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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第23章 冬の森の遺跡

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一旦大きく休憩

 正体不明の魔物と戦い敗北したユウとトリスタンはその後別の場所で探索を再開した。ユウが負傷しているので本来ならすぐにでも引き返すべきだったのだが、魔物から逃亡した時点ではまだ収獲なしだったので手ぶらでは帰れなかったのである。おかげで体調は終始今ひとつのままで危ない状態であった。


 それでもどうにか予定通りに地上へと帰還した2人は安宿に直行する。まずはユウを安静にさせるためだ。それからトリスタン1人で魔石選別場へと向かい、魔石を換金する。


 翌朝、日の出頃に目覚めたユウは起き上がらなかった。昨日よりもましにはなったが、まだ完治していなかったからだ。


 先に起きていたトリスタンが心配そうに顔を覗き込む。


「調子はどうだ?」


「まだ完全じゃないみたい。もう1日寝ておこうかと思う」


「となると、しばらくは休みだな。3日くらい休もうぜ。最近は大きく稼げて生活に余裕が出てきたんだし」


「そうだね。なら、今日の夕方は肉の盛り合わせでも食べようかな」


「食欲が湧いてきたっていうんなら、良い傾向だ」


 満足そうに笑顔を浮かべる相棒を見たユウは力なく笑い返した。思えば数日連続の休みはルインナルの基地に来て最初の準備期間以来だ。最初は節約のために休日を短縮していたのが、いつの間にか当たり前になっていたのである。本当の意味で体力を回復させるためにもしばらく休む必要があった。




 暦の上では既に3月の現在、日没の時間はかなり六の刻に近づいていた。そんな空が朱から赤へと変わる頃にユウはトリスタンに伴われて安酒場へと向かう。


 酒場は相変わらず盛況だった。冒険者だけでなく、商売人や行商人、それに人足の人々が楽しそうに談笑している。


 2人はそんな一角であるカウンター席に座った。給仕に料理と酒を注文する。ユウは朝の発言通り従来の食事に戻した。肉入りスープを肉の盛り合わせに、薄いエールをエールにである。


 久しぶりに暖かい食事を口にしたユウは顔がほころんだ。体の中に熱が広がってゆく。心の底から落ち着ける感じがした。しかし、その顔はまだどこか弱々しい。


 自分へと顔を向けてきたトリスタンにユウが話しかける。


「どうしたの?」


「気分はどうなのかなと思ってな。朝に比べて顔色は良くなっているように見えるが」


「悪くないよ。悪くないだけとも言えるけれど。明日には大体治っているんじゃないかな」


「だったらいいんだけどな。そうなると、明日もずっと宿で寝るのが一番だな」


「そうだね。今日も久しぶりによく寝たよ。しかも安心して」


「遺跡の中は落ち着かないからな。しかも俺たちの場合は、地下1層にいるときは鐘1回分くらいしか寝てないもんな」


「思えばあれで知らない間に体力を削られて、今も体調が戻らなくなっているのかもしれないよね。トリスタンも明日は1日寝たらどう?」


「そうしようかな。実は頭がぼんやりすることが最近多くなってきていたからなぁ」


「寝た方が良いと思うよ。僕みたいに怪我をしたときに一気に来るかもしれないから」


「駄目になったときにまとめて来るわけか。だったら明日は寝ようか」


「1日くらいだったら寝ていられると思うよ」


 寝る気になってきているトリスタンにユウはうなずいた。そのときがやって来てから気付くのは遅いので、対処できる間にやってしまうべきなのだ。


 そこからしばらくは食事に集中する。ユウはいつもより食べる速度が遅かった。普段よりもゆっくりかつたくさん噛んで飲み込んでいる。暖かい肉が腹の中に落ちるのが実に幸せに感じられた。


 ある程度食べたトリスタンが再びユウへと声をかける。


「なぁ、あの遺跡で戦ったあいつ、強かったな」


「そうだね。まさかあの毛のせいで刃が通じないなんて思わなかったよ」


「鰐野郎には通じたんだけれどな。何て硬い毛なんだ」


「本当は4人か6人くらいで戦う相手だったんじゃないかな、あれ」


「俺もそんな気がしてきた。でも、地下3層に下りる方法が方法だから、他の冒険者の力を借りるわけにはいかないんだよな?」


「そうだね。あの門の開け方はちょっと知られたくないかな」


 最後の手段として知り合いの力を借りるという選択はあるものの、可能ならそれは避けたいというのがユウの本音だった。少なくとも、色々と不安要素のあるこの基地では知られるのは良くないと考えている。


 2人は少しの間黙って食事を(つつ)いた。それからトリスタンがため息をつく。


「でもあいつ、目も耳もなさそうだったのに、一体どうやってこっちの行動を知っているんだろうな」


「不思議だったよね。何か方法があるんだろうけれど、あれでこっちの攻撃を爪ではじいていたんだから驚いたよ」


「しかも左右から挟み込んでいたのにな。矢を射かけて攻撃できたらなぁ」

「でもどうだろう? あの毛の刃を防ぐ能力を考えたら矢では通用しないんじゃないかな」


「それなら弱い部分を狙ってって、そういえばあいつ、目も耳もなかったんだよな」


「射るとするなら口の中かかな。そもそも僕らの腕前じゃ狙うこと自体が無理だけれど」


「そうだよなぁ。でもそうなるといつも通り武器で斬りつけるってことになるわけだが、松明(たいまつ)を片手に持って戦うっていうのはきつすぎるだろう」


「仕方ないよ。僕たち人間は明かりがないと何も見えないんだから。我慢しなきゃ」


「荷物みたいに床に置けたらいいんだけどな」


「置くだけならできるけれど、蹴っ飛ばすなり何なりしちゃったら何も見えなくなってやられちゃうよ」


「何かいい方法はないかねぇ」


 難しい顔をしながら2人で木製のジョッキを傾けた。口を離すとため息交じりの息を吐き出す。倒す必要のない魔物ではあるが、やられっぱなしというのは面白くなかった。


 しばらく考えていたユウは小さい声を出してからぼんやりと口を開く。


「あの鼻をどうにかしたら何とかなるのかなぁ」


「何かいい方法でも思い浮かんだのか?」


「悪臭玉がいくつかあるから、それを使って怯ませたところで鼻を集中して攻撃するっていうのはどうかな?」


「弱点っぽくはあるよな。問題はそこを攻撃できるかどうかだた。しかし、あれを遺跡内で使うのか。確実に俺たちも吸い込んでしまうぞ」


「でも、それで倒せるなら安い物じゃない? 勝った後は好きなだけ休めば良いんだし」


「それはそうだが」


「トリスタンは他に代案でもある?」


「ない」


「それじゃ、1回これで戦ってみない?」


「わかった。やってみよう。でも、俺が近くにいるときは巻き込まないでくれよ?」


「戦いが始まった直後に投げつけるから、それまでは僕の後ろにいたら良いよ」


「そうするとしよう」


 再戦の方針が決まったユウとトリスタンは穏やかに笑った。それから残った食事を平らげる。まずは体力の回復だ。


 この日は長居せず、2人とも食べ終わると安宿に引き上げた。




 休暇3日目、ユウの体調はほぼ完治した。病み上がりではあるが一応動き回ることはできる。


 最初にやったことは買い物だった。ユウは寝込んでいたのでまだ探索の準備ができていない。なので、必要な物を各店舗で買い求めた。


 今回のユウはその中でも水袋をひとつ購入している。前回の探索で負傷したときに傷口を洗う水をひねり出すのに苦労したのだ。10日分の水を入れる水袋を持って10日間活動していたのでぎりぎりだったのである。ただ、水袋の品質が低いのが少し気になった。


 夕方、2人は夕食のために酒場へと寄る。明日からはまたしばらく温かい食事を口にできないので、今のうちに目一杯食べておきたかった。


 料理と酒がやって来てユウたちは食事を始める。たまに周囲の人々と話をしながら楽しんだ。そのときにいくつか気になったことがあった。


 最初に気になったのは酒場の顔ぶれだ。もう2ヵ月以上この基地に滞在しているのに見知った顔がほとんどいない。訳知り顔の人物によると、活動の断念や負傷による引退それと死亡する冒険者がいる一方で、同じくらいの数の新顔がやって来ているらしい。どうやら他の町でこの遺跡の噂を聞きつけた者たちのようだ。


 また、例の遺跡探索クラン明るい未来ジュースフラムティッドは最近はやや活動が鈍っている。原因はクランメンバー不足らしい。ソルターの町から地元の冒険者を呼んで頭数を揃えようとしているようだ。


 最後に、あの探検隊気高い意思(ノーブラオヴシキタル)は現在地下3層で活動しているらしい。そして、詳細は不明だが近々何かするかもしれないという。


 どうやらルインナルの基地と広大な遺跡(ストラルインナル)で色々と動いているようだ。既にユウがロビンたちと大立ち回りしたことも今や完全に過去の話である。今の話題はいかにして遺跡の地下3層で稼ぐかだ。誰もがそのためにこの基地へ来ているのである。


 ユウとトリスタンも決意を新たに遺跡に臨むことにした。

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