表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/66

第三十四.五話 抜かりない男たち


「結局、逃げられてしまったな」


 ばさり、とデスクの上に新聞を放り投げ、背凭れに身を鎮めた。

 私のデスクに寄り掛かっていたアルフォンスが首を捻って振り返る。


「だねぇ。本当にどこから逃げ出したんだろ……」


『フォルティスに逃げ込んだという情報は、本当なんだろうか?』


 カドックが訝しむように眉を寄せる。その唇の動きを目で追いながら、私は、何とも言えないな、と肩を竦める。


「だが、向こうでわざわざこんな騒ぎを起こしたんだ。クレアシオンから逃げ出したことを我々に知らしめたかったという狙いも間違いなくあるだろう」


 視線を向けた先の新聞紙の一面に「黒い蠍、フォルティス皇国皇都・アウダークスにて皇太子ご夫妻暗殺未遂」という見出しが躍り、アクラブによく似た男と思われる暗殺者が率いる一団が皇宮に侵入し、皇太子夫妻を襲ったというものだ。近衛がすぐに対応し、腕を切られただけで済んだらしいが、真偽のほどは定かではないし、その目的も分からないが、アクラブはわざと自分の存在が他国に既にあることをこちらに知らせて来たのだ。

 それにマリオが、アクラブは間違いなく既に国外に出ていて、おそらく現在はフォルティス皇国のどこかに潜伏中という情報を掴んで来た。

 フォルティスは、現皇帝とこの暗殺されかけら皇太子との間でし烈な派閥争いが巻き起こっている。アクラブはおそらく皇帝派に属していて、クレアシオンからあれを逃がしたのもフォルティスの者で、あれを匿っているのもフォルティスだと考えれば不思議ではない。フォルティスの皇帝は、独裁者で苛烈な政策を敷き、民を自分の玩具くらいにしか思っていないのだ。国民を我が子と称して愛するクレアシオン王家とは真逆の存在である。


「……黒い蠍は、数か国を股に掛ける犯罪組織だ。そう簡単には捕まえられないのかもな」


「あの時、殺しちゃえばよかったのに」


「殺したら殺したでお前怒るだろ。手加減するのは難しいんだ」


 アルフォンスは、そりゃあ怒るよ、とケラケラと笑う。

 殺すよりも殺さないようにするというのが実は一番難しい。相手が雑魚ならそれも可能だが、アクラブぐらいの実力者だと殺す勢いで挑まなければ逆にこちらが死ぬ。


「そういえば、もう一か月が経つけどうちの従兄殿はどう?」


「ここ三日、漸くベッドから起き上がって車椅子だが屋敷の中や庭を散歩できるようになったぞ……未だにリリアーナとセディにあーんをしてもらっているが」


「その辺は抜かりないよね、流石、僕の従兄」


 あははと笑ってアルフォンスがデスクから体を放し、私を振り返る。

 私は胡乱な目で彼を見上げて口を開く。


「最近、あの糞爺は自分のことをリリアーナになんと呼ばせているか知っているか?」


「知らないけど? 最近、忙しくてリリィちゃんにもセディにも全く会えてないもん。ねえ、カドック」


 カドックがぶんぶんと首を縦に振る。


「……あの糞爺は、リリアーナに自分のことを「お父様」と呼ばせているんだぞ」


 アルフォンスとカドックが顔を見合せ、目を瞬かせた。


「髪の色がイスターシャ夫人と同じでまるで娘のようだとか、娘がいると長生きできるとか、いけしゃあしゃあと宣って、お父様と呼ばれているんだ!」


「流石僕の従兄だ!! 抜かりないね!!」


 あははははと笑いながらアルフォンスが拍手をする。


「私の愛しいリリアーナは、優しくて純粋で可愛くて、ちょっと天然だからすっかり同情して公爵を「お父様」と呼んでいるんだ! セディに至っては「おじ様」がいつの間にか「おじい様」になってたんだぞ! リリアーナに至っては実父が本当にクソだから、本人は隠しているつもりらしいが嬉しそうにお父様って呼んでるんだっ! 止められるか!? そんなことが出来る訳ない! だってリリアーナが可愛い!!」


「あはははははっ! ひー、むりっ、もうむりぃ!」


 バシバシとデスクを叩きながらアルフォンスが腹を抱えて笑っている。カドックも片手で口元を覆ってそっぽを向いているが全身が震えているんだから笑っているのは明白だ。

 アルフォンスは、父よりもその兄である伯父に似ている。そして公爵も父親似。そうなるとこの二人は必然的に、よく似ているのだ。中身が特に。

 最初は、私だってストールに抱き縋って泣いた公爵の姿を知っているので、寂しいのだろうと思ったし、それで公爵が生きる希望が持てるのならと、リリアーナも嬉しそうだったので黙認したが、あの爺は確かに寂しさもあるだろうが半分は私で遊んでいる気がするのだ。ヤキモキしている私を揶揄って遊んでいるのが、最近はひしひしと伝わってくるのである。そして、私を揶揄って遊んでいる時の顔は、私で遊ぶ時のアルフォンスそっくりだ。

 エルサやアリアナは「奥様が幸せそうなら何よりでございます」と止める気配はないしジェームズたちも「旦那様が幸せそうで何より」と全く止める気配がない。


「まあまあ、それよりも一週間後の仕度は整ったの?」


 目じりに溜まった涙をぬぐいながらアルフォンスが話を変える。


「大体な。一番重要なものが今日出来上がったから、フレデリックに受け取りに行ってもらっている」


「道理で紅茶が出て来ない訳だ。フレディの紅茶美味しいんだよねぇ」


『アル、そろそろ戻って仕事の時間だ』


 カドックが時計を見ながら言った。


「ちぇっ、休憩もう終わりか。じゃあ、また夕方の会議で」


「ああ」


 ひらりと手を振って踵を返したアルフォンスに手を上げて返し、彼の背を見送った。

一人になった部屋で私はぐっと伸びをする。今日は朝からずっと書類仕事で背中の筋肉が凝り固まってしまった気がする。ぐりぐりと肩を押さえながら首を回して、息を吐き出す。


「さて、もう一仕事するか。今日こそ二人と夕食を取る」


 そう決意して、私は万年筆へと手を伸ばしたのだった。











「もうすっかり秋ですね、お父様」


「ああ、そうだね」


 今日もお可愛らしい奥様は、お庭を一望するテラスで公爵様とのんびりとお茶を楽しんでおられます。

 セドリック様は「姉様にぴったりのお花を見つけて来る!」とジャマルを探して、アリアナと共にお庭のどこかにいます。時折、はしゃぐ声が聞こえてきますので、楽しそうなのが伝わってきます。

 公爵様は、今日は日向ぼっこも兼ねて奥様と午後のお茶の時間をご一緒されております。最初はどうなることかと思いましたし、万が一、死にやがったらあの世から連れ戻して来て奥様に土下座させようと決めておりましたが、公爵様はどうにか持ち直して、最近はベッドから起き上がり車椅子で屋敷の中やお庭をお散歩できるようになりました。

 そして、何時の間にやら奥様に「お父様」と呼ばれて慕われるようになり、セドリック様には「おじい様」と呼ばれて彼を孫のように甘やかす公爵様は、流石としか言いようがありません。流石はあのアルフォンス様のご血縁。お仕事がお早いです。

 私共も最初は、奥様が無理をして呼んでいるのではと思ったのですが、実の父とは縁の薄かった奥様は優しい公爵様に理想の「お父様」とみているようで、嬉しそうにくすぐったそうにしているので、私は一切文句は御座いません。奥様が幸せならそれが一番で御座いますから。

 旦那様ですか? 旦那様はヤキモキしておられるようですが、奥様が可愛いので何も言えないご様子です。

根がアルフォンス様に似ていらっしゃる公爵様がフレデリックと話しをしているとちらちらと不安そうに見ているのですが、それを公爵様とフレデリックが面白がっておられることに旦那様はいつ気付くでしょうか。


「セディは、どうだい? まだ夜になると泣くのかい?」


「いえ、毎夜ではなくなっては来ているのですが……侯爵家に来たばかりの頃も夜中に起きては泣くことが間々あったのですが、以前よりも酷くなってしまった気がします」


 奥様がお辛そうに眉を下げました。

 あの事件から一か月、セドリック様にとって姉夫婦が誘拐され、大好きな義兄上がボロボロになって帰ってきたと言う事実は、幼いお心にはあまりに衝撃が強かったのでしょう。事件から暫くは奥様や旦那様から絶対に離れようとしませんでしたし、そろそろ一人で眠れるかもしれないと私とアリアナに秘密だよと言いながらも教えて下さっていたのが嘘のようにセドリック様は、お二人から離れるのを不安がるようになってしまわれました。


「私だってこうして起き上がるまでに一か月もかかってしまった。だが私の場合は毒と切り傷でそれはモーガンの治療と薬でどうとでもなるが、心の傷はそうはいかない。だが、毎夜ではなくなったということは少しずつだが癒えている証拠だ」


「そう、でしょうか」


「ああ。リリアーナとウィリアム君が笑っていれば、セディはそれだけで安心して過ごすことが出来る。二人が抱き締めてくれるだけでどれだけ不安で涙が出ようと安心して眠れるということは彼にとって、とても幸福なことなんだよ」


 公爵様がぎこちなく伸ばした右手で、奥様の髪をあやすようにそっと撫でました。

 奥様が銀色の眼差しで公爵様を見上げます。

 そこには不安がありありと浮かんでいて、それを見つけた公爵様は仕方の無い子だと言うように優しく微笑みました。


「ほら、あの子の笑顔を見てごらん。君とウィリアム君の愛情が間違っている訳が無い」


「姉様!」


 聞こえてきた声に振り返れば、コスモスの花束を作ってもらったセドリック様が、嬉しそうにこちらに走ってきます。

 階段を上がりこちらまでやって来ると奥様に小さな花束を渡しました。

 濃いピンク、淡いピンク、白のコスモスの花が束ねられた小さな花束を奥様は嬉しそうに受け取ります。


「僕が選んでジャマルが切ってくれたんだよ」


「セディが選んでくれたの?」


 うん、とセドリック様は元気に頷きます。


「本当はね、姉様の好きな青のお花が良かったんだけど、ジャマルが青のお花は今はないですよって教えてくれたから、姉様が次に好きなピンクのお花にしたの」


「色々と考えてくれたのね、ふふっ、とても嬉しいです」


 奥様が言葉通り、嬉しそうに微笑むとセドリック様もますます笑みを深められました。


「セディ、リリィは青い色が好きなのかね」


「はい! だってね、義兄上の瞳の色だから!」


「セ、セディ!」


 純粋に素直に答えたセドリック様に、奥様が頬を赤くして慌てます。

 公爵様は訳知り顔で、そうかそうか、と可笑しそうに笑っておられます。


「私も紫色が一番好きだよ。私の愛しい奥さんの瞳の色だからね」


「僕も紫です!」


 その返事に笑みを深めた公爵様が、おいで、と手招きすればセドリック様は奥様と公爵様の間へ移動しました。


「セディの好きな色は何色なんだい?」


「僕も青が好きです! 僕はいつか義兄上みたいな強くて格好いい騎士様になって、義兄上と一緒に姉様を護るんです!」


「まあ、セディ。私を護ってくれるの?」


 奥様が驚きながらも、嬉しそうに笑って尋ねます。


「うん。僕は姉様が一番好きだから、姉様を護ってあげます!」


 無邪気に笑うセドリック様に奥様は眩しそうに目を細めて、腕を広げました。セドリック様は嬉しそうにその腕の中に飛び込みます。母親に甘えるように奥様に甘えるセドリック様に公爵様も、そして私たちも自然と笑みがこぼれてしまいます。

 色々とありましたが、秋も深まる今日この頃は、侯爵家はとても平和で穏やかな時間が流れているのでした。




いつも閲覧、感想、お気に入り登録をありがとうございます!


次のお話で一応の完結になる予定です(あくまで予定)!

ですが明日明後日は作者の都合で更新できませんので、土曜日か日曜日の更新となってしまいます。

少々、お時間頂いてしまいますがお待ちいただければ幸いです!


最後まで楽しんで頂ければ幸いです♪


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ