12
『少将、この先にある食堂がこの町で一番美味しいらしいですよ』
『この田舎で美味い飯屋があるのは救いだな』
『ええ。あとはまともな魔道具屋があれば助かるんですが、望みが薄そうで……』
『報告ではこの町の魔道具屋は後一軒だったな』
『はい。後で行く魔道具屋が一番評判が良いようです。値段は高めらしいですが、質も良いらしいです。使いやすい魔法陣や魔法薬も扱っていると言われているようで。ただ、田舎ですからね。前二軒のように、我々から見たらどうか分かりません』
『質のいい魔法薬があるといいけどな。実際に見てみたら分かることだ。だが、従軍薬師では薬作りが追いつかなくて薬を切らす可能性が懸念されている。効き目を確認した上で、使えそうなら軍に売ってくれるか交渉しよう』
『分かりました。あ、今ローブ姿の人が出てきた店がその魔道具屋です』
『分かった(ローブ、あぁ、あの子か。……ん?…………っ!)』
『少将?どうされました?』
『い、いや。なんでもない。とりあえず食事を先に済まそう』
「――ということがあった。すれ違った一瞬顔が見えただけだけど、可愛いなって、つい立ち止まって振り返ったからね。あの時は」
まさか、あの食堂よりも前にリシャールに見られていたとは思わず、ルアルは複雑な気持ちになった。
「あ!もちろんそれだけじゃないよ?同じ力を持っていることに気づいたあの食堂で、俺はルアルの心の声に惚れた」
「……声?」
「あの時、駐留軍をよく思っていない客が大きな声で話していただろ」
「うん」
「あの店にいた客もどちらかと言えば否定的で。この地域は元々隣国が実効支配していた場所らしいな。だからか、考え方も保守的で。現在のこの国とも俺の国とも、軍に対する反応が違った。軍に対して否定的な心の声を聞くのは慣れているけど、やっぱり虚しくなる時もあるんだ。こっちは命削って守ってるのになって。だけど、あの時、ルアルの心の声だけは、駐留軍に理解を示して感謝する気持ちが伝わってきた」
(そうだったかな?あの時、自分が何を思ったか覚えていないけど)
「そうなんだよ。それで………………」
ここまでリシャールは目を合わせて話していたのに、言葉を探すかのように視線を下げてしまった。
「……どうしたの?」
「今からちょっと格好悪いこと言うことになる。だから、言うかを迷って」
「よく分からないけど、言いたくないなら言わなくても――」
「いや。これも俺だと知ってもらいたい。実は、ここに来る直前に昇格して今の位に就いたんだ。それで、ここに来たくなかったと思っている部下たちや、俺のことをよく思っていない部下たちをうまくまとめられなくて、少し悩んでいた。そこに来て、町人のあの否定的な意見だろ。……結構、ダメージくらってたんだよ」
「……そう(そんな悩みが……)」
「うん。だけど、ルアルの心の声に救われたし、あんな風に軍人を敬って考えてくれるルアルの心の声に惚れた。絶対いい子だと思った」
「そ、そっか(どう反応したらいいのか……)」
「で、見た目が可愛いなって思った子と、食堂で惚れた心の声の持ち主が同一人物だと分かった時の俺の気持ち。分からないよね?」
「…………」
「同じ力を持つ人と初めての出会い。いいなと思った子も心の声が聞こえる仲間。柄にもなくこれは運命だと思った。なのに、いきなり逃げられて。それで余計気になる存在になった。なぜ逃げたのか?どうして同じ力を持つ俺に興味を示さないのか?ってね」
(だって…………)
「さらにさらに、本当に同じ力なのか確かめるためにここに来た時の対応。得体の知れない訪問者を、ルアルは何の見返りも求めずにすぐに傷の手当てをしてくれた。俺が軍人であることは分かっていたのだろうけど。それでも反射的に行動できるルアルに驚いた。……少しだけ、帰りに請求されるか?とも考えたけど、完全なる善意だった」
「あんな血だらけの人がいたら誰でもそうすると思うけど……」
リシャールはゆるゆると首を振った。
「案外、そうでもないんだよ。相手が俺のように金を持っていそうだと見ると、下心からって奴も少なくない……。それで、初めは興味本位の要素も強かった。(流石に一目惚れでのめり込むほど馬鹿じゃないつもりだったけど……馬鹿なのかもしれなくて……)ルアルのことが知りたいという自分を抑えられなかったのは確かだった。だけど、何よりも本当に同じ力を持っているのか確かめたかった。もしも、同じ力を持っているなら、心に抱える痛みを理解し合えるのではないかとも思った。何より、ずっと一人だと思っていたけどそうではなかったという喜びが大きかった」
「……うん」
「実際にルアルと接してみて、話して、心の声を聞いて、俺とは全然違うことが分かった」
「えっ……そうなの?」
「うん。同じ力を持っていても、ルアルは綺麗だった」
「ん?」
「心が穢れていない。俺の心とは違う……辛い過去を持っているようだけど、それでも心は綺麗なまま。俺と関わることで穢してしまうのではないかと思う一方で、同じ力を持っていても綺麗なままのルアルに強烈に惹かれた。俺のために泣いてくれたあの時の涙は綺麗だった」
「…………」
「俺の人生にやっと幸福な奇跡が起こったと思った。俺自身は特に神を信じていないけど、ルアルと出会えたことは神に感謝したね。…………なんだかんだと理由を言ったけど、理屈じゃないんだよ。この気持ちは。この二ヶ月、ずっとルアルに会いたかった。顔を見たかった。話したかった。触れたかった」
ルアルは背中に壁を感じた。
玄関先で話し出したのに、話しながらじわじわと距離を詰めてくるリシャール。
じっと見つめてくる真剣な瞳から視線が外せない。
「ルアルも同じ気持ちじゃない?」
「わた、私は一目惚れなんてしていない……」
「うん。そこも同じだったら嬉しかったけど。会いたいと思ってくれていたんだよね?会いに来てほしいって」
「そんなこと……」
「んー?嘘ついちゃうの?微かに聞こえていたからね。ルアルが俺のことを考えていたの」
「え!?そ、そんな近くに居たの!?」
「あ。ごめん、言ってなかったけど俺は集中したら結構遠くの声まで拾えるんだ。仕事上便利な力だから鍛えられた(……親が俺の力を利用するために鍛えさせられたとも言うけど)」
(……鍛えさせられた…………?)
ルアルの父親はルアルを化け物と言い隠そうとしたが、リシャールの親は使おうとした――――ルアルは、(それもきっと辛いことだ……)と一瞬で苦しみに襲われた。
赤くしていた顔が泣きそうな顔に変わっていく。
「ルアル、君はやっぱり心が美しい」
「……え?」
「だって、今は俺の告白中だよ?思わず呟いちゃったけど、俺の告白に集中してほしいなぁ。俺は少し遠くても心の声が聞こえるんだよ?素直になって?同じ気持ちだよね?俺たち」
(……ん?)
ルアルが他人の心の声が聞こえる範囲は、割と自分のすぐ近くにいる人の声だけ。
だから、リシャールも同じだと思いこんでいた。
「(まさか違いがあったなんて。……能力差なのかな?)どれくらいの範囲の声が聞こえるの?」
「ルアルはどれくらいの範囲の声が聞こえる?」
「えっと……多分この小屋の中くらいの範囲。普通に声で話しているのが聞こえるのと同じくらい。近くても物音がうるさかったり、他の心の声が大きいと聞こえないこともあるし」
「それは俺も同じ。何もしていない時は俺も大体ルアルと同じくらいの範囲だよ。集中したらルアルの五倍くらい。特定の人の声なら相手の心の声を聞いたことがあれば十倍くらい遠くにいても拾える」
「そんなに!?私の十倍って、完全に相手の姿が見えなくても拾ってしまうってことじゃない!」
「うん。だから、さっきの声も聞こえていた」
「さっきの?…………あ」
ルアルは先ほど、リシャールはどうしてるんだろうと考えて、会いたいと考えていた。その心の声を聞かれていたことに、ルアルはようやく気づいた。
「そうなの!?やだ!」
「やだって言わないの。会いたいと思ってくれたんだよね?」
「…………」
「ルアルちゃん?会いたかったか会いたくなかったかで言ったら、会いたかったんでしょ?」
「…………うん(会いたかったけど……)」
「声に出して言って?お願い」
「……会いたかった」
「ふはっ。嬉しい!あぁー嬉しいな!こんなに嬉しいんだなぁ」
リシャールは破顔した。
純真無垢な少年のようなリシャールの笑顔を、ルアルは気に入っている。
嬉しそうに笑うリシャールを間近でじっと見つめた。釣られてルアルの口角も上がる。
「…………(リシャール可愛いな)」
「ちょっ……やばい」
「え?」
「俺のこと、好きだよね?」
(好き?好きだけど…………分からない……)
「あれっ?何が分からない?」
「リシャールの言う好きって、それがどういうことか、よく分からない」
ルアルは、十歳くらいから一人になり、そのまま森で一人と一羽で暮らしてきたため、色恋沙汰は疎いどころではなかった。
ルアルの好きは、純真無垢な子供の心のまま。ピッピやアンヌに対しても好きと感じている。
ただ、人の心の声から、好きにも種類があることはなんとなく知っている。
「脈略もなく相手のことを考えていたり、それで会いたいと思ったり。高揚する気持ちばかりではなく、思い通りにならないと少しイライラしてしまったり、落ち込んだりもする、かな」
(……会いたいと思ったり、落ち込んだり……した、かも)
「うん。要するに、恋だよ。恋だと認めてみたら、少し心が温かくなる。それで、なぜだか少し嬉しく感じると思う」
(これが恋……?)
「話は戻るけど、ルアルは俺に会いたいって思う資格あるよ」
「え?資格??」
リシャールが何を言っているか分からなかったが、思い出した。
リシャールが来る前に(会いたい、なんて思う資格ないよね……)と考えていたことを。
それを聞かれてしまったのだろう。
本当に遠くにいても聞こえているのだと知り、ルアルは青くなる。
しかし、確かめたい。
「思う資格……あるの?」
「だって、俺もルアルに会いたい。好きだから」
「リシャールも……(あ。嬉しい……)」
(うっ……はにかみ笑顔が……うぐっ――)
「? どうしたの?」
「ううん。俺たちは両想い!だから余計に嬉しいんだよ」
「……そうなんだ」
「うん!そうなの!嬉しいね!ね!?」
「……うん」
「これから、改めてよろしくね!」
「?なんで?よろしくって何を?」
何をよろしくするのか本気で分からなかったルアルは首を傾げた。
「え!?なんでって……俺たち両想いってことは、お付き合いが始まるわけだし」
「お付き合い?(街ゆく人々が嬉しそうに言っていたり、たまに怒ってたり悲しんでいるやつ?)」
「それそれ!」
「……何するの?」
「え。んー、そうだな……一緒に食事をしたり沢山話をしたり」
「? 今までと何が違うの?」
「全然違うよ、気持ちが!一緒に過ごす喜びが違う!それに、デートしたり、(……とか、したり)い、色々あるよ」
「ん?デートと何?急に聞こえなくなった」
「追追!いずれ、教えてあげる。その時がきたら!俺に任せて!?」
「?……うん、分かった」
「とにかく、デートは楽しいことなんだ」
楽しいことだと言われたら、ルアルも興味が出てきた。




