第十三話 決別
「ち、ちょっと待ってってば。仲間割れ良くない。ほら、君達と同じ変態…じゃなかった。兵隊」
「構いません。殺るのです」
女神の声が木霊する。
結構広い部屋で、恐らくは女神専用だ。
天井にはクリスタルのシャンデリアがぶら下がっている。
ちらりと辺りを見回せば、金で出来た手すりや、高そうな宝石が確認できた。
王座に座るは、やはり女神こと由香子様。
長いウェーブがかった黒髪に、見るからに高そうな赤いドレス。
頭のてっぺんには小さな冠が乗っかっている。指にはプラチナの指輪がはまっていた。手には月をモチーフにしたクリスタルと金の杖が握られている。
待て待て。召喚したの貴女なんだから責任持て。
まぁ、そんなこと言っても聞くような人じゃないからほっとこう。
そのまま気付かれない様にゴキブリの如くカサコソと壁を伝い歩く。
一回で良いからやってみたかったんだよね。ほら、忍者ってそんな感じじゃん。カインがそれに気づいて眉をひそめているが、気にしない。気にしない。
僕だって、好きで壁を渡ってるわけじゃない。あの人数じゃ通れないから仕方がなく壁をな歩いてるんだよ。庶民なら誰だってレッドカーペッドを歩きたいさ。
あの鎧は囮で、中に『入魂の陣』を描いてあるから自動で動く。
自我を与えられた鎧というわけだ。親が馬鹿だけに鎧も馬鹿になったよ。恐ろしいね。馬鹿は遺伝するらしい。しかも、死んでも直らないらしいから余計にタチが悪いね。
ん?視線を感じるぞ?何処から?はい、下の方から。
あらら、兵隊達がこっちガン見。よくよく見れば、女神由香子も気味の悪いものを見るような目で見ている。
キャッ、僕って人気者っ!…何て反応が出来れば苦労しない。
カインは目を手で覆って溜息吐いてるし。教官は…、姿が見えない。別の所に居るのかな?
ポゥッ…と足元が光った。
おっ、この陣、見たことある。
最初に『召喚』された時、暗殺者みたいのがいて、そいつに使ったんだ。確か、『ビィーネの業炎』…ってアレ?
炭を越えて、塵になりますよね。由香子様容赦なし。女神というより、女帝だよ。
「死になさいっ!」
「だが、断る!ジンギスカンになるつもりは無いっ!」
「お黙りっ!」
お申し込みはキッパリとお断りします。それが、意味不明の優真クオリティー。
陣が光り、火柱が上がる。
『魔眼』発動して、『瞬間移動の陣』を思い描いたから大丈夫。
何だかんだで、やっと使い方が分かって来たよ。もう、何も怖くない…はず。
「お前が気付くから皆が気付くんだろうが…!」
「馬鹿か、お前。人が壁伝って来たら、誰だって分かる」
何とかカインの傍に到着。特にこれといった仕組みはなく、カインも剣はおろか、外傷ひとつ無かった。
「何故、ジンギスカン何だ?」
「僕、やぎ座」
「ジンギスカンは羊だぞ?」
「…で、カイン。どうすれば良いのかな?ピクリとも身体が動かんのは何故?」
「それは足元に『封じの陣』が描いてあるからな。警告するの忘れてた」
「…助けに行かなければ良かったと、これ程後悔したことは無いよ」
その時、扉が勢いよく開いた。二人の人影が見える。
長い金髪の髪に、眼帯。
教官が立っていた。
何だ、無事じゃないか。その隣のは、お懐かしゅうございます。陽一郎さんことオズさんではないか。あらま、スゲー睨んでる。そんな警戒しなくても。けど、一応気にしてるみたいだな。
「何だ、無事じゃないか。カイン、良かったね?」
「バーカ。アンナが執行人なんだよ。見事に売られた」
やーいやーい、バーカ!リア充してるからそうなるんだよっ!…関係ないけど。
「こうなれば、最後の手段だな」
「…良いの、やっても。こんな公の場で」
「誰だって、自分が可愛いものさ」
なるほど、この男末期です。そうだけどさ、そんな人じゃないだろ君は。教官は否定しないけどね。まぁ、かく言う僕も自分が可愛いので。
「おいでませっ、吉田っ!」
『魔眼』は無限の魔法陣ということは、『召喚』だって大丈夫なはず。血は既に流れてるから問題ない。
「血は、どうしたんだ…?まさか、怪我が治ってないのに無理を…」
「壁に張り付いてた時に皮剥けた。地味に痛い」
「…心配した俺が馬鹿だった」
辺りが黒い靄に包まれる。
そして、あの禍々しい気配を感じた。
『ドケチに何か用か、馬鹿勇者』
あれー?何かご機嫌斜め。
さてはノワール、僕の心の内を伝えたな。
「吉田様の手も借りたい事態になってしまってね。遊びに行っても良い?」
『散らかってるぞ?それに『死の夜』が何て言うか…』
「事態は急を要するんだ。とっとと行くぞ」
魔法陣が白く輝きだす。
『召喚』の逆、『送還』の光だ。
多分、この魔法陣の中に入れば自ずと送還対象になる。
闇を光が完全に呑み込んだその時、ふと影が過る。
その正体が一応分かっていたから、とりあえず何も言わずに陣を拡大させる。
「さようなら。母さん」
たった一言、そう言っておいた。
ほんの一瞬。光の中で、驚愕の表情を浮かべる女神の姿を見た気がする。
これが、あの人に対する最大の礼儀で、決別。
ほら、僕、馬鹿だから。
いくら勇者でも、絶っ対にこの国も、あの人も救えない。
貴女は、僕を見ようとしなかった。此処でも、向こうでも。
だから、貴女の言う通りにはならないし、救わない。救おうとも思わない。
それで良いと、やっと思える様になったから。




