187 エルンさんのチョコ事情
なんだかんだで夕方になった。
学園前で町馬車を降りると、あちらこちらにカップルと、チョコを貰えなかった男子生徒が見える。
何時もの受付で何時もの女性の前に行く。
「こんばんは、本日の授業はすべて終わっていますが」
「そ、ありがと。ディーオ…………もとい。ディーオ先生は」
普段の癖で呼び捨てになる。
「本日の授業はすべて終わっていますようなので、教員の部屋か調合室にいると思われます」
「そ、ありがと。あとコレ……」
「そんな、いつも有難うございます」
「いいのよ賄賂なんだから」
受付の女性が引きつった笑顔になる。
我ながら旨い冗談と思ったんだけどはずしたかしら。
ともあれ、何時ものカフェチケットセットを渡して教員の個室へと向かう。
もう少しでディーオの教員個室という所で扉が開く。
全然見た事もない若い女性、おそらく生徒が泣きながら出て行った。
しかも、冬というのに薄着でコートを胸に抱えて走っていった。
「んなっ!」
え。これって……ど、どうしよう。
見ては行けないのをみたかしら、どうみても乙女の乙女ほにゃららをディーオが何かした後よね。
で、でも泣いていたし。
でもちょっとまって、ディーオって私と一緒に旅した時も極力部屋を別にしてくる男よ。
もしかしたら男が好きなんじゃって言うような、そんなチキンオブチキンに女性徒を何とかするかしら。
仮によ、仮になんとかしていたら、ああいう子が好きってわけ?
顔は覚えてないけど印象に残るような顔じゃなかったし、体? 体も別に特徴的なのはなかったわよね。
あるといえば私より胸が小さいぐらいで……。
「用があるなら入れ」
「ふぁっ!」
前を向くと不機嫌そうなディーオが立っている。
「おのれ何時の間に! はっ心の声が」
「…………扉の前でブツブツ言っていたら気になって開ける」
「それもそうね。じゃぁ入るわ!」
薪ストーブの上にヤカンが置いてあり、そのお湯で珈琲を入れてくれた。
「適当に座れ。で、今日は何のようだ」
「それよりも、それなに!」
私は机の上にある大量の箱を指差す。
どれもこれも綺麗にラッピングされており――。
「どうみてもチョコレートです本当に有難うございました」
「…………君はいつも変な生徒と思ったが、いよいよだな。大丈夫か」
「だ、大丈夫に決まってるわよ! 何それ」
「何って今君が言ったチョコレートだろうな。さすがに全部は確認してない」
「も、もてるの!?」
ため息をつきながら深く椅子に座り込み始めた。
確かに顔は中の中いや、中の上ぐらいはある。
でも、性格は嫌味ったらしいし、何かに天才だ天才だと……。
「もてるとは言わないな。ボクが教師で一応は貴族……あとは王室との関係だろう。
先ほどの子など、ボクと肉体関係を結ぼうと迫ってきた。叩き出したがな。
最近の若い子の感性がわからない」
あー確かにちょっとわかる。
それに、学生からみるとディーオぐらいの年齢の男性ってよく見えたりするのよね。
大人な感じがして。
ってか、モテるならモテるって言っときなさいよ!
無駄にチョコクッキー作ったじゃないの。
予定としては、オーッホッホッホチョコも貰えないなんて可愛そうな先生です事、土下座して頼めば一つぐらいあげるわよ。って子芝居混ぜつつ感謝されようとしたのに。
「で、君の用事はなんだ」
「え? あー…………特に無いわね」
「いよいよか、保健医に何か薬を見てもらおう」
「どういう意味よ! はぁ……言うわよ。これよ」
私は小さいポーチを取り出してディーオに手渡す。
中身を確認して小さく息を吐いている。
「一応聞くがアレ……ミーナは関わってないだろうな」
「ないわよ。なんで? ミーナから欲しかったとか?」
「違う! 十年前に貰ったチョコに笑い薬が入っていた。なんでもいつも怒っているからとかなんとか」
「怖いわね」
「怖いだろ」
変な沈黙が私達の会話を断ち切る。
それでも、ディーオがゴホンと咳払いをすると私を見てきた。
「それで、何のお願いだ」
「はぁ? 意味わかんないんですけど……純粋に厚意で持ってきたのに」
「…………好意か」
「そうよ厚意よ」
「君の好意は嬉しいがボクはまだ……」
「はいはい、直ぐにゴチャゴチャいう癖直したほうがいいわよ」
うるさいので黙らせると、ディーオの文句が止まる。
「で、もしかして用事というのは本当にコレだけなのか?」
「そうよ、真顔で聞くのやめてくれない?」
「悪かった、大事に頂こう。なにせ君といると……」
ディーオが細目を開けて私をみる。
思わず私も見るとお互いに言葉が止まった。
シュッシュッシュとヤカンの音が小さく聞こえてくる、自然にも見つめ合う形になり……。
コンコンコンコン。
遠慮がちなノックの音が聞こえ私もディーオも慌てて視線をそらした。
ふーヤバイヤバイヤバイ。
何がヤバイって、もうなんていうか、もうそのね。
私はそんなに尻軽女じゃないんですしーリュートを振ったからってねぇ。
「鍵は開いている入れ」
ディーオの声で扉が開くと、見た事もない女生徒が立っていた。
「ディーオ先生。あのチョコを食べ…………」
「…………」
「「………………」」
狭い部屋だ、女生徒は私に気づくし私も女生徒を見る。
「ひいい、毒女! し、失礼しました! あの噂っ」
「ちょ! 待ちなさい!」
女生徒は紙袋を持ったまま逃げていく。
急いで閉められた扉を開けて廊下へ顔をだすも、後姿が小さくなって見えない。
「ち、逃げられた」
扉を閉めるとディーオがクックックと笑っている。
何がそんなにおかしいのよ。
「ってか噂ってなに?」
「そのなんだ、君がボクと付き合ってるという噂だ」
「はいい?」
「そう驚くな……もしよければもう少しここにいてくれないか?」
え、それって遠まわしに告白してる? マジで?
うーん、いや私としても別に嫌いじゃないのよ。
「君がここにいると邪な考えを持つ女性避けになる」
そうそう、私がいればディーオにチョコを渡しに来る女性がビビッて帰るわね。それはいい考えよ。
「って、私は虫除けかっ!」
「それはいい、君の顔をモチーフにした人形を作れば沢山売れそうだ」
◇◇◇
結局ディーオの仕事が終わるまで部屋にいた。
・番外
ノエです! エルンおじょうさまを見送った後厨房のの掃除をしています。
はわわ……美味しかったです。
ドアノッカーの音が激しくなります、だれでしょう? どちらにしても出ないと大変です。
ノエは急いで扉を開けると、コタロウさまが立ってました。
鼻息が荒いです。
「ノエ殿でござるね。エルン殿はどちらに?」
「エルンおじょうさまはお出かけです。緊急の用事でしょうか?」
「可愛いでござるね、小さい慎重にメイド服が似合っているでござるよ」
コタロウさまは、両手を差し出してきてます。なんでしょう?
「ノエ殿、エルン殿から預かってるモノを早くでござる」
「ええっと……なにも聞いてません」
「んな馬鹿なでござるよ! チョコでござる、チョコ!」
「はぁ…………何も聞いてないです」
「じゃ、ノエ殿代わりにチョコをくれるでござるよ」
エルンおじょうさま助けてください! コタロウさまが帰りません!
目が怖いです、何か上げないと帰らなさそうな気配がします。
「ええっと……材料ももう無くて。わかりました」
ノエはコタロウさまを玄関に残して厨房へと走ります! お漬け物の残りがあったはずです!




