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第十三話 謳われぬ歴史


「てっきり、ガンバローみたいなやつを想像してたけど…、がっつり洋館だったね」


鉛のように重たく気怠い体に引きずるようにして中へ入る。

同意を求め振り返ると、僕の発言に対し不可解そうに教官達は押し黙っている。原因は何かと考えあぐねていたが、ようやくそれに思い当たった。


「あっ、ガンバローっていうのは木造平屋建ての…」

「……優真、ガンバローじゃない。バンガローだ」

「寧ろ、頑張るのは貴方のちんけな頭脳の方でしょうよ」

「大丈夫か?…頭も、体調も」

「ははっ。大丈夫だけど、ちょっと挫けそうかな、心が」


このやりとりも毎度のことだが、カインやノーイさんの冗談混じりの嘲りが、最近は本気で哀れむような目で見てくるからそれなりに凹む。これもまた新たな冗談なのかもしれないが、全くユーモアを感じないに加え、真意が定かでないだけあってとても困る。


洋館、もとい別荘は所々塗装が禿げていたり、老朽した床や屋根を修繕した跡があるのを見ると、建築から年期がかなり経っていることが窺えるが、そんな外観とは裏腹に館内は住居者の使い勝手が良いようにと改築した形跡が見られる。

恐らく、野球部の合宿所として提供することが決まった時に校長が気を利かせて改築させたに違いない。

野球部の合宿所にしておくにはつくづく勿体ない物件だと思うが、こうも山の中だとそれも止むなしか。ただ朽ちるよりは幾分マシかもしれない。

月に一度、清掃業者に清掃を頼んでるとの言葉通り、館内にあまり埃は積もっていなかった。

後から大量の荷物を抱えた岸辺親子が入って来て館内を見回す。一通り観察した岸辺は不服そうに、口を尖らせ呟いた。


「折角温泉あるんだからよ、洋館じゃなくて屋敷に出来なかったのか?」

「いやー、山ん中に屋敷を建てんのは無理だろ。春は虫がまぁまぁいるだろうけど花を見んのには良いかもしれねーが、夏は虫が大量にいるし、秋は虫が煩いし、冬に虫は居ねーけど寒い」


キー先は寒さに身を震わせながら暖炉の前にしゃがみ込むと、何処からか持って来た薪を組み、マッチを擦ると中へ放った。

それを見たノーイさんと猫モドキは暖炉に吸い寄せられるかのようにして側に行き、本を読んだり寝に入ったりなど各々好きなように過ごしている。


「虫虫煩いっつーの。大体な、虫嫌なら理科の先生なんかになるなよ」


嘆息を吐きながら岸辺は荷物を下ろし、持って来た食材を台所へ運んだ。ノワールや雪ちゃんも岸辺を手伝うべくその後を追う。


「我々は山で少し鍛えてくる。昼飯前には戻って来るつもりだ」

「折角の慰安旅行…まぁ、旅行って規模じゃないけどさ、せめて昼まで休んだら?」

「案ずるな。昼食を取ったら夕方までゆっくりと温泉に浸かるつもりだ」

「…いや、流石にそれは長いよ」

「まっ、病人は大人しく俺らの代わりに休んどいてくれ。行くぞ、アンナ」


に剣を携えた二人の騎士は足早に別荘を後にする。その背中を見送り、軽く溜め息を吐く。特にこれといってすることもないので、取り敢えず暖を取ることにした。暖炉の側に腰を下ろし、丸くなって寝ている猫モドキを撫でる。綿毛のように柔らかくふかふかの毛並みが寝息と共に静かに上下する様を黙って眺めていた。


「…貴方は休まないんですか?体調、あまり優れないのでしょう?」

「もう十分休んだ。珍しいね、ノーイさんが僕に声をかけるなんて」


振り返らず、声だけ返す。多分向こうも本を読みながら話しているだろうから。


「どうするつもりですか、これから」

「取り敢えず、皆を向こうの世界に還す方法を探して…」

「貴方はどうするつもりなのかと問うているのです。三嘉ヶ崎の郊外に出た途端、体調不良になったでしょう?此処まで魔力が十分に行き渡っていないため、魔術の効力も薄れるのです。貴方は書の側の者であるが故に魔力無しでは生きれない」

「言わずもがなだ。皆と一緒に向こうに還るつもりでいる。まだ問題山積みだし」

「…本当にそれで良いのですか?」

「良いのです」


即答すると大袈裟な溜め息が聞こえてきた。こちらとしては肩を竦めて苦笑するしかないが。


「書の悪魔などと契約するからそんな目に遭うんですよ」


それ以前の問題なのだが、確かに一里ある。契約してからろくな目に遭わない。まぁ、それも自業自得なのかもしれないが。そこでふと気付いた。驚きに目を瞬かせながら振り向き、ノーイさんの顔を見ようとしたが、僕の位置からでは本が邪魔をしてその表情を窺い知ることは出来なかった。


「…もしかして、励ましてたりする?」

「―…我々プラチニオンは古来よりあの地に住まい、時の流れ行くまま静かに事の成り行きを見守ってきました。人々が神の恩恵を受けていた頃からずっとね」


あっさり無視された。まぁよくあることだ。

ノーイさん自らが何かを、取り分け昔の話をすることは滅多にないので大人しく耳を傾ける。


「ミケガサキの国旗にプラチニオンが描かれているのはそれも関係していたり?」

「まぁ、竜は知識…すなわち魔術の象徴でもありますし、ミケガサキでは我々は神の御遣いである神聖な生物とされています。何せ魔術の知恵を人間に授けたのは我々でしたから、象徴になっていても不思議はないでしょう」


答えになっているのかそうでないのか曖昧な回答だったが、取り敢えず相槌を打つ。

やはり、魔術は代行人達が自ら考え出したものではないのか。恐らく竜が授けた魔術の知識を基盤に独自にアレンジを加え発展させていったのだろう。

しかし、ノーイさんによれば竜は観測者としての立ち位置のはずだ。それが何故魔力をもった代行人達にその知識を授けたのか。それ以前に、魔術の知識を授けたということは竜は人が魔力を持つ前から魔力が備わっていたということに他ならない。いや、だからこそ魔力を持つ人間を同族と認め、その知識を授けたとも考えられる。

他にも疑問はいくつかある。例えば、彼は魔術の知恵を授けたのだから象徴になっていても不思議はないと言っていた。確かにその通りだと思う。しかし、それならば何故魔術大国であるフェラの国旗、もとい象徴がプラチニオンではないのか?

つまり、もっと他の根の深い理由があるからに違いない。そしてそれこそがミケガサキとフェラ、その他の国々を分かつ違いなのだ。―それすなわち。


「…神への信仰」


ぽつりと呟いた言葉に、ノーイさんが息を呑む気配がした。


「神の加護、人々の信仰、魔王、竜、女神、勇者…そして書の悪魔。これらが五ヶ国を隔てる要因ならば…」


かつて、何があった?

国を分かつほどの、魔術の知識だけではない争い。信仰と魔術、女神と悪魔。


「竜が授けた魔術の知識、それを巡る戦い、代行人とそれを指示する人々…。その間にまだ何かあるだろう?何故国を分かつ必要が?」

「何故、それを知る必要があるのです?」

「知りたいからじゃ不服?」


そう、何故か僕は無性に知りたくて仕方ないのだ。だから決して挑発するつもりはなかったのだが、向こうはそう受けとったらしい。少し口調が荒くなった。


「…一つ良いことを教えましょう。世の中には知らなくて良いことがある。知り過ぎれば身を滅ぼすこととなりますよ」

「だから君達は絶滅したのか?」


しまったと思ったが、既に時遅し。ノーイさんは予想外の奇襲にしばらく絶句していたが、次には怒りに声を震わせていた。


「貴方の詭弁に敬意を表し、教えてあげましょう。貴方は騙され、そして利用されている。狡猾極まりない書の悪魔にね」

「違いない。寧ろ、手の平で踊り狂ってる感満載だ。それでも見捨てられないんだよ」

「痛い目を見てからでは遅いでしょう」

「あぁ見えて意外と繊細なんだよ、性格外道でも心は兎なんだよ」


いやいや、どうなのそれと自問するが当たらずとも遠からずなので弁解出来ない。最も、兎のように寂しくて死ぬくらい可愛げのある奴は極僅かしかいないが。


「…それで我々が死んでも同じ台詞が吐けますか?」

「そんなことはさせない」

「保証は?」

「強いていうなら、僕が影の王であるから…かな」


ノーイさんは呆れたように溜め息を吐き、やっぱり馬鹿ですね、貴方はと呟く。一応その心意気だけは買ってやるということでいいのだろうか。

書の悪魔とその眷属が何をしたのか知らないが、少なくとも知恵の悪魔達はもう何もしないだろう。

プラチニオンも彼等も賢者であるという点は同じだ。神に近き知恵を持つ者達はいつだって孤独なのだ。してきたことの是非はともかく、彼等はただ己の孤独を埋めたいだけに違いない。まぁ、僕一人が増えたところでどうにかなるという訳ではないかもしれないが。

フレディ達に聞けば、ノーイさんが頑なに口を閉ざす過去の歴史とやらが分かるだろう。知ってどうにかなるものではないが、それはまた聞いた時に考えればいい。

知力は時として身を滅ぼす種となる。知ることが罪だと僕は思わない。確かに後悔はするかもしれないが、知らないよりはマシだ。


―何処かで聞いた古い話。神とある若者が知恵比べをして競い合ったという。

見事、神に勝った若者は不老不死の肉体を得るのだ。しかし、結果若者は孤独に苛まれる。

他にも、神の姿を見ようと人間達は天にも届く高い塔を建てた。それに怒った神は塔を壊し、人々の共通の言葉を分かったりと神の境地へと足を踏み入れる者共に容赦なく鉄槌を下している。

前者は捉え方によっては夢のような話だ。だが当事者にとってはどうだろうか。その待遇が良いと思えるのは最初だけだろう。

まぁ、これらの話もただ優越感満たすためのホラ話。人間は所詮人間でしかなく、神に勝てる訳もない。

溜め息を吐くと、近くのベルベットのソファーに横になり、目を閉じる。体調が芳しくないのもあって、目を閉じると直ぐさま泥のように眠ってしまった。


……………………………………………………………。


「ニアッ!」

「いぎゃあっ!」


突然の痛みに飛び起きると猫モドキが腹の上に乗り、どうだ参ったかとでも言うような表情で見下ろして来る。ちょっとムカついた。

ソファーから身を起こすと、丁度食事の支度が終わったらしく皆は席に着いている。


「おっ、起きたか。よく寝たな〜。夕飯出来たぞ」

「えっ、夕飯…?」


キー先はビールの缶を持ち上げ、快活に笑った。意識の程度からしてまだほろ酔いのようだが、顔が赤くなっている。


「昼飯の時に起こしてくれれば良かったのに」


もともと空腹を感じる性ではないが、それに加え寝起き直後ともなれば尚更だ。それを聞いた岸辺が呆れたように僕を見る。


「何寝ぼけたこと言ってんだ。起こしたっつーの。お前、アンナさんが鍋爆発させた時でさえ安定爆睡だったぜ」

「…教官、鍋爆発させたの?」

「ち、違うぞ!私はただスープを作ろうとしてただ配合を間違えただけで…。そんなつもりは毛頭ない!」


一体、たかがスープを作るのに爆発が起こるほどの何を配合していたのだろうか。


「まぁ、そんな訳で食材がほぼ墨と化し、大半は無に還った。だから今日もカレーだ。正確には具なしカレーだな。因みに米もない。ルーで腹を満たせ」

「けど面白かったなー。アンナさん、火力が足りん!ってカインさんの魔術とやらでな鍋を火だるまに…。どっちかってっと、火柱か?おかげで天井も焦げた」

「教官、何を作る気だったの?」

「お粥だ。具の多いな。こちらのは淡泊で、あれでは栄養も十分に補えん。これでも食材を無駄にしたのは申し訳なかったから山で調達しようとしたんだぞ。何故か全力で止められたが」


憤慨やる方ないという風に教官はカレーをかき込む。止められたのが余程悔しいらしい。


「まあまあ…。アンナさんは病気で弱った優真様を元気付けようと必死だったわけで、そのお心遣いは皆様も分かっていますわ」


ノワールが苦笑しながら拗ねた教官を宥めに掛かる。


「ありがとう、教官。…止めてくれた皆も」

「ど・う・い・う・意・味だ、優真?」

「いや、いやいやいや、教官の料理はまた今度振る舞ってもらえると嬉しいな」

「うむ。見てろよ、舌を唸らせてやる」

「た、楽しみにしてるよ。…皆も」


さりげなく皆を巻き込む。その言葉に皆の動作が一瞬だけ停止した。

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