63 揉んだら治る(かも?)
軟禁生活、もとい村に来て五日目の朝
天気晴れ。
村はずれにある唯一の宿前には、村人数百人が列をなしている。
その横には王国騎士科の生徒と、それを指揮する騎士が数名、村人が逃げないように目を光らせている。
「はい、そこ! 列からはみ出さない!」
私に注意された村人は、ビクっとしながら列にもどる。
私の横では大釜に薬剤をいれて調合しているナナがいる、私の仕事はナナが作った中密度エーテルを湯のみやドンブリに入れて村人に飲ませる係りだ。
昨夜ナナが助けに来てくれて、事態は大きく変わった。
私のために数日徹夜をし四本の『濃密度エーテル』をもち、これまた壊れたはずの『飛んでるホウキ』を改造した『飛んでるホウキターボ』にして村まで来てくれたのだ。
急ごしらえだったらしくブレーキが付いてなかった、そのため建物に突っ込んで減速したらエルンさんが隣に居たと、言うのを昨夜聞いた。
同時に朝方には、ナナが手配した騎士見習いも村に到着した。
その中には行方不明だった村長もおり、その姿をみた村長の息子は逃げ出した所を騎士見習いに捕まった。
ここまでで、寄生虫に汚染されていたのは、村長の息子とディーオだ。
残りの村人は判断が付かず、こうしてナナの作る薬を飲む羽目になっている。
ナナの話によると、そういう虫は夜に活発になると思いますとの事。
だから今のうちに全員薬を飲めば…………。
ピッピー!
笛の音が鳴る。全員の視線がそちらに動くと、口から触手をだした村人がタコ踊りをしていた。
キモイ。
村人は悲鳴を上げたり怯えたり様々であるけど、騎士科の子たちがそれを取り押さえた。
騎士科の子が私へと顔を向けると遠くから、
「エルン! 薬湯を」
と叫ぶ。
急に呼び捨てにされた。誰だ! と顔をを確認したらカインじゃない。
「あら、彼方も来てたのー?」
「……ああ……いや、それよりも」
「あ、そうね」
ドンブリ片手に私は走る、押さえられている村人は口からうねうね触手をだして…………あ、うわー何かえっちね。
じゃない、それよりもっと。
ドンブリの中密度エーテルを触手にふりかけると、音を立てて細くなっていく。
「カイン、それ引き抜いてっ」
「わかったっ……」
ミミズぐらいに細くなった紐を引き抜くと、残った部分が口から出てくる出てくる。
暴れていた村人は白目を向いて意識が無い。
私は昨日と同じように残った中密度エーテルを村人の口へと流し込んだ。
「お嬢ちゃんがエルンか……」
突然野太い声で名前を呼ばれ振り向く。
ごっつい大男が私を見下ろしていた、確か……だれだっけ。
「ん。今回の任務で隊長を務めているゲイル・ランバードだ、先ほど挨拶はしたとおもったんだがな……」
「そういわれれば、でも名前までは」
「そうだったかな、がっはっは」
がっはっはじゃない! いい人そうね。
うん、覚えておこう、ゲイル・ランバード。ゲイル・ランバー…………あれー…………。
もう一度私の横に立つ、ゲイル・ランバードの顔を見る。
「もしかして、リュート・ランバードと関係あったりします?」
「おう、弟だ」
見た目が四十近い男性がリュートの兄って事は、母親はあのエレファントさんよね。
さすが、魔族というのかしら。じゃぁこの人もハーフって事?
「多分あの母親の若さと俺の見た目に驚いているけど、あの母親は継母だぞ」
「あ、そうなの!?」
それなら納得は出来る。
ゲーム中では、純粋な人間じゃないエレファントさんなのにリュートは人間だから。
「でもそんなの初めて知ったし家族仲悪いのかしら……っと、ごめんあそばせ」
「噂通りの貴族様で安心した」
「嫌味かしら?」
「ああ、嫌味だ」
はっきりと言うと、また大きく笑う。
「訴えますわよ」
「はっはっは、ともあれ心配御無用、家族仲はいいほうだ。
親父ももう直ぐ帰って来るだろう」
「あら、居たの?」
「…………お嬢ちゃん、仮にも元婚約者の家族ぐらいは覚えておいたほうがいいぜ。
親父は若い妻の病気を治すためにあちこち旅に出てたからな。さて」
ゲイルは大きく息を吸うと村人全員に大きな声で話しかけた。
「見ての通り、魔物憑きの症状だ。こっちには有名な美人錬金術師が二名も居る! 恐れる事はない。順番に薬湯を飲んで欲しい。こうして治療すれば治る」
「えっ! いや美人って」
思わず声がうわずると、ゲイルが白い歯を見せて、ブサイク錬金術師って言ったほうがよかったか? と、小さく言う。
「ほんっきで怒るわよっ!」
私の周りで小さな笑いが起きる。
村人達も笑って……あれ? さっきまでの不穏な空気が減ったような気がした。
なるほど、わざと私をダシに使って場の空気を変えたのかしら、凄いわね。
◇◇◇
村に来て八日目の朝。
村の入り口で盛大に見送られ私達は帰る。
騎士隊の馬車に乗せて貰える事になり私達は街へと帰る事になった。
とはいえ、狭い馬車なので全員は乗れないので二回に別ける必要があった。
馬車を操縦する御者台の所に若い騎士科の二人、この二人は二頭の馬を交代で操っている。背後のある鉄製の荷台部分に私ともう一人が乗っている。
という事で、私はやっと歩けるようになったディーオへと顔を向ける。
「その、体治った?」
「なんとかな、今回は迷惑を掛けた。改めて礼を言う」
「えええ! ディーオが頭を下げた」
「………………君はボクを何だと思っている。村長の家へ行った時から記憶が曖昧だった。
ボクが感染したのはそこだろう。君にまで感染させようと、助けて貰って借りを作る形になった」
「え、あっ。別にいいわよ結果的に助かったんだし。よくよく考えたら前に助けて貰ったじゃない、それでお相子って事で」
「そうか」
とだけ言うと、直ぐに、小さい声で助かると、言った。
まったく何時もの強気の姿勢はどうしたんだが…………。
「あっ!」
「どうしたエルン君」
思わず気になる事を思い出して、声を出してしまった。
これもそれも、あのゲイルが悪い。
「何でもないわ」
「何でも無いわけがないだろう、今回は君のおかげで助かった小さい疑問でもいい」
いやでも、言ったら怒るわよね。
「言ったら怒りそうだし」
「怒るわけがない」
「…………じゃぁ言うけど、その潰れたら揉むと復活するって本当?」
「何がだ?」
私は黙ってディーオの股間を指差す。
男性の急所がポンポンと二つ、ついている場所だ。
ディーオが全身打撲や骨折で苦しんでる時に、ゲイルに事情聴取をされた。
その時に襲われそうになった事と、どうやって脱出したのかを簡単に説明したら、ゲイルは真顔で『潰れたかもな』って教えてくれた。
そこで、私はパニックになると、ゲイルが揉めば治るから安心しろって教えてくれたのを、本当なのか今聞いたのだ。
あっ、ディーオの顔から表情が無くなった、これって煩い小言言う前よね。
「怒らないってっ言ったじゃないの!」
「怒ってはいない、まず説明をだ。君は下らない話を毎回どこから――――」
私の耳に馬車を操縦している騎士科の小さい笑い声が聞こえたようなきがした……。




