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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第7章 帰らずの森

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新しい町での仕事探し

 モイスの村から2週間後、セストの荷馬車はターミンドの町に到着した。城壁もない開放的な町は北側で未開の街道と繋がっている。


 夕闇が迫る中、停まったセストの荷馬車からユウとブレントは降りた。自分の荷物を背負うと御者台へと向かう。


「セストさん、ここで終わりなんですよね」


「ご苦労じゃったな。ほれ、これが報酬じゃ。中を(あらた)めておくれ」


「確かにありました」


「俺のもきっちりあったよ!」


「なら、ここでお別れじゃな。達者でな。無理をして生き急ぐんじゃないぞ」


「わかってるって! ユウ、俺は冒険者ギルドに早速行ってくるよ。セストさん、あっちの町の外れに行ったらわかるんだよね?」


「ああ、大きな平屋があるからすぐにわかるぞ」


「それじゃ!」


 待ちきれないといった様子のブレントが夕日を背に小走りで去った。


 しばらくその姿を見送っていたユウはセストに最後の挨拶を告げると町の中心部に足を向ける。セストからあらかじめ聞いておいた歓楽街に足を向けた。


 1日の仕事を終えた人々が通りを賑わす中、ユウは目に付いた木造の店舗へと入る。既にテーブルはほぼ満席でカウンターも大体埋まっていた。


 背嚢(はいのう)を肩から下ろしたユウはカウンターの隅に座ると店員を呼び止める。


「今日この町に初めて来たんですけど、黒パンとスープ以外に何かありますか?」


「肉入りスープと海鮮入りスープがあるよ。どちらも銅貨2枚」


「同じ値段なんだ。それじゃ肉入りスープで、あと黒パンも」


 高いという言葉を飲み込んだユウは注文を終えると前を向いた。


 最初の感想は値段だったが、料理の種類の少なさにもユウは眉を寄せる。モイスの村よりはましなようだが町にしてはいささか寂しい。


 届けられた料理を前にユウは食事を始める。黒パンをちぎるのに少し苦労した。木製の匙でスープをかき混ぜてみると若干肉が少ない。味は悪くないのが救いだ。


 値段の割に残念だった食事を済ませるとユウは宿屋街へと足を向ける。


「こうなると宿も期待できないんだろうなぁ」


 ぼやきながらもユウは背嚢を背負いながら宿を選んだ。いつも通り安宿である。


 とある木造の家屋に入ったユウは店主に銅貨1枚を支払うと大部屋の隅の寝床を選んだ。背嚢を脇に下ろして木箱の寝台に座る。


「とりあえず当面は大丈夫だけど、すぐに働かないといけないな」


 世の中を見て回るため、とりあえず行けるところまで進んだユウを待ち構えていたのはいつもの現実だった。しかも銅貨単位での生活である。


 達成感に水を差されたユウが嘆息して寝転がった。燭台のぼんやりとした明かりが周囲の様子を照らす。まだ宵の口なので出入りが激しい。


「う~ん、まずは冒険者ギルドへ行ってからかな。稼げる仕事があるといいんだけど」


 一口に冒険者ギルドと言っても各地で冒険者に提供される仕事には差異があった。場合によっては自分と合わない町から別の町へと移動することも珍しくない。なので、その辺りの事情を早く知っておくことは重要である。


 そういう結論に至ったユウは一旦立ち上がって店主に毛布をもらいに行った。




 翌朝、ユウは三の刻の鐘が鳴るのを待って宿を出発した。


 冒険者ギルドは町の北側の外れ、未開の街道の東側にある。石材を要所に使った木造の建物で80レテム四方程度の広さを誇る平屋の建物だ。


 他の町とは違って本部と城外支所とは分離しておらず、冒険者ギルドはターミンドの町にはここ一つだけである。


 そんな帰らずの森で活動する者たちの拠点にユウは朝一番に乗り込んだ。


 建物に出入りする人の数は多く、いくつかある開け放たれたままの出入り口は往来する人々で賑わっている。室内には数多くの人々がいてかなり騒々しく、ときおり怒号や悲鳴も聞こえた。


 雑多な中にユウも混じって周囲を眺める。北側と東側の壁から30レテムほどの場所に受付カウンターが伸びており、その南西側に受付係の職員が並んでいた。


 どこの職員の前にも同じくらいの人数が並んでいるのを見たユウは北カウンターの一番西の端に並ぶ。なかなか前に進まない列の中でたまに前を覗くこともあった。


 ようやく自分の番が回ってきたユウは青年の職員から声をかけられる。


「どんなご用件ですか?」


「昨日この町に来たばかりの冒険者なんですけど、ここってどんな仕事があるのか教えてほしいんです」


「荷馬車の護衛など一部を除けばいずれも帰らずの森での仕事になりますが、よろしいですか?」


「はい。森の名前が物騒ですけど、大丈夫なんですよね?」


「後ほども説明しますが、危険な所は危険ですけどそうでないところもあります。でないとここまで盛況にはなりませんから」


 青年職員に促されたユウは周囲を見た。ローブを着た者や普通の服を着た者がいるが大半は武装した男たちである。同業者が周囲にたくさんいることを理解したユウは正面に向き直ってうなずいた。


 手慣れた感じの青年職員は薄い笑みを浮かべたまま話を続ける。


「理解していただいたところで仕事の説明に移りましょう。ここターミンドの町で活動する冒険者は、魔石の採掘、薬草の採取、台地の探索、帰らずの森の探索の4種類いずれかに従事しています」


「あれ、獣や魔物の討伐はないんですか?」


「他の冒険者ギルドにはあるそうですが、ここにはありません。森の中にも獣や魔物はいますけど、今のところこの町に実害はないので」


「町には来ないんですか。あでも、森に入ったら襲われるんですよね」


「はい。いずれの仕事でも、森の中では自分で自分の身を守ってもらうことになります」


「ただお金にならないだけで」


 ユウのつぶやきに青年職員がはっきりとうなずいた。


 それを見てユウは夜明けの森のときと大きく違うことを認識する。


「さて、本題に戻りますね。4種類の仕事があると言いましたが、実際には大半の冒険者が魔石の採掘に従事しています」


「その魔石って僕は知らないんで教えてください」


「魔石とは魔力が宿った石のことです。この魔石は魔術の研究や魔法の道具などに使用される貴重な資源で、私たちの町の重要な輸出品なんです。魔石の詳細は本ギルドの建物の南隣にある魔石選別場で聞いてください」


「はい」


「それでこの魔石の採掘ですが、帰らずの森の地表や浅い地中に散乱している魔石を採る作業のことです。先程も言いましたが、たくさんの冒険者がこの仕事に従事しています」


「これが一番儲かるんですか?」


「最も安定して収入を得られます。何しろ大小含めて森の至る所にありますから」


「なんでそんなにあるんですか?」


「わかりません。天然の魔石鉱床だとも古代文明の遺産だとも言われていますが、実際のところはなんとも。ただ、そこにあるとしか」


 困った表情を見せた青年職員が首を横に振った。


 現地の職員でわからないのならばユウにもわかるはずもない。


「次に薬草の採取ですが、森に群生している各種薬草を採取する仕事です。専門とする冒険者の数は少なく、少人数パーティや単独の冒険者がやっています」


「え、単独でもできるんですか?」


「できます。ただ、獣や魔物の襲撃に対応する方法がないと危険です。更に夜ですね。一度森に出かけた冒険者は数日間滞在しますから、眠るときの対策が必要になります」


「日帰りは無理ですか」


「この町から森まで最低1日歩かないとたどり着けないので、日帰りは無理ですね」


 説明を聞いたユウの表情は少し険しくなった。かつて獣の森でやっていたように作業できることを期待したが、そう甘くはないようである。


「次いで台地の探索ですが、これは探検隊が募集する護衛の依頼を受ける形になります」


「確か魔法つか、じゃなかった、魔術師が隊長をするやつですか?」


「そうです。帰らずの森には現在、北、東、西にそれぞれ広い台地が確認されていますが、これが古代文明の遺跡らしいのです。台地の探索はここを調査の護衛ですね」


「冒険者パーティだけでは行かないんですか?」


「古代文明の知識がなければろくに調べられませんし、あの辺りにいる岩人形(ストーンゴーレム)が強いので現在は冒険者だけで行こうとする者はいませんね」


「最後の帰らずの森の探索は?」


「台地よりも奥に向かう探索のことを指すんですが帰還者がほぼいないんです。台地に向かうよりも危険なことから、実のところ最近その探索は実施されていません」


「それじゃ、帰らずの森っていう名前はもしかしてそこから?」


「はい。この町が建設された初期の頃は最も盛んだった探索だそうですが、とても割に合わないということで誰も実施していませんね」


 森の名称の由来を知ったユウはおののいた。そして、近場ならまだ活動できることも知る。


 説明の礼を伝えたユウはどうするべきか考えるために一旦冒険者ギルドを離れた。

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