知り合いへの聞き取り
冒険者ギルド城外支所から出たユウは次にどうしようか考える。とりあえず確認できる知人の元には顔を出し、まだ会えていない知人の話も聞けるだけは聞いた。急ぎの仕事も作業もない今、後は待つだけである。
やるべきことは一応済ませたと判断したユウはトリスタンに振りかえった。顔を向けてきた相棒に話しかける。
「とりあえず、やっておきたいことは一通り済ませたよ。トリスタンに街の様子をぐるりと案内もできたし。これからしたいことってある?」
「少し早いが昼飯を食いたいな。暑いからエールも飲みたいし」
「いいね。それじゃ『泥酔亭』に行こうか」
「他の店はないのか?」
「もう1軒知っている酒場はあるけれど、そっちは夜に行こうと思っているんだ」
「だったらいいかな。早く行こうぜ」
相棒の賛意を取り付けたユウは安酒場街へと向かった。滲む汗を手で拭いながら歩き、木造の店舗へと入る。客入りはまだ少なかった。カウンター席に座るとエラを呼ぶ。
「エラ! エール、黒パン2つ、スープ、肉の盛り合わせ!」
「俺はエール2杯と魚入りスープ、それと肉の盛り合わせだ」
「わかったわ。ちょっと待っててね!」
注文を受けたエラがカウンターの奥へと入って行った。タビサに注文を伝えるとすぐに戻ってくる。両手に木製のジョッキを3つ持っていた。それを2人の前に並べる。
「はい、とりあえずこれで喉を潤してね。それにしても、あのユウがこうも普通に注文してくれるなんて、本当に成長したわねぇ」
「なんだいそれは?」
「聞いてよ、トリスタン。昔のユウったら、最初は薄いエール1杯なんてしみったれた注文しかしなかったのよねぇ」
「ぶはっ!? そんなこと言わなくても良いじゃない」
「人は成長するもんだって言いたかったのよ。今じゃ遠慮なく注文してくれるようになったし。嬉しい限りだわ」
「ユウ、金がなかったのか?」
「正確には節約していたんだ。修行中は装備を買うのに精一杯だったし、旅に出る前は路銀を貯めておく必要があったから」
「なるほど。俺と会ったときはもうそんなことはなかったよな」
「トリスタンと出会ったときはもう稼いでいたからね。それまではぎりぎりだったんだよ」
むせた呼吸を整えたユウがトリスタンに当時の事情を説明した。まとまって稼げるようになるまでの冒険者の懐事情は厳しい。その点を強調した。
タビサに呼ばれたエラがカウンターの奥へと引っ込んで2人の料理を運んで来る。
「残りの料理よ。全部食べてもっと注文してね」
「容赦ないな。ところで、ここ数年の冒険者ってどんな感じなの? 増えているとか減っているとか、儲かっているとか儲かっていないとか」
「いきなりね。うーん、この町に人が増えたのに合わせて、ここにやって来る冒険者の数も増えきてるのは確かね。戦争の最初の方は地元の冒険者と流れてきた冒険者で喧嘩もあったけど最近はないわ」
「ということは、『泥酔亭』としては良い感じなんだ」
「そうね。このまま続いてくれると嬉しいわ。でも、うまくいっていない冒険者もいるみたいなのよねぇ」
カウンターにもたれかかったエラが悩ましげにしゃべった。ユウに次いで今度はトリスタンが話しかける。
「どういうことなんだ?」
「ほら、うちの酒場って新人御用達の酒場じゃない? だからお金のない新人冒険者がよく来るんだけど、すぐに見かけなくなることが多くなったのよねぇ」
「稼いですぐに別の店に行くってことか?」
「だったらまだいいんだけど、他の酒場の知り合いの話だと、どうも大怪我をして引退したり死んじゃったりしてるみたいなのよ。困ったことに、獣の森で稼ぎにくくなったらしいから準備不足のまま冒険者になる人が多いみたいなのよね。しかも、夜明けの森の魔物の数が増えてるみたいで、それが怪我人なんかが増える原因になってるらしいわ」
エールを飲みながら話を聞いていたユウとトリスタンは顔を見合わせた。似たような話を冒険者ギルドで聞いたばかりである。あの話がより身近なものに感じられるようになった。どうやら本当に夜明けの森の魔物の数が増えているらしい。
2人の様子を尻目にエラは話を続ける。
「でも、新人の冒険者には厳しい状態みたいだけど、何年か活動して生き残ってる冒険者たちは結構稼げているらしいわよ。困ったことに、そういう稼げる中堅さんはここに来てくれないから実際のところはわからないけどね。だから、あんたたちはできるだけうちに来てよ!」
「あはは、わかったよ」
「ああそれと、これは知り合いの冒険者が言ってたんだけど、新人が中堅以上になれるかは魔物の間引き期間を生き残れるかにかかってるそうよ。ここで大きく稼げると装備の充実が図れるから飛躍できるんですって」
「へぇ」
「はい、難しいお話はこれでおしまい! 飲んで食って楽しんでよ!」
再びタビサに呼ばれたエラがカウンターから離れて行った。店内を見ると客が徐々に増えてきている。
ユウとトリスタンはその後ゆっくりと食事を楽しんだ。
昼下がり、酒場『泥酔亭』で食事を終えたユウとトリスタンは貧者の道をぶらついていた。工房街までやって来ると視界に市場が入ってくる。
「腹が膨れて気が緩んだところにこの日差しはきついな」
「もう少しあそこで涼んでいた方が良かったかもね。市場で何かあるか探してみようかな」
「いいな。果汁があれば飲みたいぜ。あっさりとしたやつ」
すっかり緩んでいる2人はふらりと市場に入った。西側の露天商の一角を歩く。色とりどりの果物が山積みになっているのは見ていて爽やかだった。
相棒が酸っぱい果汁で顔をしかめている脇でユウは周囲を眺める。この辺りにあの薬師がいないことはわかっているが、無意識に探していることに気付いた。これはもう少ししっかりと捜した方が良いかなと苦笑いする。
そうやって市場のあちこちに足を向けていると、そのうち露天商と店舗の境までやって来ていた。そして、チャドのスープ屋が目に入る。
「トリスタン、チャドのスープ屋が近いから寄っていこう」
「あの微妙なスープ屋か。俺は今はいいかな」
「僕が飲むからついてきて。別に絶対に飲まないといけないわけじゃないから」
「言われなくてもついて行くけれどな」
肩をすくめた相棒の同意を得たユウは荷車の前に置かれた鍋へと近づいた。昼時から外れているので客はほとんどいない。
「チャド、1杯ちょうだい」
「ありがとう。はい、どうぞ」
スープの入った木の皿を受け取ったユウは木の匙で食べ始めた。いつもと違って少しぬるい。日差しのきつい今は返って食べやすかった。
ユウがスープを食べている間、手持ち無沙汰なトリスタンがチャドに声をかける。
「昼は『泥酔亭』で飯を食っていたんだが、そこで冒険者の話を聞いたんだ。何でも今の夜明けの森は新人に厳しいらしいな?」
「その話は聞いたことがある。戦争前に比べて、一人前になるのが大変らしいね」
「やっぱりそうなんだ。そうなると、熟練の冒険者は顔ぶれが変わらないのに、新人は出入りが激しいわけか」
「それはちょっと違うかな。戦争前と比べても冒険者の顔ぶれはある程度変わってるよ。ただ、その新人の被害が最近大きいっていうだけなんだ」
「冒険者ギルドが対策するほど被害が大きいそうだが」
「そりゃ犠牲は少ない方がいいからなんじゃないのかな」
チャドの言葉にトリスタンが微妙な表情を浮かべた。市場で屋台をしている人間に冒険者ギルドの職員並みの見識を求めるのがそもそも間違っている。そう考えると、チャドの意見はある程度仕方がなかった。
ほとんどスープを食べ終わったユウが横から話しかけてくる。
「冒険者の顔ぶれがある程度変わっているっていうのは本当なの?」
「うん。火蜥蜴や黒鹿はもう古参の部類だよ。前の古参のパーティは大体引退か解散したからね」
「うわぁ。前の古鉄槌みたいな立場なんだ。あ、森蛇はどうなの?」
「あそこは別の町に移ったらしいよ。それ以上のことはわからないけど」
「寂しいなぁ」
「そうだね。それと、気にかけてるかもしれないから言うけど、ダニーは戦争中にこの町を離れたらしいんだ。はっきりとしたことはわからないけど、とにかく今はこの町にいないよ」
「ありがとう。そうだ、テリーやウォルトはどうなの?」
「2人はまだこの町にいるはずだよ。たぶん、今も同じパーティにいると思う」
ダニーの話を聞いたユウは安心しつつも残念に思うという複雑な心境に陥った。そもそも会って何て言えば良いのかわからないのだが、古い知り合いがどうなったのか気になるのだ。
話が終わると同時にユウはスープを食べ終えた。木の皿と木の匙を籠に入れる。
店主に礼を言うとユウは相棒と共にその場を立ち去った。




