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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第22章 一山当てたい行商人の旅路

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冬の森の探索拠点

 マギスの町の郊外で意外な交渉に巻き込まれたユウたち3人はソルターの町へと到着する。道中は何度か魔物に襲われたものの、いずれも散発的な襲撃だったので対処は難しくなかった。やはり戦える人数が多いとやりやすい。


 同行していた行商人2人は町の郊外に着くなり集団から離れた。キャレが声をかけるが、何とも言えない表情をちらりと見せるとそのまま顔を背けて去る。


 苦笑いしてその2人の背中を見送ったキャレがユウたちに振り向いた。そうして話しかけてくる。


「ここらで解散しようか。なかなか面白い旅だった」


「夜の見張り番が楽だったのは助かったよ。ありがとう」


「やっぱり人数が多い方がいいよな。それじゃ、縁があったらまた会おう」


 良い笑顔で別れを告げたキャレが仲間を連れて町へと向かっていった。


 最後に残ったユウたちも歩き始める。ソルターの町の歓楽街は東門辺りに集中しているのでたどり着くのに時間はかからない。


 数少ない酒場の中を覗くとどの店舗もある程度人が入っていた。見た目から判断すると、比率は違えど冒険者、人足、その他隊商関係者や行商人が多い。


 その中からユウは冒険者の少ない酒場へと入った。店の良し悪しで決めたのではなく、冒険者の少なさから選ぶ。理由はつまらないもので、別れたばかりのキャレたちとまた顔を合せるのを何となく避けたのだ。


 空いているテーブル席を確保したユウたち3人は背中から荷物を下ろしつつ給仕女に料理と酒を注文する。それが終わると腰を下ろして一息ついた。


 大きく息を吐き出したトリスタンが最初に口を開く。


「やっと町にたどり着いたな。しかし、風に煽られて塩が飛んでくるのは予想外だった」


「小さい砂粒が当たっているみたいで嫌だったよね。風の強い日は外套がいるよ」


「そういえば2人とも、夏の間もずっと毛皮製の服を着てましたけど、その姿でずっと旅をしてるんですか?」


「途中からだよ。東端地方っていう大陸の東の端で冬を迎えたんだけれど、そのときにこれを買ってからかな」


「へぇ、東端地方っていうのはそんなに寒かったんですか」


「寒かったよ。これがなかったら凍え死んでいたと思う。そういえば、初めて雪を見たのはあそこだったかな」


 去年の末までいた地方についてユウは振りかえった。あの冷え込みの厳しさは今でも覚えている。そして、これからまたその季節を迎えることに少し憂鬱になった。


 次いでトリスタンが別の冬関連のことを話題にする。


「ところでエッベ、雪でひとつ気になることがあるんだ」


「何ですか?」


「この地方だと毎年人の背丈以上に雪が降るんだよな。そうなると、荷馬車なんかは動けなくなるだろう。一体どうやって隊商は移動するんだ?」


「実はいくつか方法はあるんですよ。例えばあっしら行商人です。あっしらは歩いて進みますから」


「背丈よりも高い雪の上なんて歩けるのか?」


「そのまま足を突っ込んだら埋もれてしまいますよ。ですから、専用の靴を使うんです。雪靴(スノーシュー)って言うんですけどね。靴の形に近い楕円形の中を木で編んだ編みで覆って、その上に靴をくっつけた物です。歩きにくいですが、これだと雪の上を歩けるんです」


「そんな靴があるのか」


「他にも雪板(スキーボード)っていうのもあります。こんなに長細い板の真ん中辺りに靴がくっついていて、それを履いて歩くんです。ただ、こっちはそれだけだと動きづらいんで、両手に雪杖(スキーポール)を持って体を支えますけどね」


 何気なく話を振ったトリスタンと共にユウも興味深そうにエッベの話を聞いた。どれも見たことがないので充分に想像できないが、いずれに気になる代物だ。


 まだ話は続くらしく、エッベはしゃべり続ける。


「他にも(そり)というやつを使います。これは小さな荷台に、今言った雪板(スキーボード)を大きくしたやつをくっつけたものです。これを何頭かの馴鹿(レインディア)で引っぱるんですよ。ちなみに、馴鹿(レインディア)っていうのは鹿みたいなもんです」


「馬じゃないのか?」


「積もった雪が浅いところならいけるんですが、大雪が降って背丈以上に積もった所だと沈んじゃうんですよ、あいつら」


「あーなるほど」


「ですから、(そり)を引っぱる動物は、雪が浅いところは馬、深いところは馴鹿(レインディア)ってことになりますね」


 木製のジョッキを片手に持つエッベに対してトリスタンが顔を前に出しながら話を聞いていた。初めて聞く話にすっかり引き込まれている。


 こうして、ソルターの町に着いた初日の夕食を3人は楽しんだ。




 翌朝、ユウたち3人は冒険者ギルド城外支所に向かった。小さい建物の中に入ると冒険者で割と賑わっているのが目に入る。


 受付カウンターの前に発生している列に並んで待つことしばし、ユウたちは右腕のない職員と対面した。隻腕の受付係に少し驚きつつもユウは声をかける。


「昨日この町に来た冒険者なんですけれど、ここからロルトの町に行く隊商か荷馬車の仕事ってありますか?」


「あー、それは全部地元の連中で回してるんだわ。だからロルトの町に行きたいなら歩いて行くしかないね。それか、冬の森を探索する仕事もあるぜ」


「ああ、その森って遺跡があるんでしたっけ」


「そうなんだ。近場の遺跡はすっかりめぼしいもんはなくなっちまったが、遠方ならまだまだ手つかずのところは多いぞ。それに最近、手つかずの大きな遺跡が発見されてな、今はその話題で持ちきりなんだよ」


「だからこの中が賑わっているんですか」


「その通りだ。魔塩の山脈の方は最近そういう話は聞かないから、こっちに移ってきた連中もいるくらいだぜ?」


 話を聞いたユウは振り向いて改めて室内に顔を巡らせた。話している内容はほとんど聞き取れないがどの表情も明るい。


 手つかずの遺跡という言葉に興味を示したユウだったが、同時に苦い思い出も蘇った。森の中の遺跡と山の中の遺跡に1度ずつ入っているがいずれもひどい目に遭っている。ただ、それでも完全に避けようと思わないのは良い思い出もあるからだ。


 楽しげに説明する隻腕の受付係を前に黙ると隣からエッベに声をかけられる。


「ユウ、聞きたいことが聞けたんですから外に出ましょう」


「え、ああうん、そうだね」


 促されたユウはトリスタンと共に建物の外へと出た。入口の脇に立つとエッベに話しかけられる。


「冒険者なんですから遺跡に興味を持つのは当然ですが、あっしらの目的は魔塩の山脈です。ですから、まずロルトの町に行く必要があるんですよ。ユウとトリスタンも1度は本当の北の果てに行きたいって言ってたでしょう?」


「うん、言っていたね」


「そうだな」


「だったら、まずはロルトの町に向かいましょう。なに、どうせソルターの町は帰るときに嫌でも寄るんですから、急ぐ必要はないですって」


 一瞬うなずきかけたユウは首を傾けた。単に遺跡に入るというだけなら確かにその通りだが、何か価値のある物を手に入れようとするのならば、遺跡に行くのは早ければ早いほど良い。なので、遺跡に何らかの利益を求めるのであれば急ぐ必要がある。


 そこまで考えて、ユウはエッベが心配していることがわかった。ユウとトリスタンがこの町に留まって遺跡の探索をしたいと心変わりしてしまうのではないかと不安に思っているのだ。どうしても魔塩の採掘にユウたちを引き込みたいらしい。


 行商人の思惑に気付いたユウが小さく笑う。


「冬の森で新しく見つかった遺跡は確かに興味あるけれど、魔塩の山脈にも1度は行っておきたいとは思っているよ」


「へへへ、ユウならそう言ってくれると思っていましたよ」


「ただ、長く居続けるかはわからないけれどね。飽きたら別の所にいくだろうし」


「あー、それはまぁ」


「それより、僕とトリスタンはロルトの町まで歩くことが確定したんだけれど、エッベは隊商の人と交渉しないとね」


「そうですね。ただ、マギスの町での感触からすると、こっちでも期待はできなさそうですが」


「ということは、また一緒に歩くのかな」


「恐らくは。ですから、またよろしくお願いしますよ」


「それは嬉しいね。また道中のご飯を用意してもらえるんだから」


「えぇ、あれですかぁ」


 困惑する表情のエッベにユウが笑顔で要求した。別の冒険者が発案したことだが、これはなかなか良いやり方だと改めて感心する。


「まぁ仕方ないですね。実際に助かっていたのは事実ですし。その代わり、しっかりと守ってくださいよ」


「わかっているって。前はちゃんと守ったじゃない。ね、トリスタン」


「まぁ飯代だけだからいいだろう?」


「はぁ、賢い冒険者って本当に厄介ですよねぇ」


 誘ったトリスタンが笑顔でうなずくのを見てユウは喜んだ。エッベがため息をつくと相棒共々笑う。サルート島に渡ってから旅費を節約できて機嫌が良い。


 このまま調子良く次の町まで行けることをユウは願った。

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