古龍と聖女候補の少女
リアナの娘を主人公に第二章再開します。
その日、王都の上空に古龍が現れた。
まるで暗雲が空全体に立ち込めてしまったかのような錯覚を覚えるほどの巨大な影。王都の人々は死を覚悟した。
「困ったわねぇ……。どうしてフリード様もランドルフ騎士団長も不在の時にこんな強敵が現れるのかしら」
あまり緊張感なしに、空を見上げているのは私の母であり、現役聖女のリアナ・ディルフィールだった。普段おっとりしている母は、こんな時まで平常運転だ。
「リアナ様!早くお逃げください」
「あら、久しぶりね。トア様」
「だから……、ああもう!相変わらず緊張感のない人ですね」
暗黒騎士として活躍中のトア様は、闇の魔力の有用性を大陸全土に知らしめたすごい人だ。
私もとても尊敬している。でも、トア様はお母様の前だといつもの冷静沈着さを失ってしまうようだ。面白い人だと思う。
「そうね……。でも、聖女としてさすがに王都を守らないわけにはいかないわ。悪いけれど、フォリアを連れて避難してくれる?」
「お母様……お母様も一緒に逃げましょう?」
不安になった私は、母のドレスの裾を引く。
そんな私に、母はやさしく笑いかけた。
「それは出来ないの。私は聖女で、この王都にはとても大事な人たちがたくさんいるから。それにここで逃げたら、あの人にも顔向けできないわ」
あの人って誰……?
「大丈夫、少しの間だけ凌げれば、お父様が助けに来てくれるわ。だからそれまで、トア様と一緒に安全なところで待っていて」
お母様の力になりたくても、私はまだ7歳。何の力にもなれないのだと現実を突きつけられる。
その時、王国全体が揺らいだのではないかと思うほどの地響きでバランスを崩す。
「リアナ様……必ずフォリア様はお守りいたします」
「ええ、頼んだわ」
美しい母の後姿は、娘である私でさえ見惚れてしまうほどだった。
母は、私の年には世界樹の塔に一人で籠って聖女としての修行を始めたらしい。私も聖女の塔にこもろうとしたのに、父にも母にも、さらにはランドルフ騎士団長まで登場して止められてしまった。
抱き上げられて走り出したトア様の美しい銀の髪に一瞬目を奪われる。
「私、走れます」
「この方が速いですから」
「ちょっと、荷物みたいじゃないですか」
「この方が速いので」
なんだか話がかみ合っているのかかみ合っていないのかわからない。
わからないけれど、トア様が本気で走ってくれているのがわかるから、私は黙って口をつぐんだ。
その時、ひと際大きな地響きが起こる。
「――――なぜ」
呆然とトア様が呟いた。私は後ろ向きに肩に担がれている状態なので、前を見ることができない。
『お前か……他の世界からの魂を継ぎ、他の世界からの血を継ぐものと共にある運命の娘は』
何かが話しかけてくる。でも、声を出す度に地面がそれに合わせて揺れるなんて、絶対に普通の人じゃない!
「リアナ様のところに戻ってください。俺が時間を稼ぎますから」
私を降ろしたトア様が、剣を抜いたことに気が付く。でも、どう考えてもこの声の主相手に時間を稼ごうなんて無謀すぎると思う。いくらトア様が強いからって。
私はクルリと声の主の方を向いた。
「あなたが用事があるのは私だけですよね?」
『そうだ。お前たちが再び世界の理をゆがめてしまうのを黙って見ているわけにはいかないからな』
お前たちが、私と誰を指すのかなんて全く分からないけれど、私だけに用事があると言うなら。
「私はどうすればいいんですか」
『お前が彼の者とともにあることを避けられればそれで良い』
「じゃあ、連れて行ってください」
トア様が、剣を構えて私の目の前に立ちふさがる。やめて欲しい。お願いだから。
「トア様!やめてください!」
誰も傷つかないで欲しい。
そう願った瞬間、私の周りを七色の光が取り囲んだ。トア様が動きを止める。
トア様のこと、大好きだ。めんどくさそうな態度をしていても、いつも私と遊んでくれたし、絶対お土産買ってきてくれるし。そしてカッコいい。
大きなドラゴンが手を私に差しのべる。
私がその手を取ろうとしたときに、紫色の光が世界を包み込んだ。
「だめだよ。ボクの大事なものに手を出したら」
振り返ると、私と同い年くらいの美しいアイスブルーの髪をした少女が後ろに立っていた。
「あなた……誰ですか」
「――――はあ。表に出る気なかったんだけど。キミなんでこんなの呼び寄せているの」
なぜだろう。たぶん大きなドラゴンが、魂と言っていた部分がひどく引き付けられる。たぶんその血に。
大きなドラゴンが『お前さえいなければ!』と言って、なぜかアイスブルーのツインテールの髪と瞳をした少女にむかって忌々しそうに声をあげる。
「そうだね。ボクがいなければ呪いも魔法も生まれなかった。たぶん人がここまで発展することもなかった。キミたちにとって邪魔だよね」
その手に集まる美しい紫色の魔力。それが徐々に闇を帯びて、大きなドラゴンに負けないくらいの黒いドラゴンの形になっていく。
「でも、ボクの大事な観察対象を危険にさらした理由にはならない」
さっきの地響きよりも大きく地面が揺れる。目を開けた瞬間、大きなドラゴンは姿を消していた。
「フォリア!」
お母様の声が聞こえる。大好きなお母様。
「……ミルフェルト様?」
「リアナ……このまま去ろうと思ったのに」
私は思わず目をこする。さっき可愛い女の子がいた場所に、今立っているのはアイスブルーの色彩が美しい、信じられないほどにカッコいい男の人だった。
「えっ。うそ、ツインテールの尊いその姿、今もできたんですか?!」
「いや、キミの娘の前でこんな魔法使ったら、興味示すに決まってるから仮の姿を。まあ、キミに見られたらすぐ解けちゃうよこんな幻影」
「えっ。もったいない」
「……本当にぶれないよね。リアナは」
なんだかあきれたように母と話している男性は、ミルフェルト様というらしい。
どうしよう、どうにもこうにも目を離すことができない。なんでだろう。
私は心臓が苦しくなる、この初めての感覚に戸惑いを隠せなかった。




