第二十一話 勇者復活!
「姫様…!!よくぞ、御無事で!!」
「私、確か…前勇者に刺されて…。その後、どうしたのかしら…?というか、ノーイ。状況を説明してちょうだい」
『仮死状態だった訳か…。だが…、状況は何一つ変わっておらん。『死の夜』が弱っている以上転移は無理だ』
うーんと唸る吉田魔王様。
その間にも、兵達はパニックを起こしていた。
「うわぁぁぁ!!俺達、どうなっちまうんだ!?」
「死ぬに決まってんだろ!!」
「助けれくれぇ!」
「ええぃっ!煩いっ!仮にも兵士だろう!!」
アンナが叫び、兵士たちがびくりと肩を震わす。
「なぁ…吉田魔王様。魔力魂とノワールの力が無いとして転移は不可能なのか?俺達全員の魔力を合わせてば、もしくは…」
『可能性としては否定できないが、唯、時間がかかる。だが、やらない手はないだろう。皆、とりあえず地下に集まれ』
全ての事情を知り、顔を蒼白にするノワールを、ノーイが抱き抱えて後に続く。
ぞろぞろと、皆部屋を後にし、吉田魔王様を筆頭に地下へ歩み出す。
アンナも部屋を出てこうとし、ふと壁の隅に蹲るカインの姿を見つけた。
「どうした?さっさと行くぞ」
「あぁ…。この猫も連れてってやらないと思ってな。…ほら、もう少しだ。頑張れ」
「……ふん。目に見えて落ち込むな。それが騎士の役目だ。例え、誰が死のうとも…」
「アンナも十分、涙声だ。…お互いさまってことで。さぁ、行こう」
腕の中で苦しそうに呼吸している猫モドキを抱え、カイン達も後に続く。
だが、途中優真の部屋を通り過ぎると、猫モドキはカインの腕から抜け出し、ドアの前へ座る。ドアは固く閉ざされ、入る隙間がないからだろう。
「お前のご主人様はな、もう起きないんだ。…そのくらい分かるだろ」
「フシャァァァ…!」
猫モドキは弱々しく威嚇する。
アンナがカインの肩に手を置き首を振った。
カインはドアを少し開けてり、猫モドキが中へ入るのを見届けると、アンナと共に、地下へ向かった。
地下の都市では国民が不安そうな目で空を見ていた。国民を見張っていたであろう兵達も地面に座り込んでいる。
どうやら、女神の声は城内の地下まで届いていたようだ。
だが、国民は誰もパニックを起こしていないようで、指示を待つように、強い瞳で吉田魔王様を見ている。
そして、一人の体格の良い女性が吉田魔王様の前に立ち、静かに言った。
私達に出来ることはありますか?…と。
吉田魔王様はその女性の瞳を真っ直ぐに見つめ、力強く頷く。そして、全員に聞こえる様な朗々とした力強い声で言った。
『このような事態になって済まない。皆が知っての通り、事は一刻を争う。ノワールが弱っている以上、直ぐに転移することは不可能だ。そして、私一人の力を持ってしても不可能である。
…皆の力を借りたい。この通りだ』
吉田魔王様はその場で土下座した。
「国王様、お顔をお上げ下さい。事は一刻を争うのでしょう?貴方は私達の王。王の決め事に口を挟む市民何てこの国に存在しませんわ。…さぁ、皆!そうと決まればありったけの塗料を運びましょう!」
『ありがとう…』
吉田魔王様は泣きそうな顔で微笑んだ。
国民達は笑顔で返し、吉田魔王様に手を差し延べる。そして、各々の作業に取り掛かった。
「ノーイ、私達もやるわよ。陣の大きさを計算しましょう」
「分かりました」
「アンナ、俺達も運ぶのを手伝おう」
アンナはこくりと頷き、近くにいた女性が運ぶ塗料を半分持って中央へ走っていく。
中央では、既に陣の形成が始まっていた。
…感傷に浸っている暇はない。
カインも、塗料を運ぶ為走り出した。
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「貴女が前勇者様ね?さて、『魔力魂』の回収も終わったことだし、そろそろ始めようかしら…」
「女神様…、魔王を倒したら元の世界に還していただける約束は、どうなったんですか」
吉田雪の問いに、女神はにっこりと微笑んだ。
何を言っているのというように小首を傾げて。
「それは前の女神との約束でしょう?魔王は後三体。大丈夫、貴女の実力なら直ぐに片付くわ」
拳が震えた。
怒りのためではない。恐怖故にだ。
後、三人。
いや、それ以外にも絶対に斬らねばならないだろう。そう思うと、身体に力が入らなかった。
あの光景が脳裏に焼き付いて離れない。
「ごめんなさい、優真君…」
女神はそれを一瞥すると、声をあげた。
「総攻撃開始ッ!」
辺りに描かれた魔法陣が光だし、無数の炎の球が魔城目掛けて跳んでいく。
「あの薄気味悪い魔城が燃え盛る姿は、さぞ美しいのでしょうね」
恍惚とした表情を浮かべ、女神は冷ややかに笑った。
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「国王様!描けました!」
ノーイが声を上げる。
吉田魔王様は頷くと、皆に陣に触れる様に言った。
やがて、陣いっぱいに人が集まる。
『子供と老人は陣の真ん中へ。何があっても、魔力注入を心掛けてくれ。例え無理でも、陣が消え無ければいい。それじゃあ、いくぞ』
ぼぅっ…と身体から魔力が流れ、陣へ吸い込まれていく。
まるで、砂漠に水を染み込ませるかの様に、陣へ膨大な魔力を注ぎ込んでいった。
それと同時に轟音が響き、炎の球が降ってきて、近くの民家に当たり、たちまち家は火だるまになる。
『始まったか…!』
「お父様、此処は私にお任せをっ!」
ノワールが両手を広げると、ドーム状に透明な結界が現れる。
流星群の様に炎の球が所々当たって、少し地面が揺れた。
「蜂の巣にでもする気か!?」
誰かが叫び、子供が泣き叫ぶ。
天井は今にも崩れそうだ。
「うっ…。も、もう限界ですわ…!!」
『ちっ…。まだ魔力が足りないっ!もう少し何とか持ちこたえられないかっ…?』
そのやり取りに、皆無言で家族を抱き寄せた。
彼らの魔力もそろそろ限界なのだ。中にはとっくに尽きている者もいる。
一段と大きな炎の球が魔城に当たって、天井が崩れるのと、結界が壊れるのは同時だった。
その場にいた全員が目をつぶる。
しかし、天井はいつになっても落ちて来なかった。
「何が起きたんだ…?奇跡か?」
『攻撃も止んだ様だな。一体、何が起こった?』
ノーイと、吉田魔王様が唖然とした表情で天井を見上げた。
落ちてくるはずの天井は、一メートル程の所で制止している。
『はいはーい。魔法(が使える)少女、少年、その他の皆様方。絶望に負けてはいませんよー』
気の抜けた声が地下に木霊する。
その声に、カイン達が顔を綻ばした。
落ちてくるはずの天井には、いつの間にか陣が描かれている。
「お前、死んだんじゃ…」
『カインはそんなに僕を亡き者にしたいのかい?
…まぁ、冗談だよ。いやー聞いてたよ?珍しく取り乱してたねー。録音出来なかったのが残念だ』
「貴方も仮死状態だったのですか?」
『いや、本当に死にかけたよ。この前、ノワールにお守りをあげたんだけどさ、あれは、相手が受けたダメージがお守りをあげた人物が肩代わり出来るハイテクアイテムでね?
まぁ、結果的にノワールと血の契りして魔族になってなきゃ、お陀仏だったけどね』
ノーイさんの問いに、僕は冗談っぽく言う。
「兵が来た時は、本当に焦ったよ。タイミング分からなくて、ずっと死んだフリしてたら猫モドキが来てくれて、此処まで案内してくれたってわけ」
「優真様っ…!良かった」
やっとの思いで陣の前に立つ僕に、ノワールは安堵したように、その場に崩れ落ちる。
ノーイさんがそれを支え、ゆっくりと膝の上で寝かせた。
「来るのが遅いぞ、馬鹿者…」
教官が泣きそうな笑みを浮かべて言う。
「勇者は、遅れて登場するものさ。
…さて、巻き返しと行こうじゃないか」
ということで、どうも皆さま。
馬鹿勇者こと田中優真、堂々の復活です…一応ね。




