92 罠Ⅱ
胸の部分に痛みが走った。
気づけばシンシアを抱いて私は転がっている。
シンシアの持っていたアイスピックが私の胸に刺さっているっぽい。
どこぞの訛りになるのは、確認してないからだけ。
突然ちょっと前の事を思い出す。
あれはインチキ錬金術師の店での事だ、店主は怪しい男が買った商品について教えてくれた。
『毎度、ひょろっとした錬金術師は操り草と睡眠草を買って行ったよ。っと、そのままでは使えないだろうし。そのままとはてっか? そうだなぁ特に操り草は、何かキーとなるものがないとなぁ。条件付なのが多いな。
いや、手を叩いたりでの条件でも出来るよ? でもそれだったら所構わず発動するだろ? 例えば…………匂いとか、それだったら同じ匂いが被る事も少ない』
ひょろ男と目があった。
そうか……マメット……パペットだっけ。あの男が犯人だ。
「そいつが犯人よ!」
力いっぱい叫ぶ。
残念ね。彼方の野望は打ち砕いたわよ。
シンシアも私が守った。バーカ、バーカ、バーカ。
男の唇が釣りあがった。
だからどうした。やれ、ガルドよ。
そう聞こえた気がした。
え?
ガルドへ顔を向けると、焦点の合わない目で既に剣を抜いている。
まさか……二段構え!?
ってお前も操られていたんかーいー。
その後ろでは、ヘルン王子が走ってくるのが見えた、でも、ヘルン王子は間に合わない。
その動きは早く、真っ直ぐにパトラ女王に向かって…………。
ガルドは私を飛び越えて行く。直ぐに鈍い音が聞こえた。
よく言えば肉を叩く音、悪く言えば人を切る音。
そして人の倒れる音。
会場は激臭があるのにもかかわらず、騒ぐ人間は居なかった。
私がパトラ女王へ振り向くと、中腰で剣を振り切った人間が見えた。
それはガルドではなくアマンダで、ガルドはというと両腕が肘から先が無かった。うつろな目のままその場に倒れている。
アマンダは立ち上がり剣先を振ると、いつの間にか近くにいたサミダレへ手渡した。
すぐに私によって来た。
「えるんちゃん、大丈夫!? ごめん一歩後れたにゃ」
「え。あ…………別に大丈夫」
胸の痛みが強くなって来た。
日本人のサガというか、いや元日本人だから? 大丈夫ですか? と声を掛けられてとっさに大丈夫と言ってしまった。
抱きかかえているシンシアの目はまだ虚ろで、動きは無い。
ひょろひょろの男性を見ると床に組倒されており、頭に乗っていたと思われるカツラが横に転がっている。
自分の心臓の音が聞こえるようだ。
突然眠くなって来る。
「誰か! 解毒剤を早く!」
真面目なアマンダの声が遠くに聞こえた気がする。
◇◇◇
ウニが食べたい。
やはり日本人ならウニだろう、いや別にウニだけじゃないんだけど、私はウニが好きだ。
あのまったりとした濃厚な味。
回転寿司にあるウニは半分がキュウリだ、とても悲しい。
一度ウニを八貫ほど一気に食べた。
胸焼けした、当分ウニは要らないと思った。むしろ少し嫌いになった。
いや、ちょっとまって、私刺されたわよね? って事はなにこれ。
「って、なんで走馬灯がウニなのよ!」
勢い良く起きる。
私の横には赤い目をしたシンシアが、ほうけた顔で私を見つめていた。
反対側にはアマンダも目を見開いて私を見ている。
「ええっと……おはよう?」
「エルン様!」
ドンッ。
シンシアが私にダイレクトアタックをかけてきた。
その衝撃に思わずベッドに押し倒された。
「大変です、具合が悪いんですよね! シンシアのせいでごめんなさい。すぐに人を呼んで来ます!」
「別に具合はわる…………いっちゃった。
ええっと、アマンダ何がどうなってるの?」
アマンダは私が意識が無くなってからの事を教えてくれた。
捕らえられた男は、以前王宮に勤めていた錬金術師で当時と顔は変えていたもよう。
とにかく人を操る研究をしていたらしい。
パトラ女王から禁止されたにもかかわらず、八年間前にパトラ女王を操ろうとして寝室へ。
良くある話であって良くあって欲しくない。
そりゃまぁ、パトラ女王は色気ムンムンだけどさぁ。
で、もちろん国外追放されたのだけど。
身分や外見を変えて復讐に戻ってきたと……。
捕まった後は知らないほうがいいにゃと、教えてくれなかった。
「エルン殿ー! 怪我は……ぐふふふふ、ご褒美とは嬉しいでござる、出来ればもう少し開いて欲しいでござる」
「ん?」
部屋に入ってきたコタロウが、私の胸の部分を見ている。
私はガウンを着ていた。
ガウンとは風呂上りに良く着る奴で前の部分が、トレビアーン的な感じで解放できる服である。
で、先ほどのシンシアの突撃で少しだけガウンが開いている。
なお、大事な部分は隠れている。
でも、ギルティー。
「コタロウ、死刑」
「酷いでござる! 王子も拙者の冤罪を晴らして欲しいでござる」
「エルン君! よか…………もう少し胸元は隠したほうがいいな」
「ええ、ええ寄ってたかって人を痴女みたいに。
事故よ事故、あとこれ以上見るならお金取るわよ!」
既に目線を外しているヘルンと、いっさい目線を外さないコタロウへと言い放つ。
胸元を隠して衣服を整えると、最後にシンシアとガルドが入ってきた。
「ガルド…………」
青い顔のガルドは、私の姿を見るとちょっとだけ安堵したように見えた。
「エルン・カミュラーヌ、この度は……いや謝っても済む話じゃない。
どうか、その手で俺の首を落として欲しい」
両腕を失ったガルドが土下座に近い格好になる。
「いやいやいやいや」
「エルンさま、お願いですからガルドお兄さまを許してあげてください」
「そのエルン君。俺の儀兄になる男だ、もちろん打ち首するというのなら止めは出来ないが、少し考えてくれないだろうか」
「まったまった!」
私の言葉で一同が黙る。
「なんで私が、ガルドの首を落とさないと駄目なのよ」
「パトラ女王に贖罪をし打ち首を申請したが、今回の功績者である二人に任せるという」
ガルドはちらっとアマンダを見た。
「うちは、護衛と付いて来ただけにゃ……それも護衛者を怪我させるという失敗にゃ……何か言う資格は」
無い……と、アマンダがうな垂れる。
「と、言うわけだ。出来ればシンシアが見てない時に頼む」
「ガルドお兄さま!」
「もはや兄と名乗っているのもはばかれる罪悪人だ、ヘルン王子妹頼む」
「だからー待ちなさいって言ってるでしょうかっ! いたたたた」
叫んだので胸が痛む。
「エルンさま」
「私からは何も無いわよ。その両腕だって無くなって大変なんでしょ?」
「そのうち生える」
「はい?」
生えるって馬鹿な事言い出した。
シスコンのやりすぎで、とうとう頭までおかしくなったか。
「シンシアが先祖帰りなのはわかるだろう」
まぁ耳があるしどうみても亜人もしくは亜人と人のハーフだ。
ガルドは言いにくそうに続きを喋る。
「実はオレもなんだ、何代も前にトカゲの王という呼ばれた王が居たらしく、その王は人の身でありながら、手足の再生が出来たそうな。
だからそこ母や姉が亜人を嫌う度にオレは悪い人間と思い、そんな中シンシアを見て……」
ネクラ少年の出来上がりってわけね。
あーもうなんだか、疲れた。
「打ち首はしないし、結果よければ問題なしよ!」
私としてはそう宣言するしかなかった。




