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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第23章 冬の森の遺跡

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広大な遺跡の中へ

 冬の森の中にあるルインナルの基地にユウとトリスタンがやって来て3日目、いよいよ2人は広大な遺跡(ストラルインナル)に入ろうとしている。拠点となる集落での問題は一旦棚上げして遺跡を探るのだ。その結果次第ではすぐにこの基地を引き払うので、これからの探索は今後の判断材料としても重要なのである。


 まだ日の出前の二の刻に2人は目を覚ますと出発の準備を済ませた。武具や道具はすでに用意できているので自分たちに関することだけだ。それが終わると宿を出る。雪靴(スノーシュー)は履かない。遺跡の入口は基地から近いからだ。


 宿を出ると真夜中に降った雪が再び一面に積もっている。2人は白い息を吐きながら一歩ずつ前に進んだ。片手には松明(たいまつ)を持っている。周囲には同じように遺跡へと向かう冒険者が何組か歩いていた。


 ルインナルの基地の西側にある門からユウたちは基地の敷地外へと出る。雪に埋もれた小さな丘を避けて半周すると地面に大きな穴が開いていた。その一角に木造の階段が据えられている。これが遺跡の入口だ。


 他の冒険者と同じようにユウたちもその階段を使って遺跡へと下りた。踏みしめられた雪と木のこすれる音がいくつも耳を打つ。地上から遺跡の床までは一般的な家の2階程度の差があるので落ちると危ない。


 遺跡へと降り立ったユウは周囲を見渡す。暗く雪に埋もれているが、長い年月で風化している石の壁は見えた。そして、階段の前後に奥へと伸びる石畳の通路が見えている。その奥は暗くて何も見えない。


 いや、階段からまっすぐ先に伸びる通路の奥で明かりが揺れた。階段を下りた冒険者たちの持つ明かりが奥に向かうのとは反対に近づいて来る。


「ああ、帰ってきた人たちだったんだ」


 つぶやいたユウの横を疲れた様子の4人が通り過ぎた。そのまま階段を上がってゆく。


「ユウ、行こうぜ。ここは寒い」


「そうだね。それじゃまず、この先に行こうか」


 遺跡から去ろうとしている冒険者たちをぼんやりと眺めていたユウはトリスタンに肩を叩かれた。それで我に返って歩き出す。


 遺跡の通路は思ったより縦にも横にも広かった。地下施設にここまで広い通路が必要な理由がユウにはわからない。しかし、かつての古代人を思い出すと、きっと何か意味があったんだろうと思える。


 ただ、大きいが同時にもの悲しくも感じた。広い通路は床、壁、天井のどこもがあちこち破損していたり小さく崩れていたりしている。


 途中まで歩いたユウは一旦立ち止まった。そして、腰にぶら下げた麻袋から折り畳み式の下敷きと羊皮紙、それに筆記用具を取り出す。それから羊皮紙にペンで略地図を書き始めた。ここが広大な遺跡(ストラルインナル)であるならば地図は必須のはずである。


「トリスタン、もう良いよ。先に進もう」


「わかった。これから2日間、この中を歩き回るのか。下水路とは全然雰囲気が違うな」


「それはそうでしょ。たぶん、この遺跡は下水路の上にあった都市みたいなもののはずだからね」


「そんなことがわかるのか」


「何となくだよ。はっきりとわかるんだったらもっと自信を持って進んでいるよ」


「そりゃそうだな」


 松明(たいまつ)を掲げながらユウとトリスタンは通路の奥へと進んだ。


 しばらくは単なる通路が続いていたが、そのうち変化が現れる。両脇が壁のときもあれば何かの部屋が連続で続いている所が散見されるようになったのだ。他には、通路はあちこちに伸びては交差しており、規則正しく十字路が前後左右に続いていることもあれば、不規則に分岐しているところもある。


 まるで前に入ったことのある遺跡のようだとユウは感じた。造りが、大げさに言えば、建築様式がとても似ているのだ。ユウの感覚では同一である。


 2日前に冒険者ギルドで教えてもらった魔物がユウの脳裏に浮かんだ。かつての遺跡で出会ったことのある魔物もいた。当時は名前を知らなかったが、あの職員に教えてもらって初めて知った魔物もいる。あのときの探検隊は当たり前のように捕食されていた。今回はどうなのか、それはやってみないとわからない。駄目だったときは終わりだが。


 2人は更に奥へと進む。ときおり通路から逸れて部屋に入り様子を窺った。瓦礫、判別不明の何か、魔物の死骸などが目に入る。いずれも価値のないものばかりだ。


 歩きながらユウはそれにしてもと思う。これだけ広大な遺跡なのだから地図がほしいところなのに、冒険者ギルドは大して持っていないと知って驚いた。発掘品や魔石の位置を隠すために冒険者が提出したがらないらしい。もっともな話ではある。そう考えると、かつての終わりなき魔窟(エンドレスダンジョン)を管理する冒険者ギルドが特殊だったことを今更ながらに強く感じた。


 鐘1回分程度の道のりを歩いた2人は休憩に入る。略地図ではわからないが結構歩いていた。


 水袋から口を離したトリスタンがユウに顔を向ける。


「なぁ、ユウ、気付いているか?」


「もしかして、今まで1度も魔物に遭遇していないこと?」


「これから遭うかもしれないが、今のところ気配もないっていうのはな」


「冒険者ギルドで話は聞いていたけれど、実際にこう何も出てこないと逆に怖いよね」


「魔物も寄り付かない危険な場所ってわけか」


「そんな所、僕は生きて帰れる自信がないな」


「魔物の死骸がさっきあったんだから、実際は極端に数が少ないだけだろうけどな」


 小さく笑ったトリスタンに顔を向けられたユウがうなずいた。そういうこともあるだろうと納得する。


 休憩が終わると2人は探索を再開した。相変わらずまったく何もない遺跡を巡り続ける。


 そんなあるとき、とある場所に見覚えのある部屋を見つけた。床に転移魔法陣が描かれた部屋だ。中に入ったユウは一通り歩き回って魔法陣を確認してみる。


「ユウ、これって前に遺跡の中で魔物が大量に出てきたときの魔法陣と似ているよな」


「同じだと思う。転移魔法陣だろうね。でも、所々破損しているみたいだからたぶん使えないと思うよ」


「それは良かった。あんなのはもう勘弁してほしいからな」


 何ヵ月も前に調査隊の仕事を引き受けたときのことをユウは思い返した。調査のためと称して魔術使いが起動させたために多くの犠牲者が出た件だ。よく生き残れたと今でも思っている。


 遺跡に入って鐘2回分が経過すると2人は昼休憩に入った。干し肉と黒パンを取り出して食べる。あまり空腹を感じないときでも食べられるときにある程度食べないといけない。


 食事後、使い捨て松明(たいまつ)に油を足して再点火する。これで後鐘1回分は大丈夫だ。


 昼休憩が終わると2人は探索を再開したが、すぐに地下2層に続く階段を見つけた。実はこれまでにも2度見つけていたので、今回で3度目である。


 冒険者ギルドの職員の推測では、遺跡になる前は都市として使われていたのではという話だ。というのも、魔物は徘徊しているものの、遺跡自体に危険な罠は今のところ見つかっていないからである。それに、あちこちに階段が点在していることから階層間の往来を円滑にすることを重視していた点も都市説を裏付けているように見受けられた。


 それならばもっと地下2層の魔物が地下1層に上がってきてもおかしくないのだが、そういう事例は今のところほとんどない。もちろん冒険者を追いかけて上がってくることはあるそうだが、どうも魔物は積極的に地下1層へと上がらないようである。


 そんな話をユウたちがしながら探索を進めていくと空の部屋を発見した。それ自体は珍しくなかったが、部屋の形状からユウは保管庫ではないかと推測する。前に入った遺跡と同じだからだ。


 2人で一通り部屋の中を調べて見ると崩落した場所があり、瓦礫が雑に取り除かれている。ここ数ヵ月以内になされたようなので、冒険者が何かを探していた形跡だと推測する。


 色々と小さなことを確認しながら遺跡を探索していた2人は、あるとき通路の奥にぼんやりと光る何かを目にした。警戒しつつも更に近づくと足音と声が聞こえる。やがて相手の顔が判別できる所まで近づくと見覚えのある顔だった。同時に叫ぶ。


「キャレ!」


「ユウ!」


 思わぬ再会にどちらも驚いた。去年、ソルターの町で別れて以来だ。


 どちらも興奮気味に話しかける。


「どうしてここにいるの?」


「俺たちは元々この遺跡目当てでソルターの町に向かってたからな。ここにいるのは当然さ。それよりも、ユウたちは魔塩の山脈に向かったんじゃなかったのか?」


「あっちの用事は済んだから、次はこっちに来たんだよ」


 地下2層からの帰りだというキャレとの会話ははずんだ。その後いくらか話をして、今度一緒に飲もうと約束して別れる。


 知り合いとの再会にユウとトリスタンのやる気は上向きになった。その後の探索にも力が入る。


 その日は遺跡の中を進めるだけ進んで周囲を調べて回った。

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