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 一週間後、アンヌに頼まれた特殊な魔法薬を納品に行った。

『二週間後に』と言われたが、リシャールが必要としていると思ったら、じっとしていられなかった。


「ありがとう!予定外の薬なのに、一週間で納品してくれるなんて助かるわ!」

「いえ(この薬が必要なのは本当にリシャールなのか聞きたいけど……)」


 聞くことができずにルアルは魔道具屋を出る。

 いつもなら納品後は食堂で自分では作れない料理を食べることをご褒美としていた。

 しかし、そんな気分になれず、ピッピのクッキーだけ買ったらすぐに帰ってきた。


〈ルアル!早かったな。クッキー買ったか!?〉

「うん。はい」

〈やった!――んまっ!〉

(…………)

〈ん?ルアル?どうかしたのか?メシ食いに行かなかったけど、どうした?〉

「別に。そういう気分じゃなかっただけ」


 食堂に行けば、また聞きたくない噂話が聞こえてくるかもしれない。

 知りたいけど知りたくない。


 ルアルは薬草畑で雑草取りを始めた。

 今までと変わらない生活なのに、寂しく感じる。

 リシャールがこの小屋に来たのだって数回だけなのに。


 ◇


 寒くなってきて静かな朝。

 小屋を出ると空気が澄んでいて冬の訪れを感じる。


(リシャールはどうしてるんだろう……会いたい、なんて思う資格ないよね……)


 リシャールが来なくなってからまだ二カ月くらいしか経っていないのに、もう昔のことのように感じていた。

 温かいお湯を飲みながらぼーっとしていると、ドンドン!とドアを叩く音が響く。


「ひゃ!?(えっ……だ、誰…………)」


 ドアについているカーテンの隙間から覗くと、そこにはリシャールがいた。

 考える間もなく、ルアルは勢いよくドアを開けた。


「なっ!なんで!?」

「うわ!?びっくりした」

「え?(びっくりしたのは私だし。なんで?)」

「だって、そんな勢いよく開くと思わなかったから――ははっ」

(…………何?なんで笑うの?)


 リシャールにはルアルが待ち遠しく思っていてくれたことが伝わっていた。

 待っていてくれたと思うと、嬉しくなって笑い声が漏れてしまう。

 突然笑われたルアルは眉根を寄せていた。


「ごめんごめん。あー、やっと来れたよ!」

「なんで?(今まで来なかったのに、どうして今更……)」

「なんではこっちの台詞だよ。町でなんで逃げたの?事情を説明したかったのに」

(事情って……もしかして結婚のこと?)

「結婚?あ。やっぱり町の噂聞こえた?見舞いに来た領主の娘を見初めて結婚するらしいってやつ」


 盗み聞きしたような後ろめたさに、ルアルは無言で頷いた。


「それ、完全に嘘だから」

「嘘?」

「あ、いや。怪我をして入院していたし、領主の娘が毎日見舞いに来ていたのも、退院してから領主邸に通っているのも本当だけど」

(……噂通りだと思うけど)

「だけど、結婚はデマだから!」

「デマ……(じゃあなんで急に来なくなったんだろう。退院したのに来ないのは、領主の娘さんに気を使っていたからって考えるのが自然だけど)」

「……俺が来なくて寂しかった?」

「えっ?……別に…………」


 図星を突かれたルアルは、悟られないように心に蓋をする。

 だけど、蓋をするのが遅かった。

 リシャールはふっと優しく微笑む。


 その顔を見て、手の届かない胸の奥がむずむずとかゆく感じた。


「説明するから、ちゃんと聞いて」


 リシャールの真剣な表情に、ルアルは無言で頷いた。


「入院していたのは怪我をした位置が悪くて、魔力径路に支障をきたしていたんだ。その治療の為に入院していた。領主の娘は勝手に来ていただけ。俺の部下が対応していたから、俺は初めの一回位しか会っていない。退院後に領主邸に通っているのは、この辺りの警備体制についての話し合いをしてたんだ。領主を駐留軍の施設に呼び出そうとしたら、屋敷に来てほしいとごねられて。屋敷に行ったら行ったで娘と引き合わせたいのか初めのころはのらりくらりされていたが、警備体制の話し合い以外の時間を取るつもりがないことははっきりと伝えてあるよ」

「…………」

「というわけで、二カ月近くここに来られなかったのは魔力径路に支障をきたしていたのが、原因。退院してすぐに来ようとしたけど、なかなか完治しなくて。何度か試したけど一日かけてもこの小屋に辿り着けなかった……。君の魔法陣の凄さを実感したよ。まぁ、だから、早く治して来ようと思ったけど、思うように治らなかったんだ」

「…………」

「だけど、ルアルの薬はよく効くね。ピッピに付けられた傷がすぐに治っていたから薬効が高いのは知っていたけど。内服薬を飲んだら本当にあっという間に治った。正直、ここまでとは思わなかった」

「あ、やっぱり……。(あの薬が必要だったのはリシャールだったんだ)」

「うん。本当は直接頼みたかったんだけど、家に辿り着けないし町でも会わないしね。おまけに偶然会えたと思ったら逃げられるし……」

(…………)

「アンヌさんに頼めばいつかはルアルに伝わるかと思ったけど、人づてだと誤って伝わるかもしれないし、直接説明したかったんだ」

「そう……」

「だけど町では全然会えないし、魔道具屋経由で薬が来るのを待つしか無かったから、予想以上に時間がかかった」


(……内服薬を納品してからも結構時間が経ってるけど)

「それは、すぐに来たかったんだけど、ごめん。隣国からの要請で少し魔獣退治に遠征していた」

「大丈夫だったの?怪我をした直後だったのに」

「うん。ルアルの薬のお陰でね。はぁ……やっと来られた。内服薬をもらう前は、また偶然会えないかと毎日町で君の声が聞こえてこないか耳を澄ませていた」


 ルアルも納品で町に行った時、リシャールの心の声に耳を澄ませていた。

 ルアルの場合はリシャールに会わないようにするためだったが。


(あれ?そう言えば、今日はリシャールの心の声が聞こえてこない)


 元々リシャールはあまり心の声が多いほうではないが、今日は全く聞こえてこない。


「あ、気づいた?実は前からなるべく心の声は出さないようにしていたんだけどね。今日は完全に心の声は出さないようにしてる」

「どうして?」

「心の声を出してもお互い聞こえる。だからこそ、今日はちゃんと声に出して伝えようと思って。それに、心の声聞かれるの恥ずかしいし」

「は?(聞かれるのが恥ずかしいって……なにそれ)」

「今の俺はルアルに聞かれたら恥ずかしい事ばかり言っちゃいそうで――」

「信じられない!あなたがそれを言う!?リシャールだって人の心の声が聞こえるのに?私は何も聞きたくて聞いてる訳じゃないのに!あんまりじゃない!私には聞こえるって分かっているのだから、来なければ良いじゃない!」

「違う違う!そういう意味じゃない!聞いて!!」

「じゃあどういう意味!?」

(あーあ、怒らせちゃった。だけど、怒った顔も可愛いな。それに、ルアルになら怒られるのも悪くない。これからもたまにわざと怒らせようか……。やばいな。俺、変な扉を開けたかも。でも……うん。ルアルにならそれもいいな)

「…………は?(え?何?聞き間違い?)」


 怒りに任せてリシャールを責めると、突然甘い声がルアルの脳内に響いた。

 しかも、言っていることが変態っぽくて少し怖い。


(ははっ。きょとんとしてる。どんな顔しても可愛く見えてしまうな。怒るってことは、俺に遠慮がなくなったってことだろ?だから嬉しいんだ。べ、別に変態的な意味じゃないからね?)

「え?え?な、なに?」

(んー、怪訝な顔されるのはちょっと傷付くかも。やっと会えたっていうのに。やっと……。会いたかったよ)

(…………)

(会いたかった。この二カ月、ルアルに会いたくて夢も見た。現実のルアルは夢と比べ物にならないな。全然違う。やっぱり本物が一番だ)

(…………)

「ね?だから、聞かれるの恥ずかしいって言ったんだ。俺の気持ちまで聞こえてしまうから」

「な、何それ。どういうこと?意味が分からない」


 動揺しているルアルは忙しなく視線を彷徨わせた。

 その様子をリシャールはまっすぐに見つめてくる。


「ルアルのことが気になるってこと。異性として」

「……今までそんな素振りなにも……ただの仲間じゃ……同じ力を持っている」

「うん。ルアルの心の声を聞く限り、俺のことは一切異性として意識されていないなって分かってた。だから、もっと時間をかけて意識してもらおうと思って。それまでは意識的にこういう心の声は出さないようにしていた」

「え、えっと……」

「知られたらそうやって混乱させるのは分かっていたし、自分の気持ちも正直確信を持てていなかったから、隠していた。同じ力を持っている人と初めて出会って、仲間として惹かれるのか、純粋に女性として惹かれているのか……自分でもはっきりしなかったから」

「…………」

「だけど、この二カ月全然会えなくて、会いたくて。ここまで会いたくて、会えないと思わなかった。結婚とかいう噂が流れていることは知っていたから、会えない時間にルアルに誤解されていたら嫌だって、気だけが急いた。リハビリも上手くいかなくて、思うように治らない怪我にもイライラした」

「…………」

「今日、ここに来るまで、一つ一つ魔法陣を解いて行く度に胸が高鳴った。どんどん早く会いたくなって、気づけば走ってた。今日は森に入ってからここまで最短の二十分。これはもう間違いない。だけど……」

「…………」

「本当は……初めて見た時から気になっていた。ルアルに自分と同じ力があると知らない時から分かっていた。はっきりするまで認めないようにしようとしていただけだった」



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