159 孫の顔を見たいvs孫なんて知らない
応接室でピッチピチの服を着たディーオとパパに珈琲を出す。
「すまない」
「おお、あのエルンが……珈琲を出せるようになるとは。
ありがとう、はっはっは」
どういう意味だ! 普段なら突っ込んでいるけど、パパなので許す。
確かに実家に居るときは珈琲なんて入れた事なかったわね。
奇跡の対面? をしてから事情を説明してパパの予備の着替えをディーオに渡した。
私より背が小さいパパの服を着たディーオは、大人が子供の服を無理やり着たようになっている。
よく漫画でみた筋肉にフンって力をいれると破れるんじゃないの? ってぐらいぴちぴちだ。
あれだったらガウン着ていたほうが、まだいいのでは?
二人で納得してるならいいんだけどさー。
「災難でしたな、ウチのエルンが申し訳ない」
「ちょ、パパ」
パパがテーブルに頭がつくぐらいに謝りだした。
「顔を上げてください。エルン君に一言いわなかったボクが悪い。
シャワーを借りるときに一言、服を捨てないでくれと言えばよかったのは事実」
「いやいやいや、ウチのエルンの事だ。『汚い服を捨ててあげただけ感謝しなさい。迷惑料で金貨四百枚』など言いだしたのでは?」
どういう娘だ。
「ボクのためにガウンとタオルを用意してくれた、それだけでも感謝する」
「これはこれは……して、ウチの娘とは付き合いは長いので」
ああ、そういえばディーオとパパって会ったの初めてだっけ? うーん何所かで合わせた様な合わせてない様な。
「これは失礼。ディーオ・クライマ。学園で錬金科の教師をしている」
「なるほど、エルンの説明は、知り合いの友人宅に遊びに行ったと説明していたので、こんな娘に友人が居たのかとはっはっは。
しかし、あなたが有名なディーオ・クライマ殿であったか」
へぇ、ディーオって有名人なのね。
そりゃそうか、初代主人公ミーナのライバルであり現在は教師。
元貴族だし若いし、顔はまぁ整ってるし常識もあるほうだ。
「エルン君はこう見えても、友人は……多いのだろう」
「そこ。なんで疑問系なのよ! それよりもパパ、城に行くんでしょ?
あまり長い時間ここにいても……」
窓から外をみると、馬車の御者が手持ちぶたさで暇そうだ。
寒い中パパを待っているので可哀相になってくる。
「おおっと、では鍵を開けるのに数日はここに逗留ということで?」
パパの提案にディーオが眉をひそめる。
「服を頂いた上に居候とは心苦しい、一緒に城にでもいく王に会えれば」
「いやはや、王に会う前の説明で、娘の家に男性が寝泊りしているというのを噂がひろまっては……」
「えっ! そうなの!?」
思わず声を出して二人の会話を止めてしまった。
いや、そういう噂がだめなのはわかるけど、なんだったらディーオと旅もしてるし、リュートとかとも魔界で連泊してるし今更な気がする。
何度も酒場に遊びに行っているし、その辺はどうなんだろう。
「娘は驚いているが、カミュラーヌ家の事を考えて頂ければ」
「では……その結婚前の家に男が居るのはいいと?」
当然ディーオの答えはそうなるわよね。
まぁ私としては別にいいんじゃない? としか。
人の噂なんて気にしたら……う、そういいつつも私って結構気にしてるかも。
うーん……。
「エルン。珈琲の御代わりいいかな?」
腕を組んで考えていると、パパから催促が来た。
確かにカップの中身は無い。
「はーい、ディーオは?」
「まだ入ってる」
パパに言われて私は応接室を後にする。
食堂でコーヒー豆をハンドルのついた筒にいれてハンドルを回す。
中でゴリゴリと豆がつぶれて粉になるので、それを薄い布を使いフィルター代わりにして入れる。
角砂糖とミルクは今日は届いてないので我慢してもらう。
私が応接室に戻ると、パパが土下座をしていた。
「顔を上げてください、マイト氏」
「え、何これどうなってるの?」
「エルン君か、君からも言ってくれ……ボク達はそういう関係じゃないと」
パパが顔をあげると私と目が合う。
若干血走っていて怖い。
「エルン! ディーオ・クライマ殿はどう思う!」
「どうって?」
「嫌いな人間か?」
「嫌いではないわよ」
「ほら。娘もこう言っている!」
「マイト氏、その質問はずるい。彼女は嫌いではないとだけだ。好きでもないと言っているし友人だ」
「ええっと……何の話?」
よくわからないけど、何か私を押し付けあってるように見える。
……いや、何となくわかってきた。
結婚相手の話よねこれ、私はパパが頭を下げて頼まないほどの不要物件かっ!!
「エルン君。か、顔が怖いぞ」
「そ、そうだぞエルン。パパはエルンの事を思ってだなっ」
「自分の相手ぐらい自分できーめーまーすー!」
「齢十七と言ったら行き遅れに……」
「パパ何か言った? そもそも……」
「おっと、説教がはじまる。
さて城にいかないとなー、パパは忙しいからエルンまた」
パパはお替りのの珈琲を一気に飲むと顔を赤くした。
そりゃそうだろう、まだ熱いんだから。
それでも飲み込んで玄関に走って馬車に乗っていった。
「ちっ逃げられた」
「ええっと……ボクはどうしたらいいんだ……」
「はぁまったく、パパの願望を鵜呑みにしないでよね。鍵屋が開くのが新年?」
「うむ。材料があれば壊した後は鍵は自分で作るが……材料のストックもない」
「だったら、適当に過ごして行ってよ……どっと疲れた」
ん? 材料があれば自分で作れるのかこの男は……万能すぎる。
あれー……材料あれば作れるならナナから貰って来れば解決しないこれ?
「どうした?」
「いや、なんでもない」
「そうか。数日世話になる、雑務でも何でも命じてくれ」
「やだちょっと、パパみたいに頭下げないでよ。それにそんな命じないわよ、こっちも悪いんだし」
まぁ気づいてないみたいだし、恩を売っとくのもいいわね。
命令の出来ない召使いが増えた。
◇◇◇
その男を最初見たときは、驚いた。
あのエルンが、娘ながら我侭し放題だった娘が半裸に近い男を見て『ただいま』と挨拶をしたのだ。
地方にいると娘の噂が聞こえてくる。
空を飛んだ。
令嬢を助けた。
奇病に冒された村を救った。
王子と友になった。
次期王妃を奴隷のように使っている。
とっかえひっかえ男を食っている、その中に王族が数人もいる。
遠いアトラスの町で鳳凰を食べた。
温泉を掘り当てた。
王都の旧市街を火の海に変えた。
いくつかは嘘であろう、現に旧市街は燃えた様子はなかった。
その噂を確認しに王都まできたが、いやはや孫の顔はまだ諦めなくていい感じだな、はっはっはっは。




