書架の奥 兄の真実
まだ、事後処理があると言う兄と別れて、記憶を思い出してからは数回しか来ていない、ディルフィール公爵家の図書室に入る。
我が家ながらなかなかの蔵書だ。順番に気になる本を手に取っていく。そして一番奥の書架にたどり着いた時、なぜかここに何かがあるような不思議な感覚を覚えた。
たぶん、この部分には魔法がかけられている。そっと手を触れると、棚の奥に隠されていた空間に一枚の紙が置かれていた。
「もしかして家系図……?」
それは、ディフィール公爵家の家系図だった。祖父や父の名前がある。そして、所々赤い線で消された名前があった。父の兄にあたるカディス・ディルフィールの名前にも赤い線が引かれている。
父の兄は王家の呪いをその身に受けて、18歳で死んだと聞いている。そして、私の名前は父と母の下に。兄の名前は、カディス・ディルフィールの下に。カディスの妻の名前は、ミディア・ディルフィールと記されていた。
「この線、長男だけに引かれている」
このことから、事実が浮かび上がる。
王家の呪いによって、何度もディルフィール公爵家の長男は18歳で死を迎えている。
――――そして、やはり私の兄ではなかった。
「……伯父様は呪いで死ぬ前に、お兄様を遺していたということ?」
その時、静寂に包まれていた図書室の扉が開く音と、静かな足音が聞こえた。
「……リアナ。ここにいたのか」
「……お兄様」
「ああ、それ見たんだね」
長い時間、家系図を眺めていたのかもしれない。兄は事後処理から帰って来たらしい。後ろから声をかけられて、心臓がドキリと音を立てた。
兄と本当の兄妹ではなかったことは、兄と初めて会った時の記憶を思い出してから理解しているつもりだった。でも、こんな風に証拠を突き付けられれば、やはり動揺してしまう。
「リアナ?」
「お兄様のお父様とお母様は……」
「カディス父上は、死ぬ前に当時聖女候補だった母と出会い愛し合った。母は、隠れて俺のことを生んで育てていたらしい」
「それで……お母様は」
少し寂しそうな兄の表情から、その後の展開はなんとなく予想することができた。きっと、ミディアお母様は……。
「俺が5歳の時に母は病に倒れた。亡くなる直前に今の父上に本当のことを告げて俺を預けたんだよ」
幼い頃、初めて出会った兄の冷たいと感じた瞳。おそらく悲しみも戸惑いもその中に隠されていた。私は思わず兄に抱き着いていた。
「心配してくれるの?リアナ……。でもさ、リアナは覚えていないと思うけど、俺の前で転んだ時に初めて抱き着いてきただろ?あの時、もうリアナに救ってもらったから」
私だって、今はそのことをちゃんと思い出すことができる。兄が初めて笑ってくれたことが、とてもうれしかったから。
前の世界の記憶を思い出した後、たぶん膨大なもう一人分の記憶の中に埋もれてしまったけれど、でも私が兄を大好きになったのはきっとその瞬間からなのだから。
兄が賢者の石を手元に持って握りしめる。ミルフェルト様に預けていた石は、なぜか今は兄が持っているようだ。七色の光が、少し薄暗い図書室の中で、キラキラと零れ落ちるように輝いている。
「最近、調べれば調べるほど疑問に思うんだ。呪いってみんな言うけれど……本当に呪いなのかな」
「――お兄様?」
「トアの魔力と呪いの蔦は似ているんだろう?それなら、呪いなのではなく竜と呼ばれるほどの存在が持っていた魔力が制御できていないんじゃないかと思うんだ」
「制御……できていない」
ミルフェルト様は、魔力量はとても高い。それにディオ様だって規格外だ。ミルフェルト様とディオ様ですら制御できない闇の魔力が、世界樹に影響を与えているのだとしたら。
――――世界樹の滴と、竜の血石が融合して賢者の石ができた。
「では、お兄様……もしも、世界樹に絡む闇の魔力をすべて制御することができたら」
「おそらく。二つの力は賢者の石ができたように、本当は幸せを呼ぶはずのものだったのかもしれない」
私の中の、呪いと思っていた蔦。ああ、ミルフェルト様の魔力から生まれたのだったわ。それを知ってから、そんなに怖くない。それに、転移者がもたらした闇の魔力だと言うのなら、転生者としてこの世界に来た理由は、それなのかもしれない。
「そういえば、ミルフェルト様のお父様は、呪いを解決するために元の世界に戻ったのでしたね」
「……そして、リアナは違う世界の記憶をもって生まれたのかもしれないな」
気がついたら、兄に抱きしめられたまま会話しているというこの状況。誰か説明してほしい。
「お兄様……」
離れようと身じろぎしたら、苦しいくらい強く抱きしめられた。
「リアナだけがあの時から暖かい太陽みたいに俺の心を照らしてくれた。だから、避けられても、忘れられてしまうのが嫌で、送り返されないのをいいことにたくさんの贈り物を届けて……。我ながら情けないと思っていた」
「お兄様……」
大好きだったのに。破滅したくないばかりに、大好きな兄を傷つけていたことに私は気が付かなかった。自分の事ばかりだった……。
「俺は最低な人間だ。リアナが、18歳で破滅する運命だと泣いていたあの日。心のどこかで嬉しいと思ってしまった。これで、一緒にいることができると」
そうつぶやいて、兄は私からそっと離れた。
「リアナが思ってくれているような兄でいたくて努力したけど、本当の俺は弱くて、情けなくて、ずるい人間だ。」
「お兄様が、こんなにかわいい人だって知りませんでした」
いつも頼りにしていた完璧な兄。発言だけは時々情けないところもあるけれど、自分が辛いことを人に見せないあなたのこんな言葉、私にとっては嬉しいだけだ。
もしも許されるなら。この先もずっと私のことを必要としてほしい。
「……私も、ずいぶんずるい人間みたいです」
「え?リアナ……?!」
私は背伸びして、その首元に腕を絡めて兄の頬にキスをする。
これはまだ、親愛のキスだ。
そう理由をつけても、もし私が18歳の破滅から逃れられなかったら、これが兄の心をますます縛り付けてしまうような気がする。
私はずるい。それでも、私のことを思い出してほしいなんて。
兄が頬を押さえて、呆然としたようにこちらを見ている。
自分からはぐいぐい来るくせに、逆にされるとそんな表情をする可愛い兄のことを、私は本当に大好きだと思った。
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