問題が避けられるのなら、いくらでも祈りますよ」


 楽しそうに笑うアイザックに対してユウはため息をついた。思うだけで何とかなるのならば世の中苦労はしない。


 一方、温かい食事を楽しんでいたトリスタンが再び口を開く。


「しっかし、まさかあそこまで抵抗するとは思わなかったなぁ」


「不正の規模が大きいほど抵抗も大きくなるのですから珍しくありません」


「ああいう摘発っていうのは返り討ちに遭うこともあるんですよね?」


「もちろん。だからこそ、今回は慎重に進めたのです。今回は有力な協力者がいてくれたおかげでかなり助かりました」


「これでですか」


「ええそうです。主立った者も逃がさずに捕らえられましたからね。大成功ですよ。普通はこうもうまくいきませんから」


 笑顔のアイザックに対してトリスタンがため息をついた。返り討ちに遭って殺される場合も珍しくないと聞いて嫌そうな顔をする。何とも嫌な話だ。


 食事が終わるとアイザックは残ってる仕事を続ける。当面は忙しさから逃れることはできなさそうだとユウは内心で思った。

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