基地での後片付け
救出した探検隊よりも一足先に遺跡を出たユウとトリスタンは地面を踏みしめてから大きく息を吐き出した。今回は探索のときよりも精神的にはるかに疲れたと肩を落とす。
門番によると既に六の刻は過ぎているということだった。しかし、空を見上げるとまだ青い。この時期は七の刻を過ぎないと日没にならないので明るさと時間感覚が一致しなくて困る。
そうは言っても腹の虫は鳴るので2人は酒場へと入った。相変わらずの客入りだ。カウンター席に座って給仕に料理と酒を注文する。席に座ると再び大きく息を吐き出した。
カウンターテーブルを見ながらトリスタンが漫然を口を開く。
「やっと終わったな。もう本当にこれで終わりなんだよな?」
「そのはずだよ。まだ誰かから頼まれない限りは」
不安に駆られた様子のトリスタンが何度もユウに終わりを確認した。気持ちはわかるのでユウは文句を言わない。
そんな疲れ果てた2人に給仕が料理と酒を持ってきた。スープや肉の盛り合わせからは食欲をそそる匂いがわき上がり、鼻腔をくすぐってくる。
生唾を飲み込んだユウとトリスタンは料理と酒に手を出した。久しぶりの真っ当な食事が胃に染み渡る。どちらもしばらくは無言で手と口を動かした。
腹が満たされてくると手の動きは鈍ってくる。口は相変わらずよく動くが、物を噛むことからしゃべることへと変わっていた。
いくつかの雑談を経た後、トリスタンが少し不安そうな表情を顔に浮かべる。
「それにしても、あの石の棒を金貨100枚で本当に売っていいのか?」
「今更どうしたの」
「ばれたら大変だぞ。それに、いくら何でも金貨100枚はふかしすぎだろうに」
「あっちは本物を1度も見たことがないんだから判断のしようなんてないよ。だからばれることはないって。それに、金貨100枚っていうのは半久の箱と比べた値段だよ。おかしいとは思わないけれどね」
「ただの石の棒をそんな値段で売りつけるっていうのが不安なんだよなぁ」
木製のジョッキを揺らしながらトリスタンがぼやいた。
遺跡の地下1層で去り際にシーグルドに妨げの小棒を見せるように言われたとき、ユウは本物ではなく細工職人に作らせた偽物の方を見せたのだ。そうして最後まで怪しまれずに取り引きをしたわけだが、まだ口約束をしただけで取り引き自体はしていない。シーグルドが基地に戻ってから交換する予定だが、そのときにばれないかとトリスタンは不安がっているのだ。
一方で、ユウはばれることがないと自信を持っている。
「それに、あんな無理矢理交渉させようとする人に遠慮なんてする必要はないよ。1度痛い目を見れば良いんだ」
「おー、怒っているのか」
「それは怒るよ。苦労して手に入れたのに取り上げようとするなんてひどいじゃない」
「まぁな。貴族なんてそんなものだと言われたら返す言葉もないわけだが」
「あー、トリスタンのことを言っているわけじゃないよ?」
「貴族のことを言ったら、そのまま俺にも刺さってくるってだけだよ。まぁでもあの隊長、金を払おうとするだけまだましだ。献上させられることも珍しくないからな」
シーグルドを擁護するために貴族を貶めるような言い方になっているが、実際にその通りであった。平民が貴族に近づきたくない理由のひとつだ。
予定では2日後に探検隊がルインナルの基地に戻ってくる。とりあえずそのときまで2人は待つばかりだった。
翌日、ユウとトリスタンは安宿の大部屋でゆっくりと目覚めた。久しぶりの寝台とあって気分が良い。のんびりと外出の準備を進めて終わるとすぐに外へ出た。向かう場所は冒険者ギルド派出所だ。
先月よりも少し落ち着いた感じがする室内に入ると2人は受付カウンターの前に立った。代表してユウが受付係に声をかける。
「おはようございます。前にも聞きましたが、護衛の仕事はないんですよね」
「ないぞ。どうしてもほしいっていうんなら、冬まで待つしかないな」
「でしたら、ソルターの町まで行く冒険者の一行に参加します」
「お、そうか。いいぞ。今なら3日後に出発する集団に入れるが、それでいいか?」
「はい。水と食料はもらえるんですよね」
「当日の朝に冒険者ギルド派出所の前に集合するんだが、このとき支給されるぞ」
気になる点はあるものの、それでも集団で移動する点と食料が支給される点を評価してユウたちは冒険者ギルドの制度を利用することにした。自己負担で単独の旅路よりはやはりましなのである。
「そうだ、確かお前らって明るい未来の話をよく聞きにきてたよな。あいつら、もうこの基地にはいないみたいだぞ」
「ソルターの町に戻ったっていうことですか?」
「たぶんそうだと思う。1ヵ月ほど前だったかに怪我人もまとめてこの基地を出ていく姿を見たヤツがいるそうだ。ちょうど石人形が出てきたのと入れ替わるようにな。運がいいのか悪いのか」
石人形に1度殴られたら良かったのにと思ったユウだったがもはやどうでも良いことだった。地元に帰ったというのならばそのままおとなしくしていてくれたら何も言うことはない。
冒険者ギルド派出所の掘っ立て小屋を出るとトリスタンが背伸びをする。
「これで後は出発を待つばかりだな」
「その前に、探検隊との取り引きがあるけれどね」
「それはユウに任せた。実際、俺が口を挟めるところなんてないだろう?」
「確かにその通りなんだけれど、何だか嫌だなぁ」
肩をすくめるトリスタンを見たユウが口を尖らせた。
パーティとしての対外的な交渉はユウが担当しているのでこれは仕方ない。しかし、面と向かって言われると面白くないことも事実だ。小声でいくらか不満を漏らす。
とはいっても、シーグルドとの取り引きは避けられない。翌日の六の刻過ぎにキャレたちと酒場で再会する。それで探検隊が戻って来たことを知った。
同じテーブルを囲うとユウがキャレをねぎらう。
「キャレ、お疲れ様。あれからどうだった?」
「特に何もなかったよ。さすがに地下1層だとね。それより、報酬を渡しておこうか」
探検隊救出に協力した報酬として金貨5枚を受け取ったユウとトリスタンはそのまま懐に入れた。それを見届けたキャレが更に話す。
「それにしても、あの石人形を止める発掘品が金貨100枚とはね。すごいじゃないか」
「本当は売りたくなかったんだけれどね」
「そういえばそんなことを言ってたな。だから極力何も言わないようにしてたのか」
「ほしいと思った物は何でも手に入れたがる人に思えたから」
「最後、突っぱねられたら良かったんだけれど、貴族相手だとなぁ」
「それに、ヴィゴって人を従えていたから、あの場で何かしてくるように思えたんだ」
「やっぱりただの護衛じゃなかったのか」
「こうなったら、早く取り引きしてここから出て行きたいよ」
「気持ちはわかる」
自分の心情を語ったユウはキャレに同情の視線を向けられた。実際はこれから偽物を売りつけるわけだが、何も知らないキャレには本当の事情は話せない。
キャレからテオドルの伝言を聞いたユウはテオドルとの面会場所と指定時間を知る。事務連絡が終わるとささやかな別離の宴が始まった。
翌朝、ユウとトリスタンはキャレから聞いた酒場へと昼前に入った。まだ開店したばかりなのでほとんど人がいない。店主と給仕は開店後も準備で忙しそうに動き回っている。
前に居残り組の代表者が指定してきた酒場でテーブル席もその近辺だ。あの代表者から聞いたことをそのまま使っているのだろう。そんなことを考えながらユウは席に座る。
テオドルとヴィゴを伴ってシーグルドが入店してきたのは少ししてからだった。上機嫌な様子の隊長に席を立った2人が挨拶をする。
「おはようございます」
「やぁ、早速だが取り引きをしよう。待ちきれないんだ」
用があるのは発掘品だけという態度が明確なシーグルドにユウはうなずいた。懐から例の灰色の円筒形の棒に似た石棒を取り出す。
手で渡すように催促されたユウはまず対価の確認を要求した。石棒は以前見せたのでそこまで確認は不要だというのが理由である。
その主張にシーグルドが隣へと目を向けると、テオドルが懐から袋を取り出してテーブルに置いた。
石棒をトリスタンに手渡すとユウが金額を数える。ちょうどあることを確認すると相棒に目配せした。
テオドルから手渡された石棒を手にシーグルドが喜びの声を上げる。
「やったぞ! これで私も立派な探検家になれたんだ! 夢が叶ったんだ!」
もはやユウたちには用がないとばかりにシーグルドは踵を返した。テオドルがそれに続く。ヴィゴは2人に軽く肩をすくめてから最後に従った。
店内から相手の姿が見えなくなるとユウは大きく息を吐き出す。これでやるべきことはすべて片付いた。




