模擬戦
マリアの性能実験と称してシミュレーターを使った戦闘訓練を行う事にした。
まず最初にやったのは肉弾戦だが、これは実際に殴り合いをしたのだが……。
「おぇ……っぷ」
開始3秒で接近され、反応して身を捻って攻撃の点をずらしたはいいがもろに腹を殴られて朝食と再会しそうになった。
速度からして人間じゃねえのはもちろん、その膂力を余すとこなく使いこなしたマリアの動きはまだまだ洗練の余地がある。
つまりパワーだけで戦っているのであって、テクニックを覚えたら手のつけようが無くなりかねないという事実が残るのだ。
素手で俺が圧倒されそうになっているという事実がやばい。
それを見たメリナが即座に観測係に徹しますと逃げるくらいにヤバイ。
まだパワーだけで戦ってくれているからこそ、俺はテクニックを用いてその攻撃の大半をいなす事ができるのだが、それでも直撃に近いものはいくつもくらっている。
「さすがです、今まで100回の殺傷ダメージを与えたはずですが99%の精度で捌かれました。そして残りは避け切れないと察すると同時に防御に転身、結果有効打は0です」
「馬鹿言え……ペッ……避けるのは精神が削られて、受けたら防御ごとふっ飛ばされる。まともに受け止められねえよ」
血反吐を吐きながら蹴りを喰らわせようとするが、ありえざる反射と速度で回避され顎に掌底を打ち込まれそうになるのを身体を逸らして回避する。
当たってたら二度とステーキ食えなくなってたぞ……。
しかし回避距離が長すぎる、もっとギリギリ、紙一重で避ければ掌底も当たっていただろう。
やはりこの辺は俺が教えなきゃいけないのかね……。
「プログラム、誤差修正、回避パターンの再設定」
「あー、まだ早い。そんで遠い」
連打、ただひたすらに攻撃の余地を与えないように殴り続ければマリアも回避と防御に専念し始めた。
だがそのどれもが稚拙、持ち前のパワーと頑丈さだけで捌いているので、お世辞にも良いとは言えない。
ただマジで有効打になってないんだよなぁ……。
「そこ!」
雑多な連撃の中でマリアのガードが緩み、姿勢を崩したところに上段からの踵落としを見舞う。
「釣れました」
「うっそだろ!」
俺の一撃は人間とは違う可動域の関節によりがっちりと捕まれ、そのまま数十m離れた壁までぶん投げられた。
ここで投げ技を選んだのは手加減か、それとも知識不足か。
やろうと思えばこっちの脚を折ったうえで追撃できただろうに。
「加減か?」
「なんのことでしょう」
表情は読めないが、言葉の節から何を言っているのだろうという疑問符がうかがえる。
……これが本音なら間違いなくアンドロイドってのは生命体に加えていいと思うんだがなぁ。
「今のは足を折ってから胴体、あるいは首を狙った一撃を入れるべきだった。それだけで俺は戦闘不能になってた」
「なるほど、あれだけの速度で投げれば殺さず無力化できると思っていました」
「必ずしも成功するもんじゃない。相手が集団ならいいが、閉所でタイマンなら確実な手段を選べ。それは集団相手の戦い方だ」
説教をしながら、投げられた勢いを殺すために壁に叩きつけられる瞬間五体倒置で転がるという、普通なら絶対にできない方法で威力を殺してから地面に降りてもう一度口内の血を吐き捨てる。
「……マジか、俺達の最高級アンドロイド相手にあそこまで粘るか?」
「いや、けど武器使ってないだろ……」
「そりゃどっちもだ。互いに本気の殺し合いになったらッて考えるだけでも恐ろしい……」
「つーかナノマシン使ってるにしてもあの戦闘力は人間じゃねえよ」
おい研究者共、さりげなく失礼なこと言ってんじゃねえぞ?
こちとら生粋の人間じゃボケ!
「はぁ……とりあえず今の模擬戦のデータをファイリングしてデータを検証、その上で最適な戦闘方法を学習だ。それと今後は武術の型を教えていくからそれも学習な」
「Yes、マイマスター」
「待った艦長、武術など教える必要があるのか? マリアはスペックだけで並大抵の相手を凌駕するぞ」
研究者の一人が意見を述べる。
言わんとすることはわかるんだけどねぇ。
「並大抵だろ、一部の強化個体とかには勝てない可能性があるとなれば教えられるものは教えておいた方がいい。それにあの変形とか合体は奥の手だ。そういうジョーカーは持ってても見せびらかさない。ここぞという時に不意を突くのが一番使い勝手がいい。あるいはこちらの手札として知っているぞって相手にいつ切るかのタイミングを読ませないのも常套手段だ」
「だが武術はあくまでも人間をベースに作られている。アンドロイドの彼女にそれを覚える利点はどこにある?」
「簡単だ。さっきも模擬戦の間何度か伝えたが、狙いが大雑把なんだよ。相手のどこを狙えば殺さず無力化できるか、どこを狙えば確実に殺せるかっていう線引きができる。それとやられたら嫌な攻撃とかもわかるぞ」
「具体的には?」
「これとかだな」
研究者の顎に拳を軽く当てる。
フリッカージャブといわれるボクシングの技術で、普通のジャブと違い構えからのものではなく、腕を伸ばす反動で勢いをつけるものだ。
これ、前動作が少なく死角になりやすい下方からの一撃だから見極めるの難しいんだよね。
「いつのまに……」
「こういう小手先の技が意外と役に立つんだよ。さっき何度かやったが、この手の小技はことごとくヒットした。じゃあ何か仕込み武器やら、あるいは自爆する義手なんかをつけてたらどうなってたかね」
「……少なくとも損傷は受けていただろうな」
「そういう事だ。やられて嫌な事、逆に初見なら対処できない事を教え込めばわからん殺しが完成だ。それも凌駕してくるなら今度はスペックで、正しい姿勢から繰り出す王道の武術で叩き潰せる。人間のために造られたものなら、人間を相手にするのに一番合理的な壊し方も覚えられるからな」
「……壊し方、か」
「言っておくが武術家ってのは一定以上の強さになるとただ筋力があるだけの馬鹿じゃなくなるぞ。医学に精通して、どの筋肉を壊せばどこが動かなくなるか、どこを撃てば骨が折れるか、どこを狙えば即死させられるかを覚えるようになってくる」
逆にこれを覚えないまま戦うと、昔の俺みたいにうっかり相手が死んでしまう事もあるからな。
少なくとも公式の大会に参加するくらいの実力になってくれば触り程度は知っているし、世界大会暮らすなら知っていること前提だったりする。
ただそのうえで、グローブ越しに相手の顔面殴った結果頸椎が……とかの事故は起こるんだけどな。
「よし、このまま船のシミュレーターやるぞ。マリアの合体バージョンと、船を使う戦闘の二種類だ」
「マスター、治療を」
「怪我した状態での戦闘なんて日常茶飯事だ。さっさといくぞ」
この後雪辱戦と言わんばかりにマリアを一方的にボコったのは言うまでもない。
いや、持ってる装備は全部糞強いんだけど、ミサイルのばらまき方とか反物質砲を撃つタイミングが教科書通りでな……。
多分メリナでもそれなりに戦える程度に弱かった。
この辺も教え込んでいくべきなんだろうなぁ……。




