167 転写の食パン
私はいつもの扉を開く。
心底疲れた顔のディーオが出迎えてくれた。
やーねー、疲れるほど仕事して偶には息抜きすれば良いのに、あっ読書していたみたいだしそれが息抜きなのかしら。
栞挟んで本を閉じると開口一番「またか」と言われた。
「いや、だってしょうがないじゃない」
「何がだ。君はボクをどうしたいんだ、何が問題があるとこっちにくるが、偶には何か幸せな事な報告はないのか?」
「ちょっと、人を疫病神みたいに言わないでよ! そうねぇ……とりあえず仕事を請けたのよ」
私の言葉に、ディーオの顔が一瞬驚いたような顔になった。
解せぬ……私だって依頼されれば仕事はするわよ。
「そうか、いやそれは……おめでとう。そうか、君も仕事を請けるまでに成長したか。
何かお祝いを贈らないとな」
「やーよ、年齢が近い人からそんな物貰っても嬉しくないし」
「そうか……確かにボクより君のほうが何でも揃うからな」
成金貴族に向かって何でも揃うからなとか、嫌味かっ。
いや、顔から判断すると素っぽいわね。
「まぁそれは置いて置いて。ミーナの場所知ってる?」
「ミーナ? アレがどうかしたのか?」
ミーナが本を持ってるまで解ってもミーナが何所にいるかわからないんだし、ディーオに、錬金術師の仕事としてミーナを探してると伝えた。
「と、いうわけで元カレのディーオ。ミーナの場所教えて頂戴」
「ぶっ、誰か元カレだ! それとエルン君急に不機嫌そうな顔をするな」
「別に不機嫌な顔じゃないわよ……」
と、思うんだけど。解せぬ。
「ミーナか……一応予備の便箋があるから連絡はつくが、そうだな人生の先輩として一言忠告しておく」
「な、なに!?」
ディーオが真面目な顔で私に向き直る。
「アレにかかわるとろくな事がないぞ」
「う……」
ディーオは引き出しから便箋……早飛びの便箋ね。
相手の所にワープする便箋で手紙屋が失業する錬金術アイテムだ。
それを取り出して、何か書くと私に手渡してくれた。
「君が用事があると書いておいた。集合場所は君の自宅にしといたと。あとは窓から空に向かって投げろ」
「あ、ありがとう」
「ふうっ用はそれだけか?」
「そうね…………特に他は無いけど。何かつっけんどんじゃないの?」
「それこそ、ボクもいつも通りだ、ただ……アレにかかわると悪夢がよみがえってな」
なるほど。
いや、何がなるほどがわからないけど、納得してしまった。
ディーオの目の前で窓から手紙を投げる。
空中に浮いた便箋は光と共に消えていった。
「何所にいるかまではわからんが、アレの事だ約束は守る、これない場合は断りの手紙が来るだろう」
「ありがとっ! あっそうそうコレ良かったら使って」
私はお礼をこめて、カフェのチケットを机に置いてディーオの元を出る。
別に礼の品は要らない。と、聞こえてきたけど気にしないで使ってと置いてきた。
学園前で馬車を拾って自宅に帰る。
後はのんびり待つだけだ。
「たっだいまー」
「おっそーい!」
「げっ」
思わず声が出る。だって困った顔のノエと、横からミーナが待っていたからだ。
「うわ。げってなくない? アタシは呼ばれたから数日も待っていたのに……」
「まだ一時間も経ってないでしょうがっ!」
「てへ」
舌を出してばれちゃったという顔を出すミーナに向かって指を突きつける。
「そうよ。思い出せば前回、この石の使い方を教えてくれるのは嬉しいけど副作用なんて聞いてないわよ!」
賢者の石を谷間から取り出して突きつける。
「あー言ってないもん。大丈夫大丈夫死ななかったし」
「死んでたまるかっ!」
「も、もしかして文句があってアタシ呼ばれた? それとも、金のじゃがいもならもう無いけど……ほしかったりする? そうだったらガメツイ……」
「なわけあるかっ!」
「お、おじょうさま落ち着いてください」
ノエが私のコートを引っ張って、注意してくれた。
そうよね、落ち着かないと……。
「そうだぞ! エルンちゃんはもっと落ち着いたほうが美人だよ。うん」
プチッ。
私はミーナの抱きしめて体を浮かせた。
ほえ? と間抜けな声が聞こえてくるが気にせず、全力で回る。
回る。
回る。
地獄のメリーゴーランドよ!
「きもぢわるるるる」
「ど、どうよ……あっごめんノエ袋用意して」
「メイドさんアタシも……」
欠点としては自分もダメージを受ける所だ。
視界が歪み、立ってられない。
◇◇◇
出すものを出してすっきりした私達は応接室にいる。
「うわーさすがエルンちゃん。美味しい物食べてる!」
「普通のクッキーよ、ノエ特製でおいしいのは間違いないけど」
「で。何の話だっけ?」
「本よ本! 十年前に借りたええっと、惚れ薬の調合が載った本を返してほしいの」
「えええええええええっエルンちゃん。誰に使うの!?」
「使わないっ! 後声が大きい! 内密な仕事なんだから!」
「エルンちゃんのほうが大きいよ」
ミーナの視線が私の胸を見ている。
そりゃ、私のほうが胸が大きいけどってそんな話をしているわけじゃなくて……疲れる。
「返したいのは山々なんだけど、食べちゃった」
「そうなのね、食べたかーってっなんで食べるのよ! 燃やしたとか紛失したとかじゃなくて食べたって何、食べたって!」
「エルンちゃん、転写の食パンってわかるよね」
「えっそれって……」
私も初めて聞くアイテムであるけど、何となく効果がわかる。
「恐らくだけと、本の文字をパンに写して食べると記憶するアレ?」
「正解ー! 正確には書物をちぎって粉と混ぜて焼いて食べるの。
味は……不味かった」
味の感想なんてどうでもいい。
「ってか、何で食べるのよ! 借り物でしょ! フェル君困ってたわよ! 小さくで愛玩動物なみにかわいいのよ!」
「アタシの時の図書の管理人は校長だったもーん……だって、実験のために好きな本使っていいって言うから」
はぁー……ソファーにドカっと体を預ける。
どうするのよ、作り方わからないわよ、これ。
「ねーねー、運命の赤い糸じゃだめなの?」
「つける相手が知らないし、私が使うんじゃないっていうの」
「うーん……じゃっ、材料費くれたら代わりに作るけど?」
はっ? 視線を天井からミーナに戻すと、ノエのクッキーを丁寧にハンカチに包んでポケットにしまう所を見た。
「言えば、焼きたてをあげるわよ……ノエが。
って、それよりも作れるの!?」
「材料さえあれば」
わーお。さすが元祖天才錬金術師、これだったら楽勝じゃない。
更新間に合った!




