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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第11章 やり過ぎた者たちの末路

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老職員からの依頼(前)

 いよいよ本格的な夏が到来してきた。気候は日々少しずつ変化するものだが、急に変化したと感じることもある。7月になると日差しが強くなったと口にする者が増えた。


 暦が変わっても大きな手(ビッグハンズ)に大きな変化はない。たまに3階へと上がって戦うということは6月からしていることであり、進展も特にない。


 ただし、個人単位で見ると変化はあった。ユウも休養日の生活が変わりつつある。


 最初に、早朝の走り込みと鍛錬の後にいつも体を拭いていたが、これを止めた。その後にウィンストンとの稽古があるのでまたすぐに汗をかいてしまうからだ。


 次いで、昼からの井戸場での洗濯で毎回体と服を洗い始めた。稽古で汗だくになる他に服も汚れるのできれいにするためだ。夕方に近くなると洗濯をする他の女たちはいなくなるので体を洗うのは最後にしている。なので、洗濯をする時間は再び夕方頃までに戻った。尚、時間だけが延びて洗濯する量に変化はなかったので報酬はぼろ布1枚のままである。足りない分は買わないといけない。


 最後に、地図の模写を止めた。この時点で1階から3階まで40枚の地図を描き写しており、今のユウたちはこれで充分に活動できるからだ。本格的に3階で活動するとなるとまた地図の模写を始める必要はあるが、まだしばらくは無理そうなので一旦ペンを置いたのである。


 先月とは打って変わって平穏な日々の中でも状況に応じて生活しているユウは、今日も草原の端にある修練場でウィンストンに稽古をつけてもらっていた。朝とはいえ強い日差しの中で汗だくになりながら体を動かす。


「だいぶ様になってきたじゃねぇか」


「体が痛まなくなったのが一番嬉しいですよ。最初は裂けるかと思いましたもん」


「人間の体はそんなにヤワじゃねぇ。今まで教えてやったことは早朝の鍛錬でやってんのか?」


「やってますよ。今は走り込みの前に体をほぐすのに利用しています。あの鍛錬をしてからだと走りやすいんですよね」


「そうだろう。体が柔らかくなって動けるようになったからだ。それはこれからも続けろ。それと、次の稽古からは武器の扱い方を教えてやる」


「やっとですね」


 体を動かしながら離すユウの顔に笑みが浮かんだ。ようやく本命を教われると聞いてやる気も出る。


「まずはナイフとダガーからだな」


「訓練用の刃を潰したヤツを用意しておいてやるから持ってこなくてもいいぞ」


「剣じゃないんですね」


「まだ(はえ)ぇよ。まずは体の延長として武器を扱うことを覚えるんだ」


 鼻で笑われたユウの顔はあからさまに情けないものになった。それでも稽古は続き、いつも通り容赦がない。


 そんな稽古も太陽が頂点に昇りきろうかという頃になって終わった。いつもなら四の刻の鐘が鳴ってからなので少し早い。


 汗だくのユウが息を切らせながらウィンストンに尋ねる。


「はぁはぁ、まだ鐘は鳴っていませんよ?」


「わかってる。今日はお前さんに頼み事があってな、その相談をしたいんだよ」


「僕にですか?」


「正確にはお前さんと大きな手(ビッグハンズ)にだが」


 微妙な言い回しにユウは首を傾げた。ユウ1人に頼み事があるならパーティメンバーには関係ないし、パーティに頼み事ならユウとパーティとわざわざ分ける必要はない。


 訝しげな表情を浮かべたユウがウィンストンに言葉を返す。


「どんな頼み事なんですか?」


「実はな、ギルドの上から魔窟(ダンジョン)についての調査を頼まれたんだよ。それで儂が魔窟(ダンジョン)に入ることになったんだが、ちょうど地図に通じたヤツが捕まらなくて困ってんだ。そこでお前さんに付き添いを頼みたいんだよ」


「調査する人の1人が地図を描いたらいいんじゃないですか?」


「困ったことに脳みそまで筋肉ばっかりなんでな。まともな脳みそがあるヤツがいてほしいんだよ」


 話を聞いたユウは微妙な顔をした。10レテム四方の空間で構成されている終わりなき魔窟(エンドレスダンジョン)は地図を描きやすい魔窟(ダンジョン)だ。ちょっとした根気さえあれば誰にでも描ける。


 問題なのはその根気を持ち合わせていない人が冒険者には割と多いということだ。そのため、適性のない者が描いた地図は本人にしか読めないというひどい有様になることもよくある。


 個人的には引き受けても良いとユウは考えていた。稽古をつけてもらっているお礼だと思えば悪くない取り引きだ。しかし、今はパーティに所属している身なので安請け合いするわけにはいかない。


大きな手(ビッグハンズ)全員じゃなくて、僕1人ですか。どんな調査なんですか?」


「最近、魔窟(ダンジョン)の中に魔法の道具を隠し持ってる冒険者がいるって噂があるんだが、それは知ってるか?」


「知っています。魔窟(ダンジョン)の中で使っているらしいですね」


「その件で、どこの冒険者やパーティがそんなことをしてんのか、それと魔法の道具が何なのかをギルドが調べてるんだ。その一環で、魔窟(ダンジョン)の中も調査しようってことになったのさ。噂が事実なら取り締まらねぇといけねぇからよ」


「でも、規則には反していないですよね、一応」


「そりゃそうなんだけどよ、こんな微妙なことを許しちまえば、町に魔法の道具が入らなくなっちまう。それを上の連中は嫌ったんだ」


 自分たちの利益を脅かされると大きな組織でもちゃんと動くんだなとユウは呆れた。同時に、町の貴族と冒険者ギルドの上層部が本気だということにも気付く。


「それ、頼み事だなんて言ってますけど、断れるものなんですか?」


「頭の血の巡りは良さそうで結構なこったな。けど安心しろ、別に断ってもなんもねぇよ。他のヤツに頼めばいいだけだしな」


「だったらどうして僕に声をかけたんです?」


「引き受けてくれたらいいことがあるからさ。自分が鍛えてるヤツに真っ先に声をかけようと思ったんだよ」


「いいことって何です?」


「お前さんの場合だと、報酬の他に階級を鉄級から銅級に上げるよう申請してやろう。他のパーティメンバーにはユウを借り受けている間の損失を補填する」


 報酬額にもよるが、思った以上に良い条件でユウは目を見開いた。冒険者ギルドからの依頼には徴用的なものもあるので随分と真っ当な提案だ。それだけに身構えてしまうところもあるのだが、そこはウィンストンを信じるしかない。


 何より、階級を上げてくれるということにユウは驚いた。あれは各町に属する冒険者ギルドへの貢献で決まるものだ。普通は他の町の冒険者ギルドに対する貢献は考慮されない。アディの町にやって来て半年にも満たないユウを昇級させるというのは異例といえる。


 町の貴族と冒険者ギルドの上層部はかなり怒っているんだなとユウは想像した。それだけではないのだろうが報酬よりもこちらに本気度を感じる。


「1度仲間と相談させてください。それで明日の六の刻の鐘以降にみんなで冒険者ギルドに行きますから、そのとき改めて話し合いたいです」


「妥当だな。それでいいぞ」


 笑顔で承知したウィンストンがうなずくと、ちょうど四の刻の鐘が鳴った。修練場に散って訓練をしていた冒険者たちが引き上げ始める。


 ユウとウィンストンもいつもの終了時間になったので一旦別れた。




 翌朝、魔窟(ダンジョン)に出発する前、まだ宿の部屋にいる間にユウはウィンストンからの依頼を仲間に話した。起床から出発までの間は必ず全員が揃うので、相談や告知のときは意外に便利な時期なのだ。


 話を聞き終わると少しの間だけ沈黙が訪れた。その後、最初にハリソンが呻くように口を開く。


「まさかユウがあのウィンストンの爺さんから稽古をつけてもらっていたとはな。あの偏屈者がよくそんなことをする気になったもんだ」


「しかもユウ個人に指名依頼だなんて、よっぽど気に入られたんじゃない?」


 感心したようなそれでいて呆れたような様子のキャロルが続いて感想を漏らした。とっつきにくいことはユウも認めるがそこまでいうことかと首を傾げる。


 それに対してケネスとジュードは珍しく黙ったままだった。更にしばらくしてからジュードが口を開く。


「概要だけを聞いただけだと悪くはないな。ユウ以外にも損はない。それだけあの噂が広がったことが気に入らないんだろう」


「だな。どのくらいユウを借りるつもりなのかにもよるが、しばらくの間なら5人で2階を回ってりゃ食い扶持には困らねぇ。3階に上がるのはしばらくお預けになるけどな。で、ユウは受けたいのか?」


「受けたい。ウィンストンさんには稽古をつけてもらっているし、その恩返しができるならって思うから。あと、銅級に上がれるっていうのも魅力的かな」


「詳しい話をその爺さんに聞いてから決めるが、今のところはとりあえず引き受けてもいいということにしとこうぜ」


 仮の結論を出したケネスは言い切ると立ち上がった。パーティとしての方針はこれでおおよそ決まる。後はウィンストンと話し合うだけだった。

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