42 飛んでる少女と沈む少女
私が小さい時に見た映画で、ホウキに乗る少女があった。
その姿と同じようにナナが庭をぐるぐると回っている。
庭に出た私の視線に気づいたのか片手を上げて、手を振ってくる。
そのままゆっくりと足を地面へとつけると
「エルンさーん」
と呼んで来る。
「はいはい、エルンですよーっと。それにしても凄いわね」
「はい、さすがミーナさんです。こんな道具を作り上げるなんて」
「それを直すほうが凄いわよ」
そんな事ないです! と何時ものように謙虚なナナ。
もう少し自信もっても良さそうなのに、いや、この性格だから人から好かれるのよね。
「どうぞ、エルンさんも飛んでください!」
『飛んでるホウキ』を手渡してきた。
「ありがとう、所でどうやって操作するのこれ?」
やっぱり真ん中に布でグルグルと補修された、クッション付きのホウキにしかみえない。
ハンドルやブレーキも当然無い。
「先端の部分に、バジリスクの目が埋め込んであってですね。クッション部分にまたがり先端を握って飛べ! と念じれば飛ぶようです。それでも飛ばない場合は声に出すといいって教わってきました!」
「それだけ?」
「はいっ!」
嬉しそうに説明してくれるナナをよそに、あんまり飛びたく無くなったとは言えない。
だって、空よ空。
飛行機はわかる、事故が全く無いわけじゃないけど、あれは安全な乗り物。
遊園地にあるジェットコースターや観覧車も基本安全な乗り物。
私が生まれる前から、安全対策をしっかりした乗り物だ。
それに引き換え『飛んでるホウキ』
さっきも思ったけど、ブレーキもアクセルもない。
私がどうやって断ろうかと黙っていると、ナナは私の腰に緑色の布を巻いてくる。
「これは?」
「春風のスカーフです、万が一落下した時に守ってくれるそうで、お菓子のお礼に貰いました」
「なんだ、便利なものがあるのね」
良かった、上空から落下して死ぬって事はなさそうだ。
あ、だからミーナも空から落ちたって言っていたのに元気だったのね。
「本当はわたしが作ったのを付けてもらいたかったんですけど……」
「誰が作っても同じよ」
「そ、そうですよね」
あれ? ちょっとナナが暗い顔をしたような。
そう思ったら笑顔を見せて来た。
「では、どうぞ!」
クッション部分にお尻を乗せてひざを曲げる。
空気椅子に座るような感じだ。
私の左手はホウキの後ろ側を持ち、右手は先端のほうを握る。
飛べ!
強く念じた。
お尻の部分が下から持ち上がる。でも、その感触は直ぐに収まった。
見かねたナナが、声に出したほうがいいかと思います。と、伝えてくる。
声に出すと、何かかっこ悪いのよね。
でも、安全と解れば少しは飛んでみたいし我慢しますか。
「飛べっ」
何も起こらない。
「飛べっ!」
「たぶん、もっと強くです!」
「あーもう、飛べ飛べ飛べ飛べ飛べ――――」
投げやりで呪文のように言うと、お尻の部分が再度浮き上がる感じがあった。
次の瞬間ジェットコースターのような感覚が私を襲った。
突然の事で目を瞑っていたらしい、ゆっくりとまぶたを開くと、青い空しか見えない。
ゆっくりと下を見ると豆粒になったナナが大きく手を振っている。
地上から二十メートル以上はありそうだ。
「たっかっ、高すぎるわよっ! 微調整が必要ね」
別の場所を見ると楕円形の塀で囲まれたグラン王国の外側が見えた。
あれって、私が最初に溺れた砂浜が見え、その奥には綺麗な海も水平線として見える。
「何か懐かしいわね…………あれは海鳥かしら」
遠くには白く鳥が飛んでいるのが見えた。
ふと、カー助を思い出した。
あれも毎日こんな風景を見ていたのかと思うと羨ましい気持ちが少し出る。
「さて。降りますか……ゆっくりと降下!」
ゆっくりと。
ミシ。
「え?」
飛んでるホウキから何か嫌な音が聞こえた。
次の瞬間、ホウキの後ろの部分が折れて地上へと落ちた。
補強していた後ろ部分が消えてない。
ガクンと視界が落ちると一気に下がっていく。
「やだ落ちないで! 飛んで飛んで飛んでっ!」
無意識に言った言葉に反応して、残った飛んでるホウキが一気に加速した。
町を守る塀を乗り越えたと思うと外側にでる。
風圧で目があけてられなくなり、気づいたら手を離していた。
背中や手足に色々ぶつかる感触が私を襲う。
私の耳に人の声が聞こえた。
「ちょっと! 探しに来たのは良いとしてなんで空からなんですか!」
聞きたくないキンキン声は無視して私は周りをみた。
森の中と思う。
水の音が聞こえる、木々の隙間から川が見えた。
カァー。
「……無視しないでくださります?」
どこだろう、精霊の森に近いのかな。
腰につけた春風のスカーフは大きな穴が開いている。
あちゃー……弁償ものよねこれ。
それにしても何で、壊れたのかしら……ミシっていってたわよね。
カァーカカァーッカカー。
「き、い、て、い、ま、す、の! 悪役令嬢さんっ!」
「あーもう、さっきから聞こえているわよ。
マギカ、あなたなんでこんな森の中にいるのよ。
それに、うちのカー助を縛り上げてどうしたのよ」
先ほどから煩いマギカのほうへ振り向いた。
手には紐を持っており、その紐はカー助の足に付けられている。
「やっぱり、エルン・カミュラーヌのペットだったんですね!
マギカの周りをぐるぐる回って煩くて捕まえたんです!
ペットは飼い主に似るといいますけど、そっくりですね」
捕まえたって凄いなこの子。
私でさえカラスを捕まえようとしないわよ。
「で。ここは何所なの?」
「どこって探しに来たんじゃないの?」
あ、もしかして私がマギカを探しに森まで来たと思っているのかしら。
何でそんな事をしないといけないのか、ってかそもそもこの子は家に帰ったのよね。
何で森の中にいるのかしら。
私の考えに気づいたのか、顔を横にして悪態を付く。
「違うわよ、あの後帰ったんじゃないの?」
「帰った。でも、すぐにお兄ちゃんに怒られて、エレファント叔母様が間に入って止めてくれたけど……。そしたらお兄ちゃんはエルン・カミュラーヌが凄い人か褒めて、こないだも近くの森で精霊を捕まえたと聞いたとか……性格が捻じ曲がった人が精霊を捕まえれるのにマギカに出来ないはずないもん……」
マギカは膝をついて小さくなっていく。
私はその話を黙って聞いていた。




