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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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祖父の教え

 エッベの依頼を引き受けることにしたユウとトリスタンは冬の森に行くことを延期した。細かい諸条件を詰めて契約が成立すると、早速エッベが手配したという宿に連れて行かれる。町の外にある宿にしては立派な方だ。


 4人部屋の中はかつてユウが宿泊していた個室と似ている。中にある調度品は大体同じで少し質が悪そうという印象だ。


 一通り中を見たユウがエッベに顔を向ける。


「ここに荷物を置いても大丈夫なの?」


「そこは心配しなくても平気ですよ。宿主にはちゃんと心付けを渡してありますから」


「なるほど」


「最低限必要な道具と背嚢(はいのう)っていうのはこれか?」


 寝台に近寄ったトリスタンがその上に置いてある鶴嘴(つるはし)やシャベルなどを見ながらエッベに尋ねた。往路はまだしも、採掘された魔塩を背負う復路は大変かもしれない。現地に道具を置いていけるのならば楽になるが、それは紛失の原因だ。


 振り向いたエッベがうなずく。


「そうです。2人の分を買っておいたんです」


「用意がいいな。というより、俺たちと話す前から準備していたのか?」


「あの条件で断られるなんて思ってませんでしたからね、へへへ」


「いやそもそも、あの路地で再会したのは偶然だろう。会えなかったらどうするつもりだったんだ?」


「話す機会は絶対にあるって信じてましたから」


 横で話を聞いていたユウは随分と前のめりだなと思った。ユウには真似ができない。それでもエッベは2人と再会して契約できた。ここしばらくで自分の強運を信じられる何かがあったのかもしれないと考える。


 ともかく、準備ができているのは結構なことだ。ユウは気持ちを切り替えて作業に移る。


 魔塩を担いで持って町に帰るため、採掘現場には必要最低限の道具だけを持って行くことになっていた。そのため、必要な道具を自分の荷物から取り出す。とは言っても多くはない。身の回りの物だけだ。


 次いでエッベから現地での注意点などを聞く。人に知られるとまずい話もあるので酒場ではできない内容もあった。それが終わると、他にも聞いておくべきことなどを詳しく聞き出す。外では不用意に話せないこともあるので良く覚えておく必要があった。


 こうして必要な作業と打ち合わせが終わると酒場へと繰り出す。前祝いということでエッベの奢りだった。




 翌朝、ユウとトリスタンは日の出と共に宿を出た。エッベに引率されて町の北の郊外へと向かう。岩塩の採掘場にはいくつか掘っ立て小屋があるが、その中のひとつに連れて行かれた。そして、外で待つように言われてエッベが中に入るのを見送る。


 周囲は仕事を始めるために人足が岩塩の採掘現場へと向かっていた。たまにユウたちへと顔を向ける者もいたが眺めている時間はごくわずかだ。


 やがてエッベが1人の男と共に掘っ立て小屋から出てくる。


「ユウ、トリスタン、こちらが塩ギルドに所属していらっしゃるナータンさんです。今回、あっしが見つけた塩脈を鑑定してくださる方ですから、失礼のないようにお願いしますね」


「ナータンだ。掘り甲斐のあるでっかい塩脈だったらいいな。もっとも、そのときはお前ら2人は食いっぱぐれちまうだろうが」


 薄ら笑いをするナータンを見てもユウは顔色を変えなかった。事前に忠告を受けていたからである。この町ではこれが当たり前なのだ。


 簡単な自己紹介が終わると4人は掘っ立て小屋を出発した。エッベを先頭にナータン、ユウ、トリスタンの順に続く。移動中の会話は一切ない。


 岩塩採掘場を過ぎると人気(ひとけ)のない山の谷間が続く。どこも白と茶の混ざる岩塩が一面に広がっていた。


 昼頃まで延々と谷間を歩いた後、エッベは途中からとある連なる山々の山頂目指して登ってゆく。その途中で曲がって谷間と並行して歩き、夕方になると壁面が中途半端に穿(うが)たれた窪みで立ち止まった。


 振り向いたエッベが全員に宣言する。


「今日はここで1泊しましょう。明日の昼前には着く予定です」


「この辺りだと今の時期でも冷えるな。早く帰りてぇ」


 顔をしかめたナータンはエッベから差し出された干し肉と黒パンを受け取りながら愚痴った。そのまま最も風が当たらなさそうな場所に座って食べる。


 この間にユウとトリスタンが野営の準備を始めた。持ってきた薪を組み上げて火を点ける。暖を取るためというよりは視界をわずかでも確保するためだ。これから月末に向かって新月の時期になるからである。


 夜の見張り番はユウとトリスタンの2人で担当することになっていた。エッベとナータンが眠ると交代で起きる。薪の量は限られているので使いすぎに気を付けないといけない。ただし、惜しみすぎると今度は消えてしまうので調整が面倒だ。魔塩の山脈には草木は生えていないので枝木を拾えないのが厳しい。


 翌朝、出発の準備を整えると4人は野営地を後にする。先頭は再びエッベだ。半日ほど歩くと何でもない大岩にたどり着いた。


 振り向いたエッベがナータンに声をかける。


「ここです。この大岩の裏にあるんですよ」


「わかった、案内しろ」


 短いやり取りで話が終わるとエッベとナータンが大岩の裏へと姿を消した。その間、ユウとトリスタンは外で待つ。


「とりあえずここまで来たけれど、本番はこれからだよね。怖いなぁ」


「エッベの奴、あんなことを言っていたが、本当に大丈夫なのか不安だな」


 今まで黙っていた2人が互いに顔を向けて心情を吐露した。今から鑑定をするナータンを騙そうするわけだが、本当にうまくいくのかわからない。いくら祖父の情報が信頼できてもそれが今通用するかは不明なのだ。しかも、エッベを始め3人とも魔塩の採掘は初めてである。何もいきなり博打を打たなくても良いのではというのが正直な感想だ。


 とはいえ、ここまで来たらもうやるしかない。最悪露呈したとしても、何も知らされないままエッベに指図されていたと2人は主張する予定だ。それは主犯の行商人も承知の上である。


 とても安心できない状態で待っていた2人は大岩の裏からエッベとナータンが再び姿を現したのを目にした。しかし、入る前と違ってナータンの機嫌が悪い。


「あんなのろくに採れるわけねぇだろ」


「へへへ、まぁそうおっしゃらずに。やっとの思いであっしが見つけた塩脈なんですよ」


「はぁ、これから3日掘る間、こんな所で待たないといけねぇとはな。くそ」


 それからも小言を繰り返すナータンは少し離れた場所にある石の上に座って外の景色に目を向けた。こちらへは顔を向けようとしない。


 ユウとトリスタンはその様子を見ていたがエッベに呼ばれて向き直る。


「それじゃ始めます。道具を持ってついてきてください」


 指示を受けた2人は宿の個室で教えられた通りに道具を持ってエッベに続いた。大岩の裏は当然暗いが、脇に立てかけてあった火の点いた松明(たいまつ)をエッベが持つといくらか視界が利くようになる。


 中は既に誰かがある程度掘った形跡があった。しかも、素人目に見てもかなりの時間が経っているように見える。


 最奥の場所にはすぐにたどり着いた。歩いて数歩しかない。そこでエッベが振り向く。


「ここからこっちに向かってこれから掘ってください。間違っても反対側には掘らないように」


「わかったよ。これ3日間ずっと掘り続けるの?」


「そうです」


 短く返答されたユウはうなずくとトリスタンと共に掘る準備を始めた。すぐに済ませると、鶴嘴(つるはし)の先を岩塩にぶつける。それはあっさりと砕けて下に落ちた。


 それから3日間、ユウとトリスタンはひたすら穴を掘り続ける。朝から夜までずっとだ。岩塩を削っては砕けたそれを麻袋に入れて外に出し、崖下に捨てる。これを延々と繰り返した。


 本来なら掘り進める方向が微妙に違うことこを2人はエッベから聞かされている。しかし、ナータンにこの採掘現場は採算割れする塩脈だと思わせるためにわざと間違った方向に掘っているのだ。仮にも塩ギルドの魔塩の塩脈を鑑定する者をそんなことで騙せるのかとユウなどは思ったが、当たり外れが当たり前の塩脈探しでは熟練者でもあまり当てにはならないという。ちなみに、祖父から話を聞いていたエッベがロルトの町でも確認したらしい。


 実は塩ギルドの管理は結構杜撰なのではとユウは思い始めた。案外何とかなるのではとという思いが強くなる。


 ともかく、精霊のおかげか魔塩の濃淡がはっきりと見えるユウはうまい具合に掘る先を調整した。たまにトリスタンに指示も出す。


 その結果、エッベの思惑通りナータンはこの採掘現場を採算割れのする場所だと判定した。そして、すぐに帰ると騒ぎ出し、2人が道具を片付ける間エッベがなだめ続ける。


 エッベは賭けに勝った。祖父の話は正しかったのだ。これで塩ギルドの目は逃れられる。後はただひたすら採掘するだけだった。

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