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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第23章 冬の森の遺跡

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雪上での移動

 商売人アルビンたちと同じ安宿で1泊した翌朝、ユウとトリスタンは二の刻の鐘が鳴ってから起きた。まだ日の出前であるが、大部屋の壁に掛けられている燭台の蝋燭(ろうそく)の明かりを頼りに出発の準備を進める。


 大体の用意を済ませた2人は人足から朝食の干し肉と黒パン、それに薄いエールを受け取った。いつもは合流前に食べるので自分たちで用意していたが、今回は雇い主と一緒なので支給してもらえたのだ。小さな幸運に2人は喜ぶ。


 食事は他の面々も同じだった。白い息を吐きながらバートがトリスタンに声をかける。


「こう冷えると手がかじかんでしょうがないな」


「まったくだ。火が使えると少しはましなんだが」


蝋燭(ろうそく)の火じゃ小さすぎるしなぁ。せめて松明(たいまつ)くらいあれば近寄って温まるんだが」


 寒そうにしゃべるバートにトリスタンが苦笑いを返した。そうして小さくうなずく。


 朝食が終わって待ち時間を経た後、周囲がうっすらと明るくなったことに誰もが気付いた。その時点でアルビンが全員に雪靴(スノーシュー)を履くように命じる。いよいよ出発のときが来たのだ。


 誰もが凍える手でそれを履くと具合を確かめる。そして、自分の荷物を背負うと準備完了だ。白い息を吐きながら冒険者と人足が雇い主の商売人へと顔を向ける。


「それじゃ出発する。まずは郊外まで行くぞ」


 アルビンが号令をかけると全員がうなずいた。バートを先頭にアルビン、人足、ユウとトリスタンが続く。


 今朝の冷え込みはいつも通り厳しいが雪は降っていなかった。空は一面が雲に覆われている。路地には往来する人々がちらほらといた。町の東側の郊外には人の集団が大小いくつか点在している。ユウたちもその中に加わった。


 全員が一塊に集まるとアルビンは1人その輪から抜け、近くの大きな集団へと向かうのをユウは目にした。気になったので隣のバートに声をかける。


「バート、アルビンって何しに行くの?」


「挨拶だよ。これからソルターの町まで一緒に行くつもりなんだ」


「同行を許してくれるのかな」


「大丈夫だよ。旦那はオレたちを雇ってるからな。一緒に夜の見張り番もできるし。誰も雇わない行商人は相手にされないが」


「人足みたいに雇ってはもらえないんだね」


「そりゃそうだ! 行商人だって自分の荷物を目一杯担いでるんだぜ? 隊商の荷物を担ぐ余地なんてないんだ。そんなヤツ、雇う理由がないだろ」


 苦笑いされたユウはなるほどとうなずいた。冬場だと人力で荷物を運ぶのが人足の主な役目になるのだから、自分たちの荷物を担げない者を雇う理由は確かにない。


 挨拶を終えたらしいアルビンが戻って来た。笑顔で配下の冒険者と人足に声をかける。


「すぐに出発するぞ。今のうちに足下の紐を確認しておけよ」


 その言葉を聞いて真面目に雪靴(スノーシュー)の紐を確認したのはユウだけだった。他の者たちはうなずくだけである。しかし、誰も笑わなかった。


 雇い主の発言から間もなくして近くの隊商の面々が歩き始める。それにいくつかの小集団が続き、最後にアルビンの集団が後を追った。おおよそ50人程度の一団だ。


 ユウはアルビンの集団の最後尾ひとつ手前、トリスタンは最後尾を歩く。やはり歩きにくい。昨日どんなものかと試して一応歩き方などは理解しているが、今のところその程度だ。昨日のお試しで普段あまり使わない筋肉を使って疲れたのも影響している。


 そんな2人の事情などお構いなしに隊商の集団は雪の上を進んだ。誰もが歩き慣れているらしく、皆が一列になって黙々と進んでゆく。


 荷馬車に乗っているときや徒歩の集団の中で歩いているときとはまた違う感覚にユウは襲われた。最初は何かわからなかったが、やがてその正体を認識する。周りに人がいるのに一言もしゃべる機会がないのだ。一列縦隊で少し間を開けて進んでいるので誰とも会話できないのである。そのせいで気を紛らわせることができない。


 仕方がないのでユウはたまに周囲を見ては気を紛らわせようとする。しかし、前方にやや下り坂の接舷が地平線まで続き、一面に雲が広がった空がどこまで続いている風景しか目に入らない。魔物の足跡すらないのだ。本当に何もない。


 若干気落ちしたユウは再び正面に顔を向けた。前を歩く人足の荷物が見える。とても大きいので荷物から脚が生えて動いているようだ。思えば自分の背嚢(はいのう)もかなり膨らんでいるのであまり人のことは言えないのではと思い直す。


 そんなどうでも良いことを考えていたユウは列が緩やかに南へと曲がるのを見た。遠くに窺えるのは隊商の集団の先頭なので本当の最先頭だ。そのとき、ふと気付く。今歩いているのは雪の上なので街道は目に見えない。なのに最先頭を歩く人物は迷うことなく進んでいる。周りには何も目印がないだけに不思議で仕方なかった。




 夕方、野営することになった。護衛を雇った集団が一堂に集まる。半数の人足と大半の冒険者たちが特定の場所の雪を掘り始めた。円を描くように掘り、内側を凹ませ、その外周を掘り出した雪で盛り上げる。一晩過ごす寝床を確保するためだ。


 残り半数の人足は夕食を作る。雪の上で直接焚き火をしてもすぐに火は消えてしまうので、太い木を敷いてその上で焚き火をする。また、そのままだと風に煽られて鍋に火が通りにくくなるので、焚き火の周りを雪で作った壁で囲った。かまどもどきだ。


 鍋の中身が湧くと食事の始まりだ。この頃にはすっかり日が暮れているので、松明(たいまつ)篝火(かがりび)代わりに視界を確保する。その中で関係者は粥のようなスープをすすった。


 食事が終わると後片付け担当の人足と夜の見張り番の冒険者以外は円形に掘った内側の縁に寝そべる。もちろん雪の上に直接横たわると体が冷えるので誰もが何かを敷いた。ユウとトリスタンは空の麻袋の上に使っていない外套を敷き、その上で眠っている。ちなみに、掘った円の中央部分には皆の荷物が置かれていた。


 日没後、夕食が終わる頃から冒険者は担当者が夜の見張り番に就く。順番はできるだけ不公平にならないように決めなければならない。ただ、大小複数の集団が集まるとそれだけ冒険者の数も多くなる。そのため、各冒険者の負担はそこまで重くならない。大抵は一晩で1回だけ見張り番をこなすだけで済む。


 ユウはトリスタンと共に真夜中の組に組み込まれた。前の番の1人に起こされると寒そうに起きる。


「うう、寒いなぁ。トリスタンはあっちだったっけ」


「そうだ。風はほとんどなさそうだな。これはいい知らせだ。それじゃ後でな」


 わずかに会話をするとユウはトリスタンと別れた。そのまま自分に割り振られた場所に向かう。前任者に声をかけると松明(たいまつ)をもらって役目を交代した。


 片手に持つ明かりを頼りにユウは周囲を眺めたがまったく何も見えない。月齢でいえば満月の時期であるが厚い雲に覆われて月明かりが地表まで届かないのだ。わずかなそよ風を感じる以外に動きは何もない。


 サルート島では盗賊と獣が存在しないため、警戒するべきは魔物のみだ。だからといって油断できるわけではないが、冬の間、特に雪がこれだけ積もった時期ならば対処は十分にできる。


 たまに砂時計を確認しながらユウは周囲を警戒し続けていた。すると、雪の上を何かが進む音が耳に届く。


「南西、魔物、数は不明!」


 暗闇でまだ充分に確認できない状況でユウは声を上げた。松明(たいまつ)の明かりだけが頼りの状況では、目で確認できた時点でもう目の前まで迫られてしまっていることになる。それでは眠っている人々が対応する時間が少なすぎるのだ。この場合、不確実でも早めに声を上げるのが正解である。


 槌矛(メイス)を右手に握りしめたユウは振り返った。次々と人々が起き上がり、松明(たいまつ)に明かりが(とも)ってゆく。これなら左手のあかりは手前に投げつけても視界はある程度確保できると判断した。一呼吸置いて手にした松明(たいまつ)を弧を描くようにゆっくりと投げる。低品質なものだがそれでも短時間ならば燃え続けてくれることは期待できた。


 雪の上にそれが転がると同時に魔物の姿が浮かび上がる。真っ黒な体に暗く光る赤い瞳が特徴の犬の魔物だ。お馴染みの黒妖犬(ブラックドッグ)である。対処法がわかっている上に雪の上を走りにくそうに向かってきていた。相手としては難しくない。


 他の場所にも分散したこともあってユウは黒妖犬(ブラックドッグ)を簡単に倒せた。戦いが終わると戦果報告をして魔物の死体を1ヵ所に集める。燃やすのは薪がもったいないので春まで凍るに任せるのだ。


 翌朝、集団の関係者は目覚めると寝床を片付けて支給された干し肉と黒パンを口にする。冷えて硬いが仕方ない。やはり冷えている薄いエールと一緒に口の中で温めて少しずつ胃に収めてゆく。こういう寒いときは朝も暖かい食事がほしい。


 準備ができた人々は昨日と同じく再び歩き始めた。

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