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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第23章 冬の森の遺跡

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酒場内での喧嘩

 一稼ぎできたユウとトリスタンは意気揚々と遺跡の中で帰路についた。地下2層は来た経路をたどっても油断できなかったが幸い魔物とは遭遇せずに済む。


 地下1層に上がると往路と同じく1日鐘6回分歩き続けた。7日目には他の冒険者パーティと2回出会っている。今回はどちらも知らない冒険者ばかりだった。


 そうして松明(たいまつ)の明かりが心許なくなってきた頃に2人は遺跡の入口にたどり着く。相変わらず底冷えする寒さだが、生きて帰ってきた証だと思えば悪くない。簡易の門で門番に時刻を尋ねると五の刻から六の刻の間ということだった。思いの外砂時計で計る時間が正確なことに感心する。


 日没後であっても六の刻前であるのならば魔石選別場はまだ営業中だ。冒険者ギルド派出所の南隣にあるこの場所は、冒険者から持ち込まれる魔石を選別して買い取る店である。ルインナルの基地ができてまだ間もない頃に魔石の売買で問題が発生したことから冒険者ギルドが設置したのだ。


 この魔石選別場に2人はこの遺跡で初めて手にした成果を持って行った。その掘っ立て小屋の中に入ると買取カウンターの前に受付係が立っている。町から出張してきた魔石選別業者だ。


 息を吐く度に白くなる中、ユウは麻袋を買取カウンターの上に置く。


「遺跡で取ってきた魔石を鑑定して買い取ってください」


「いいぞ。カウンターに全部出すんだ」


 指示された通りにユウは麻袋の中の魔石を買取カウンターの上に広げた。小石の転がる軽やかな音がいくつも耳に入る。それを選別業者と2人で数えた。その結果、屑魔石160個、小魔石80個、属性付き小魔石20個、中魔石2個、全部で銅貨176枚となる。2人で山分けすると銅貨88枚、なかなかの稼ぎだ。


 自分の収入を巾着袋に入れて懐へとしまったユウとトリスタンは上機嫌で魔石選別場の掘っ立て小屋を出た。どちらも笑顔である。


「ユウ、ここに来てからの滞在費を一気に回収できたな!」


「そうだね。こういう収入があると一気に利益になるんだ。みんな続けるわけだよ」


「ということは、しばらくこの遺跡に入り続けるか?」


「良いと思う。毎回これだけ稼げるようになったらここでもやっていけるんじゃないかな」


「次はどのくらい入る?」


「まだ決めていないよ。でも、探索する場所までの往復の時間が長いから、最低1週間は入らないといけないことはわかったよね」


「そうなんだよな。俺の感覚だと8日から10日くらいかなって思っているぞ」


「たぶんそんな感じなんだろうね。でもそうなると、松明(たいまつ)がかさばるのがちょっと厳しいかな。食料も多めに持っていきたいし」


「俺たちは毎回全財産を持って遺跡に入らないといけないからな。そこが厄介だよなぁ」


 白息を大きく吐き出したトリスタンを見たユウも悩ましい表情を浮かべた。


 拠点を構えて探索をしない限り、基本的に荷物を置く場所はどこにもない。厳密には置く場所自体はあるがすぐに盗まれてしまうのだ。そのため、冒険者に限らず拠点を持たない人々は常に全財産を肌身は出さず持っておく必要がある。それが嫌で極端に身軽になる人もいるが少数派だ。


 特にユウの場合、背嚢(はいのう)に対して荷物をかなり詰め込んでいるのでもう余裕がない。そこがトリスタンと違うところだ。


 今のところ捨てる物がなくてどうしたものかとユウが悩んでいるうちに酒場に着いた。中に入るとほのかに暖かい。全身にまとわりついた冷気が溶けていく感じがする。


 カウンター席に座った2人は給仕に料理と酒を注文した。店内の客が多いので品物が届くまで時間がかかる。ようやく待っていた料理と酒を目の前に置かれると夕食を始めた。


 それにしてもとユウは考える。ルインナルの基地の物価高は地味にきつい。消耗品をまとまって買うだけでごっそりと財布から銀貨や銅貨が消えていくからだ。今回の探索でこの基地にやって来て以来の赤字は解消できたが、明日探索の準備をすると今日の稼ぎは消えてなくなる。もし次の探索で成果なしだった場合、再び赤字になってしまうのだ。つまり、探索の諸経費と生活費を考えると毎回最低金貨1枚を稼がなければ落ち着けないのである。今日は稼げたと喜んでいるが、まだ油断できる状況ではないのだ。この基地にいる冒険者の全員がそんな状態のはずなので、稼げない冒険者はこの基地を去るしかないとユウは納得した。


 ある程度腹を満たして落ち着いてくると2人は木製のジョッキを片手に雑談を始める。まだ先は油断できないものの、とりあえずは探索がうまくいったことを喜び合った。次の準備は明日するとして、今晩くらいは楽しんだ。


 夕食も終わりに近づいてきた頃、2人がそろそろ帰ろうとしたときに酒場の出入口付近が急に騒がしくなった。振り返ってみると、冒険者が口論している。


「あれ? あれってレンナルトじゃない?」


「本当だ。言い合いをしている片方もメンバーだな。相手は誰だ?」


「兄さん、あの片方と知り合いなのか。そいつぁご愁傷様だな」


 2人の会話を聞いた隣の酔っ払いが口を挟んできた。しかし、その目は口論の場に向けられており、ときおりユウとトリスタンへと向けられるだけだ。


 言い方が気になったトリスタンが酔っ払いに尋ねる。


「もう片方の方は誰なんだ?」


鋭い矢(スカルプピル)のヤツだな。こうなるとリーダーのロビンが、ああ、来やがったぞ」


 酔っ払いの言葉に釣られて2人が酒場の出入口へと目を向けると灰色の髪の目つきの鋭い青年が店内に入ってきた。話から凶暴だと予想していたユウなどは意外に小柄なので少し驚く。


 そのロビンが口論していたレンナルトの仲間によそ者なんぞさっさと出て行けなどと怒鳴り散らし始めた。よそ者が大半だったらしい店内の雰囲気が悪くなる。


 口論から一方的な罵倒になりつつある間、酒場の入口近辺に人が集まっているのがちらりと見えた。どうやらロビンの仲間らしい。総勢が何人かは不明だが、レンナルトたちや入口近くのテーブル席に座る客の様子から数はあちらが優勢なようだ。


 やって来ていきなり罵声を浴びせるロビンに店内の客は不快感を示しているが、野次を飛ばしたりレンナルト側に加勢する者はいない。レンナルトたちの知り合いは1人もいないのだろう。


 汚い言葉が店内に響いていたが、レンナルトの仲間が何か言い返したところでロビンの罵声が止んだ。そして、奇妙な静寂が突然発生する。


 レンナルトの仲間は一体何を言ったのかユウたちは気になった。散々喚き散らしていたロビンが黙るとなると相当なことだと想像する。その想像は正しかった。


 突然ロビンが叫びだしたかと思うと何か言ったレンナルトの仲間に襲いかかる。しかし、初撃は躱して反撃の一撃をロビンの腹に打ち込んだ。殴り合いの始まりである。


 出入口付近のテーブルにいた聡い客はロビンが叫んだ瞬間に木製のジョッキと皿を持って避難した。逆に鈍い客は店内に突入してきたロビンの仲間に襲われる。こうして酒場の出入口は喧嘩場となった。


 店内の他の客は半ば閉じ込められた形になったが、そんなことはお構いなしにレンナルトと巻き込まれた客に声援を送る。ロビン側を応援する者は見当たらない。


 喧嘩の状況はレンナルトとその仲間4人と巻き込まれた他の冒険者が6人程度に対して、ロビン側は10人以上が戦っている。優劣は天秤が揺れるように変化した。巻き込まれた冒険者は酔っ払っていたこともあって次々に倒されてレンナルト側の数が減っていくのに対して、ロビン側の仲間はレンナルトたちに1人ずつ倒されていく。しかし、ロビンの相手をしていたレンナルトの仲間が倒されると再びロビン側が優勢になった。


 難しい顔をしているユウにトリスタンが声をかける。


「これ、どっちが勝つと思う?」


「このままだと向こう側が勝つよね。あのロビンっていう人をレンナルトが抑えているけれど、他は数が倍くらい違うから押されているし」


「加勢するか?」


「入ったらこの場は勝てると思う。でも、その後の報復が怖いじゃない。みんなそれがわかっているから誰もレンナルト側で加勢しないんでしょ。こんなに応援しているのに」


「確かにな」


「嫌な言い方になるけれど、これってロビン側に勝ってもらった方がましなんだろうな。ここで溜飲を下げてもらったら後で報復っていうことはないだろうし」


「大きな顔はされるだろうな」


「そうだね。ただ、僕たちが加勢して勝ったら目をつけられるんだけれど、その後は2人で何とかしないといけないじゃない。特に遺跡の中だと」


「そういえばそうだった。嫌な話だな」


 渋い顔をしたトリスタンが仕方ないという様子でうなずいた。


 喧嘩の勝負はユウの予想通りロビン側が勝って終わる。酒場内の雰囲気は最悪になった。

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