57 夏だ! 山だ! 里帰りだ!(予定)
夏だ! 夏といえば…………。
世間一般では海だであるが、何が楽しくて泳げもしないのに海に行かないとならないんだ。
そもそも死んだのも、死にかけたのも溺れての原因だ。
ヘルンの婚約破棄未遂事件から既に二ヶ月は立っていた。なお、そう呼んでいるのは私だけ、公式では無かった事になっているから。
そして問い詰めようと思っていたミーナは帰ってこなかった、そのまま別の国に行ったと帰って来たヘルン王子から聞いた。
ディーオとの婚約は無事? 破棄された。
されたのは良いんだけど、なんとなーく気まずいというか殆ど会っていない。
「おじょうさまー! 用意ができましたー!」
ノエの姿はメイド服のままであるが手には大きなバスケットを持っている。
王都からの逃亡…………もとい里帰りである。
毎日ぐーたら過ごしているなら一度帰って来いとパパから手紙が来たからだ。
別にぐーたらもしてない、錬金術の本を読んで最近では水の中和剤を作る事に成功した。
見本で貰ったナナのと比べると、色は汚いけど、そこは見無かった事にしよう。
「こっちも準備は出来たわよっても、特に持っていく物もないし、ノエ留守番はよろしくね」
「はいっ! でも本当にノエが一緒じゃなくても…………」
「心配性ねぇ、この二ヶ月ちかく何も無かったじゃない」
私は力強く言うと、珍しくノエが言い返してくる。
「ええっと…………洞窟に行ったきり三日ほど行方不明や、舞踏会でカインさまをテラスから突き落とされた、カー助さんの羽を白く塗ってハトに見立てようとしていたり、ナナさまと作られた飛んでるホウキが暴走して近隣のみなさまから苦情が来たり……」
私でも忘れていた事をすらすらと言い出す。
「ノエ、あんまり変な事覚えていると老けるわよ」
「ノエはおじょうさまが心配で、おじょうさまのためなら老けてもいいです!」
「……大丈夫よ、ノエも休暇をゆっくりしてきて。お金は言ったとおり箱の中のは全部使っても良いからね」
「全部って、金貨二百枚はありました……」
「あら、足りないかしら?」
ノエは慌てて首を横に振る。可愛い。
ついからかって反応を見たのだ。
「いくら私が不幸な星の下に生まれたからって、里帰りぐらい平気でしょ。
それじゃ、おねがいね」
ノエと玄関先で別れトコトコと歩く。
門兵に後はよろしくねと言うと、気をつけて言ってらっしゃいませと敬礼を貰った。
名前は知らないけど最近は門兵も私を見る目が変わってきた。
一週間に一度、ブルックスの酒場から仕入れた酒をお土産に持たせているからだ、おかけで以前のような適当な仕事ぶりではなくキリっとしている。
やっぱ世の中お金よね。
◇◇◇
私は豪雨の中、動かない馬車の中で早めの夕食を食べる。
豪華な旅馬車の中には他に誰も居ない、本来いるはずの御者さえも居ない。
「まいったわね、たった半日でお金があってもどうしようもない事に出くわすとは、さすがのエルンさんもびっくりだわ」
暫くは順調だった。
ただ空が曇ってきたなーって思い始めたら、馬車の車輪が取れ、その拍子に繋がれていた馬の紐が切れ逃げた。
次に若い御者が、直ぐに馬を捕まえて……いえ、次の村まで助けを呼んできます! と言って消えていく。
そしてこの土砂降りである。
いくら街道といってもこの土砂降りの中外に出たくは無い。
でも、一人でこう壊れた馬車に残されてもなって所が今の状況である。
あーノエに作ってくれたお弁当が美味しいわ……そして食べたら眠くなって来た。
ちょっとだけ寝ても大丈夫よね?
コンコン!
コンコンコンコン!!
「な、なにっ!」
外からノックをされて体がビクっとなる、慌てて施錠を外すと髭もじゃのおっさんが私を見てきた。
念のために鞄に手を入れ護身用のアイテムを持つ。
「っと、街馬車のジャンだ。壊れた馬車があって確認したんだが…………他の御者は?」
私は起こった事を話すと一人納得した顔になる。
「そりゃ災難だったな。この先の橋はこの雨の洪水で落ちたかもしれねえな、こないだの大雨で一度落ちてな、それで助けも来ないんだろう。ミーゲルの村に行く馬車だが、一緒に来た方がいいだろうな、どうする?」
「どうするもこうするも、行くしかないじゃない」
「まぁそうだな…………ミーゲルの村から人を呼ぶまでここにいるって事も出来るぞ?」
「うーん、次に来るのが変な人だったら困るから、馬車に乗せて頂けますかしら?」
お上品に答えると、ジャンという男性も丁寧にお嬢様の仰せのままにと、頭を下げた。
天辺まで禿げ上がっており雨で余計に光っていた。
「傘はねえからあっちの馬車まで走ってくれ」
「わかったわ」
「他にも客がいるが、そこは我慢してくれよ貴族さま」
「エルン…………エルンでいいわ」
フルネームでいう事もないと思いいいなおした。このほうが親しみが込みやすいだろう。
雨の中二人で馬車まで走った。
ジャンは御者席へ飛び乗り、私も木で出来た箱のような馬車内へ一歩入る。
少し濡れた私は先にいるお客へと挨拶する。
「悪いわね、お邪魔するわよ」
「気にする……なっ!」
「ディーオ!」
「…………先生ぐらい、いやなんで君が……」




