138 温泉の素
翌朝である。
グレート皇帝ペンギンを装備した私は腰ひもをつけた。
私を中心にして、左右にそれぞれガーラとダンさんが、その紐に足をかけ、背後に乗った。
これで雪道を歩く事になった。
だって、この方が早いし。
「おう、そこの木を右に曲がってくれ、そっちは道に見えるけど崖なはずだ。落ちたら死ぬ」
「りょーかーい」
左側に背負ったダンさんのナビで私は動く。
右側にいるガーラは、グレート皇帝ペンギンの毛に顔を埋めて幸せそうだ。
ダンさんの話では魔物の発生場所は山の中腹らしく、温泉もそこにあるとかなんとか。
問題は、その場所が反対側で、一度上まで登ってから降りていく。
しかし、大人でもこれ歩きにくい道を、義足で行くんだからダンさんは凄いわね。
山の頂上で軽い休憩を取って、また歩く。
予定よりかなり早い時間で目的地の崖まで着いた。
少し前から温泉の湯気と硫黄の匂いが鼻をを掠める。
「温泉! まずは温泉の温度ね、熱すぎても困るし温かったらもっと困る!」
「エルンさん、目的が変わってます」
「冗談よ、でも見る限りゆきぽよぽよなんて……あっいた」
崖の上から見る景色、大小三つの湯があり、その一つに大量のゆきぽよぽよが、ぬめっている。
半透明な体なので、その黒い核がうにうにみえてちょっとキモイ。
「カワキモってやつ?」
「ほう、一晩でこれか……増えるスピードがあがったか?」
「お爺様どうしましょう」
「どうしましょうと言っても倒すしかあるまい。どれ先に行く」
ぴょこっと私の背から降りると、崖から飛び降りた。
「ちょ!」
「お爺様!?」
慌てて崖へと顔をだすと、器用に義足でバランスをとって滑って落ちていく。
「あ、ダンさんって丸腰!」
「その辺は大丈夫です、お爺様は剣よりも拳なので」
崖下に下りたダンさんは、そのままゆきぽよぽよへと突進した。
危険を感じたのか、ゆきぽよぽよの体が白く凍る。
そうよね、昨日戦ってわかったけど、ゆきぽよぽよってその体を一瞬で凍らせて防御するのよね。それが結構硬い。
はずなんだけど、ダンさんの一撃で一匹、また一匹と倒されていく。
倒した残骸を小さい温泉へと投げ捨てていく。
お湯が汚れそう。
「うーん、あんまり残骸を温泉に入れないで欲しいわね……ちょっと汚いというか」
「ゆきぽよぽよの残骸は氷みたいなものなので、ああするのが一番早いんですけど……」
「そうなの?」
私がガーラを振り向くと、ガーラの顔が渋い。
あっ、ダンさんのやり方に文句を言われたと思ったのよね、実際文句だったし。
「ガーラ、素人が口だしてごめん」
「え、いいえ! あの怒ってるわけとかじゃなくてですね」
今度はガーラが慌て始める。
「うん、それも含めてごめんって所。ほら、私何にも知らないから……」
「……エルンさんって貴族さんですよね」
「一応は、なんで?」
「い、いえ……貴族の方は謝らないって言いますので」
「一部そういう人もいるけど、悪いと思ったら私は謝るわよ」
ガーラが目を見開いている、ちょっと照れくさい。
「ってか、ダンさんだけ戦っているけど。全部倒しそうね」
「はっ!? こうしちゃおられません。私もいきます」
右側のガーラが私から飛び降りると、ディーオの剣をスノーボードみたいにして崖を降りていった。
丈夫な剣でよかった……借り物だし。
二人とも凄いわね……。
たぶん、このスーツ着ていれば崖ぐらい平気なんでしょうけど。高さは数十メートル。
飛びたくは無い。
ほら、ペンギンは飛ばないし。
なのでぐるっと見渡すと、坂道があったのでそこから迂回する。
坂道の途中にもゆきぽよぽよが登って来ている、二人の魔の手から本能が動いたか。
それをペタペタと足で払いのけた。うん、ノエが見たらおじょうさまはしたないですって言いそうだ。
私と合流する頃には、崖下のゆきぽよぽよは殲滅されていて、それを食べる魔物数対も丁度倒した所だった。
その間にシュミレーションする。
温泉はでかい、三十人ほどは入れるだろう。
後欲しいのは脱衣所。
崖の上から覗き放題だから、湯船に関しては邪道のタオルを持ち込み可にするか。
風呂上りの飲み物も欲しい。
珈琲牛乳が定番というけど、私としてはキンキンに冷えたビールか湯船に浮かべた日本酒が欲しい。
でも日本酒はないからなぁ、そもそも日本がないし。
蒸留酒というのがそれに近いから……。
私の手を誰かに引っ張られる、みるとガーラだ。
「なに?」
「ええっと……ゆきぽよの事を考えていただけると……その、温泉からお酒の話になったあたりから駄々漏れです」
「………………大丈夫大丈夫。解決するわよ…………ディーオが」
うう、最初に会った時には警戒心強くて、次に会った時には尊敬の目で見てくれたガーラの眼差しが白く見える。
ダンさんが、即席で土をならす棒を作ってくれた。
アルファベットのTににたモップみたいな物、それをつかって残骸を小さいほうの温泉へと流す。
私も棒をつかって同じ作業をして行くんだけど……底のほうが何か濁っている。
試しに棒でつっつくとヘドロのような感じで、水面に何があがってくる、そして甘い匂いを辺りに撒き散らした。
「この匂いって……」
「ガーラちょっと来て」
「はい?」
ガーラとダンさんも私の近くに寄ってきた。
私は小さい温泉にいれた棒をぐるぐる回すと、匂いがより濃くなる。
美味しそうな甘い匂い。
「こりゃ…………鳳凰のクソの匂いだな」
ダンさんが、いとも簡単に正解を言った。
しかも、手ですくって飲んだ!
「お爺様!」
「ダンさん!?」
「驚くな、別に人間に害はない。それよりも滋養強壮でよく売れる、なるほどなー。
なんらかの原因でクソがつまり、その成分に釣られてゆきぽよぽよが発生したのか」
「え、やだ……じゃぁなにここって鳳凰のトイレ?」
いくら温泉でも、トイレに入る趣味はない。
ってか、トイレだったら鳳凰を焼き鳥にしたくなる、私の温泉への思いを踏みにじるとは、たかが鳥の癖に!
「他の温泉は平気じゃろ、一応見てくるがな」
ダンさんが他の温泉へ確認している間に、小さい温泉の周りにゆきぽよぽよが群がってくる。
「あーもう、きりがないわね!」
私とガーラはその処理に一日を追われた。




