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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第10章 集う冒険者たち

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稼ぎに応じた体面

 かつてユウがアディの町にやって来た当初、どうやって稼げば良いのか途方に暮れていた。それが終わりなき魔窟(エンドレスダンジョン)に入ることで割と楽に稼げることを知って驚いた記憶がある。


 それが活動の場所を1階から2階に移して更に稼げることを知って最近また驚いている。1階だと安定して稼げているときで1日平均銅貨12枚前後だったのに対して、2階だとその5倍近く稼げるのだ。初めて換金所でその金額を見たユウは計算を間違えたのかと一瞬思ったほどである。


 そして、貧民の市場や貧民の工房街で物の値段がなぜあんなに高いのか本当の意味で理解できた。魔窟(ダンジョン)に4日入れば金貨1枚以上稼げるのだから中堅冒険者の金遣いは荒くなるし、それに合わせて物価も高くなろうというものだ。


 2階で活動を始めて数日が過ぎたある日、ジュードの提案で休養日となった。働きづめは良くないためである。


 三の刻の鐘が鳴ると共に安宿の大部屋で目が覚めたユウは寝台から降りて背伸びをした。暦は4月に入り、寒さもほとんどない。すがすがしい始まりだ。


 宿の裏手で用を足したユウが仲間の元へと戻るとケネスが寝ている寝台の脇に座る。背嚢(はいのう)から干し肉を取り出して食べ始めた。


 ハリソンの姿は既に見えず、ジュードは近くで体をほぐしている。いつもの光景だ。


 今日は何をしようかと考えながらユウが干し肉を囓っていると、ジュードが話しかけてくる。


「ユウ、今日は出かけるのか?」


「え? そうだね。冒険者ギルドに行くつもり。新しい2階の地図を描き写さないといけないから。あとは、武器工房にも寄ろうかなって思っているよ」


「武器工房? 何か買うのか」


短剣(ショートソード)を買うつもりなんだ。今使っているのは出現品なんだけど、もうそろそろ限界だから」


「あれをまだ使っていたのか。もうとっくに買い換えてると思ってたな」


「いやなかなかきっかけがなくて」


 苦笑いしたユウがわずかに目を逸らせた。前から買い換えるべきだとわかっていたのだが、大金を稼げるようになってようやく踏ん切りがついたのだ。


 何と言い返そうかなとユウが悩んでいるとジュードが話題を変える。


「ところで、今日の四の刻の鐘が鳴る頃にパーティメンバー全員で集まりたいんだが、大丈夫か?」


「四の刻の鐘? 別に大丈夫だけど、何かあるの?」


「実はな、宿を変えようと思ってるんだ。これは前からケネスとも話をしていたんだが、2階に上がって俺たちの稼ぎはかなり良くなっただろう? だから、それに合わせて安宿から移るべきだと思うんだ」


「そういえば、ジュードって前から個室のある宿に移りたがっていたよね。もしかして、そういうところに宿を変えるの?」


「理想はそうだが、たぶん4人がまとめて泊まれる部屋になるだろうな。金額にもよるが、今の俺たちだと個室よりもそっちが妥当だろう」


「ケネスみたいに一足飛びに行こうとしないのはジュードらしいね。ちなみに、そういうところの1泊の代金っていくらくらいなの?」


「宿にもよるが、今の倍以上はかかるだろうな」


 返答を聞いたユウは目を見開いた。鉄貨80枚以上ということになる。場合によっては銅貨1枚かもしれないと思うとわずかに落ち着かなくなった。


 そんなユウを見て少し苦笑いしたジュードが諭すようにしゃべる。


「単純に蓄えを増やすというのなら今のままの方がいいのは確かだ。けどな、稼ぎに見合わない生活をしていると、ケチだとかしみったれているとかと思われてしまう。そうなると、まわりに協力を求めるときなんかに色々と苦労するんだ」


「もしかして、舐められると苦労するっていうことですか?」


「その通りだ。特に冒険者の世界だと、腕っ節の良さと金回りの良さは武器になる。この両方を相応に備えておくのは大切なことなんだ」


 かつて先輩から教えてもらったことの中に似たような話があったことをユウは思い出した。町から町へと流れていたときにはすっかり忘れていたが、腰を据えて活動をするのなら体面も必要になるだろうと思い直す。


「そういうことだったら僕も反対はしないよ。金額には驚いたけれど」


「慣れたらなんてことない額に思えるよ。話を戻すと、四の刻の鐘にみんなで集まって新しい宿を探すんだ」


「なるほど。ケネスが起きてからってことだね」


「こいつ、休みの日は昼まで起きないからな」


 仕方のない奴だとつぶやきながらジュードはケネスに目を向けた。表情は穏やかなままなので口癖のようなものなのだとわかる。


 宿を出る準備が整うとユウは立ち上がった。落ち合う場所を聞いてから背嚢を背負う。新たな予定を頭の中で反芻しながら大部屋を出て行った。




 四の刻の鐘が鳴り終わった頃にユウは冒険者ギルド城外支所の南端に向かった。冒険者の道沿いなので迷うことはない。


 建物から出てきたユウは仲間の3人が固まっているのをすぐに見つける。


「お待たせ! 今から宿を探すんだよね」


「おう、そうだぜ! いよいよジュードの夢に一歩近づくってわけだ!」


「余計なことは言わなくてもいい。それより、みんな集まったな。それじゃ行こう」


「当てはあるの?」


「今から探すんだよ。空いてる所をそのとき押さえねぇといけねぇから、ぶっつけ本番みたいな感じだな」


「酒場で聞いた話だと、パーティ単位で泊まれる宿は人気があってあまり空いていないらしい。だから探すのに結構時間がかかるかもしれない」


 歩きながらユウはケネスとジュードに気になったことを質問した。人気のあるものを事前準備なしで手に入れるのは難しそうに思える。


 どうしたものかと悩んだユウは何気なく黙っていたハリソンに目を向けた。そこで少し目を見開く。


「ハリソンは前に2階で活動していたパーティに参加していたんだよね。そのとき泊まっていた宿ってどこなの?」


「『大鷲の宿り木亭』という宿だった。オレたちはそこで6人部屋を使っていたな」


「だったらまずそこに行ったらどうかな?」


「案内はするが、4人部屋が空いてるとは限らないぞ。オレがいたときはほぼ満室だったからな」


「どうせ他に取っ掛かりなんてないんだし。ケネス、ジュード、どうかな?」


「いいんじゃねぇ。歩き回るよりずっとましだぜ」


「俺も賛成だ。とりあえずその『大鷲の宿り木亭』に行ってみよう。ダメなら他を探せばいい」


 他の2人の賛成を取り付けたユウがハリソンに顔を向けた。少し驚いていたハリソンだったが、それならばと先頭を歩き出す。


 案内されたのは冒険者の道から路地に入って奥の所にある石造りの3階建ての宿屋だった。周囲と見比べてもそれほど特色のないその建物に入ると、すぐに受付カウンターがある。そこには、灰色の頭巾を被った少々やつれた中年の女が座っていた。


 その女がハリソンを見て目を丸くする。


「おや、先日出ていったばっかりでもう戻って来たのかい?」


「戻るかどうかはそっち次第だ。今はこの4人でパーティを組んでいるんだが、泊まる所を探している」


「新しい稼ぎ場所がさっさと見つかるのはいいことだね。それで、4人部屋を希望かい。そりゃまた都合がいいじゃないか。先月の末に出ていったところが1つあってね、4人部屋が1つ空いてるんだよ」


「聞いての通りだ。1部屋空いてるらしい。どうする?」


 振り向いたハリソンがユウたち3人に目を向けた。ユウも2人に顔を向け、ケネスもジュードに視線を向ける。ついでに中年の女も目を向けてきた。


 全員に注目される中、ジュードが受付カウンターの奥に座る中年の女に話しかける。


「あんたがここの宿主でいいのか?」


「そうだよ。あんたたちは?」


大きな手(ビッグハンズ)という冒険者パーティだ。4人部屋を探してるんだが、その部屋を見せてくれないか」


「ついておいで」


 立ち上がった女宿主が足下まである黄土色のチュニックワンピースを静かに翻して、受付カウンターの端にある階段を登っていった。ジュードを先頭に、ケネス、ハリソン、ユウが続く。


 案内された部屋は割と狭い部屋だった。2人用の木製寝台が2台、採光用の窓の脇に木製の机と丸椅子が1つずつと簡素である。


 それでも、大部屋に比べるとはるかにましだった。少なくとも室内に知り合いしかいないというのは空間の贅沢な使い方である。


「いいじゃないか。みんな、ここにしないか?」


「反対はないようだね。この部屋だと1泊で銅貨3枚だよ。そこの坊や、今高いって顔をしたね? 1人頭鉄貨75枚だよ。1人部屋を借りるよりも鉄貨5枚は安いんだ。お得なもんさ」


 一瞬睨まれたユウが驚いているうちにジュードと女宿主で話がまとめられた。まずは10日間借りることに決まる。全員が宿泊料を支払い、錠前の鍵をジュードが受け取った。


 こうして新たな宿が決まる。予定よりもあっさりと決まってユウは安心した。

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― 新着の感想 ―
2階に上がって1日平均で銅貨60枚=6万円近く稼げるようになったんだから、1人当たり1万円以上の収入になるわけで、宿代の鉄貨75枚=750円は武器や食事代の物価の高さに比べれば全然安いと思えるけどねw
[一言] あれ?もしかして荷物置きっぱにできる?なら薬も作れるのかな
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