109 天才錬金術師
ゴシゴシゴシゴシ。
キュキュ。
トントントントン。
別に料理をしているわけじゃない。
場所はナナの工房で、私は磨きに使った布を置いて背伸びをする。
「エルンさーん、こっち五枚終わりました」
「早いわね、私まだ一枚の半分よ」
磨かれたプレートを見て溜め息をつく。
コタロウを迎えにいってから、既に十日はたっており季節は冬に差しかかろうとしていた。
コタロウは一度戻るでござると言って、ガーランドへ戻っていった。
次にくる時は人と亜人を数人連れてくるでござるよと、言っていたような?
こっちはこっちで忙しくなり、冒険者カードの製作をしてくれる職人を探すもそう簡単にはいなく、こうしてナナと手作業である。
研磨石と中和剤を混ぜた物を使ってゴシゴシゴシゴシと磨く。
地味な作業であるけど、悪くは無いわね。
なんせ失敗してもナナが旨くサポートしてくれるし。
「嬉しいです!」
「何が?」
私は手を止めてナナをみる、ナナは少し赤い顔をしながら私を見ていた。
「エルンさんと共同で物を作るって、錬金術師をしていてよかったと思っています」
「大げさね……これ、機械で出来ないかしらね?」
大量生産よ大量生産。
別に物を作るのが嫌いってわけじゃないのよ、ゲームもしてたし。
ただ、あれってボタン一つじゃない。
数が増えたら二人じゃ追いつかないし。
「機械ですか…………何かミーナさんと同じ事いいますね」
コンコンとドアノッカーの音が聞こえた。
ナナが立ち上がり扉を開けると、熊の手の主人ブルックスが紙袋を持って立っていた。
「よう、未来のギルドマスター元気そうだな」
「嫌味かしら」
「ああ、嫌味だ」
にこりと笑うブルックスは、手土産といって果物の袋をナナへと押し付ける。
言葉では嫌味と言っているが、そんなそぶりは一切ない。
ブルックス流の冗談だ。
ナナにどうぞと言われると、工房に入って来て直に、大釜の火で暖を取り始めた。
「寒い寒いっと、ああそうだ。手頃な物件押さえておいたぞ」
「何から何まで世話かけるわね」
「まったくだ。と、言いたい所であるが、利益はこっちにもあるんだ問題ねえよ。
誰かか作るだろうと思っていたしな、これでこっちも少しは楽になる」
そう、この国に別にギルドが無かったのは必要なかったのもある。
ブルックスの熊の手が、それと同様の事をしていただけで、仕事は酒場の中で酒と一緒に個人で交わされる。
私が最初に冒険に行ったのもブルックスの手配があってのこそだ。
今回はギルドの場所と、冒険者が泊まれる宿やゲストハウスなどの手配をしてもらった。
食事は近隣で取るというのでブルックスの店も儲かる。
と、いう触れ込みで周りの商店を抱き込んだ。
ギルドでは酒場で持て余していた仕事や、酒場では頼めない簡単な仕事などを扱う予定になる。
私の錬金術アイテムの素材採取もその中にはいるらしい。
もちろん、子供にお金が入るようにする仕組みだ。
あまったら学園で買い取る事も出来るし。
「しかし、何時来ても綺麗な工房だな。うちのソフィーネも褒めてたぜ。
『ブルックスももう少し見習って掃除してよ』ってな」
「そ、そうね」
綺麗なのは仕事場だけであって、寝室などは足の踏み場も無いのは黙っておく。
ナナが調理場から戻ってきた。
「ホットブランデーです、暖まりますよ」
レア度☆☆
ブランデーのお湯割り。
暖めたカップにブランデーをいれ、三倍ほどのお湯で割る。
体内を暖める効果があり、ぐっすり眠れる。
だっけかな、うろ覚えの効果を頭の中で思い出す。
やっぱり、錬金術というより料理よね。
今作っているカードは鍛冶だし……。
「旨いな……こんな旨いのは久々に飲んだ。高い酒か?」
「隠し味に水の中和剤をいれたんですよ」
飲んでいたブルックスが咳き込み始めた。
あ、やっぱ錬金術アイテムだわ。
普通の料理には中和剤なんていれないもの。
「おいおいおいおい…………」
「大丈夫です、錬金術師中級家庭版の本に載っていたので」
「あら、本当に美味しいわね。気にしたらだめよ」
「いや、よく飲めるな……しかしそれもそうか……」
暫く三人であれこれと話す。
ナナの工房に掛けられている時計の鐘が鳴った。
「おっと、あまりサボるとソフィーネが怒るからな」
「うわーノロケご馳走様」
嫌だったら、早く結婚するんだなと、余計な事をいって帰っていく。
結婚ねぇ……。
「ナナは結婚の予定は?」
「わ、私ですかっ!? 今は恋愛よりも何かを作っているほうが楽しくて……その、エルンさんは、周りに素敵な人多いですけど」
んーー、やっぱりリュートや、わんちゃんカインとのフラグをへし折ったのは私よね。
私が悪行をすればするほど、親密度は上がっていったはずなのに、悪い事したわよね。
よし、墓場まで持っていこう。
ホットブランデーを飲みながら考える。
とは言え、私自身はどうだ。
前にも言っているけどリュートやカインは、恋人というよりは弟。
ディーオは教師というよりは男友達に近い、まぁその無くはないわねと思うけど、まだないわね。
と、なると。
『拙者の事を呼んだでござるか?』
脳内で子豚が喋った。
「なわけあるかあああああああああ」
「ひいいい、エ、エルンさんっ!」
気づけばミスリルの板を割っていた。
さすがのエルンさんも激オコよ、怒りの力って凄いわね。
「あ、あのー」
「何?」
「そのネックレス見せてもらっても……」
「え、これ?」
ネックレスというのは、賢者の石。
指輪にすると周りが煩そうだし、手洗いで流される心配があるから首にかけているやつだ。
首から外してナナに手渡す。
光に透かしたり、中和剤で磨いたり。
突然走り出すと二階へといった、直に衣類をもって降りて来た。
ちょっと匂う衣類を大釜へ入れると賢者の石も一緒にいれる。
あら不思議、濁っていた水が透明に衣類も真っ白だわ!
「って、そこまで許可してないんだけど……」
「はっ! ご、ごめんなさい! 直にっ」
煮えたお湯に手を突っ込んだ。
ちょ! 腕が真っ赤になっている、火傷だ。
◇◇◇
私とナナはお互いに、深い溜め息をだす。
火傷したナナを直すのにエリクサーを使ったり、大事な物をすみませんでしたと謝られたり、それよりも火傷のほうが心配よ! と怒ったり。
「落ち着いた?」
「はい、色々すみませんでした」
「こっちも突然ネックレスを大釜に入れるから何かと思ったわ……」
「でも、凄いです。
つけている人の能力を上げてくれる、いえ、少なくとも上げていました。
素材すらわからない…………さすがエルンさんです!
こんなのを作れるだなんて……」
「え、いや」
「私は周りから天才と呼ばれ、うぬぼれていたかもしれません……」
「いや、だからね。おーい」
「私も錬金術師です! きっと同じのを、作って――」
私はナナの誤解を解くのにこの後、数時間かかった。




