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第七話 建国神話


薄暗い部屋を電気ストーブの熱せられた鉄の朱色が仄かに辺りを照らす。

今更ながらに電気を点けるのは何となくはばかられたので、教官の隣に体育座りし、話に耳を傾けた。


「優真、お前が向こうのミケガサキに『召喚』されたのち、領土戦争においてミケガサキが狙われる理由を説明されたと思うのだが覚えているか?」


教官の問いに僕は首を傾げて記憶の糸を手繰る。


「えーと、魔王の侵略を逃れた唯一の国…だっけ?だから世界各国の国々が狙ってるとか何とか」

「おかしいとは思わないか?魔王に世界は侵略され、唯一難を逃れたのがミケガサキ王国のはずだ。なのに侵略されたはずの国々がミケガサキを狙う?それ以前に、ミケガサキ以外にも四つの国が残っている。

そして『女神』の存在だ。『勇者召喚』と『女神誕生』は数年前ということになっているが、勇者はともかく神たる存在がたったの数年…人類より遅れて生まれるものだろうか?」

「確かに…。けど、あれは吉田魔王様達が流したデマじゃなかったっけ?それと学問はどう関係が?」

「まぁ、そう急くな。これらの矛盾、疑惑はある話に基づく。彼はそれを引用したのだろう」


少し長い話なると再度念を押し、教官は詩人さながら唄うように言葉を紡いでゆく。


―遥か昔。神の加護と恩恵を受けた大地で人々は暮らしていた。人々は神を賛美し、その恩恵に感謝の意を示して供物を捧げた。

しかし、その習慣も徐々に薄れてゆき、やがて失われた。人々は神から受ける恩恵を当然のものとしてその畏敬の念さえ失ってしまったのである。

加護の薄れた世界では人々の傲慢や猜疑心、嫉妬や妬みが世に蔓延り、魔を生み出した。人々の心に巣くう闇なる影は世界を覆い、地上は魔獣や死霊が跋扈するようになった。


「人の心の闇…業から生まれ落ち、魔獣達を従え世界を支配した魔の王。それが『魔王』。今では破壊をもたらす者の称号のようになってしまっているがな」

「人の感情から魔王が生まれた、か。興味深いな…。その魔王はやはり勇者が?」


僕の質問に対し、教官はいいやと首を横に振る。


「魔王が世界を支配し、地上の生きとし生けるもの全てが死に絶えた。しかし、それで世界が終わることはなかった。何故なら突如、天から降り注いだ光が闇を打ち消し、魔王共々浄化してしまったから。光は地上に降り注ぎ、それにより魔王によって滅ぼされた生き物全てが息を吹き返したという。…こうして世界は持続していているという、そんな話だ。

さて、今のが序章とされているが、本題は此処からなんだ。光により息を吹き返した生物達、専ら人間は不思議な力を得ていた」

「…それが魔力ってわけか」

「あぁ。とは言っても、それは微々たるもの。しかも万人に備わっているわけはなく、むしろ少数だったようだ。それこそ、指の数で足りるほどの。人々は魔を退けた光を神とし再び崇め、魔力を持つ者は神の声を聞き人々を導く代行人とされた」


馬鹿げた話だと思う。魔力があるからと言って本当に神の声が聞ける訳がない。魔力がある者はきっと浮かれていたのだ。その周りも得体の知れない力は神からの恩恵とした方が受け入れやすいから容易に彼等を神の代行人としたのだろう。そして、この代行人こそが格差社会の始まりだと教官は指摘する。


「魔力を持つ者達は絶大な権力と地位を手にしていたが、長いこと愉悦に浸っている内に思ったのだ。人々が昔、徐々に神への畏敬の念を忘れたのと同じように自分達もまた同じ道を辿るのではないかと。いや、忘れさられる方がまだマシだろう。数からみるに殺される確率の方が高い。

だから彼等は証明する必要があった。自分達こそが神の代行人であるとな。そこで編み出したのだ。自分達の持つ特殊な力…魔力の力を具現させる式を。それこそが『魔法陣』とされている」


―魔法陣、いわゆる魔術の誕生により代行人の地位は安定した。魔術の発展は、すなわち文化の発展を意味する。代行人により様々な魔法陣が生み出され、人々の生活を豊かにした。

いつしか代行人の存在は必要不可欠とされ、代行人同士が交配することにより、より強い魔力を持つ代行人を誕生させることが彼等の第二の義務となった。

しかし、そこで生じた問題が一つ。自分達より魔力が強い者が誕生したら自分達はお払い箱になるのではないかという懸念が芽生えた。一人そう思ってしまえばそうした考えは自ずと周りに伝染するものだ。


「つくづく疑うのに忙しい人達だね」

「全くだ。此処までくると人々は代行人の力の正体など、どうでもよくなっていただろうに。むしろ生活を豊かにしてくれる数少ない代行人の存在を重宝したはずだ…と我々は考える。

だが、そうではない。彼等は代行人という一括りのチームだ。私が思うに、お払い箱とは同族間での切り捨てを比喩したものだろう。人々の事など視界に入っていないのだろうな。彼等の恐怖の対象は人々ではなく同じ代行人に変わった」

「…でも、魔術の開発はその危険性を考慮して単独では行わないはずだ」


魔術というものは魔法陣の式が複雑になるほど強大なものになる。故に式の多少の狂いで強大な力の全ては術者に跳ね返り、命を落とすことに繋がるのだ。


「いや、彼等の魔力は元より弱い。故にその生命を脅かすような危険に達するほど強大な魔術を生み出すことは良くも悪くも出来なかったんだな。だが、それでは困る。地位を確立させるためには強大な魔術が必要だった。そのためには強い魔力を持つ者が必要になってくる。しかしそれでは自分達の立場が危うい…。まさに鼬ごっこだな」


そこで話が進んでいないことを自覚したのか、教官は一つ咳ばらいをして話を元に戻した。


「…で、だな。結論から言わせてもらえば、彼等は自らの魔術の知識を秘匿とすることで彼等は自分達の地位を確立させた」

「それじゃ、強大な魔術は生み出せないんじゃない?」

「いや、そうでもないぞ。魔術を発動する際必要なのは魔力と魔法陣だ。魔法陣は基本となる式さえ知っていればいくらでも応用が利く。あと、それに見合う魔力を持っていればな。

最初の代行人達はそれぞれ子を儲け、自分達の魔術に関する知恵をその子供だけに教えた」

「成程、自分達の子なら偉くなっても親を切り捨てる心配はないか。こうなってくると自ずと誰が一番になるか争われる。まるで王座の奪い合いだ」


こうなってくると後の大体の流れは見えてくる。

各自適材適所の役割を担うことで魔術を生み出していた代行人達は自分達の専門分野である知識を秘匿にし子にだけ教えた。

子は親の知識を元に新たな魔術を生み出し、人々から称賛を浴びる。いつしか代行人同士魔術の優劣が表れ初め、魔術の知識を巡って対立する。対立した代行人達はそれぞれ自分を称賛する人々を従えて新しい社会を形成していく。


「…まさかと思うけど、それが格差社会の始まりとかとか言わないよね?」

「ほぉ…。今日も冴えてるな。少なくともそう私は考える。人々を従えた代行人達は自分達だけの社会を作りだし、ネズミ講のようにその数を増やしていった。そう考えれば、そうした交配の中で人々の血を濃く受け継いために魔力を持たない者がいるのも頷けるだろう?そして代行人達が懸念していた魔力の強弱、また知識による格差と争いは現実のものとなった。結局、支持者を従え自分達の国を創ろうと、問題は何も解決しなかったということだ。人々と魔力を持った代行達の長きにわたる戦いの末、勝利の女神は代行人に微笑んだ。戦いに敗北した人々の大半は代行人に使役される奴隷になり、戦いに参戦しなかった人々は代行人の管理下のもと、貧しい暮らしを余儀なくされた。逃げ延びた者は独自に生計を経てる商人となり、代行人達に荷担した人々は敗北した人々を使役する権限を得たと言われている。

だがな、私はそれだけとは思わない。これはミケガサキしか伝わらない伝承故に皆、ミケガサキの古き歴史だと解釈しているが、この話の事柄…人々を従えた代行人達がそれぞれの道を歩むというこの内容こそが、ミケガサキを含む五ヶ国の成り立ちではないかと思うのだ。代行人はその数を増やし、やがては国となった。代行人達の魔術分野における専門知識が国の特色に表れていると考えているのだが…」

「ちょっと待った。まぁ、教官の仮説も十分に頷けるし、それに添った格差社会の成り立ちも大体理解した。しかしそれと学問はどう関係するのかいうのが僕の主な疑問なのだけど?」


先程までの消沈した様子を微塵にも感じさせないくらい興奮のあまり頬を紅葉させ早口で熱弁する教官に歯止めをかける。教官はもう一度咳ばらいし、気を取り直すように僕の目をじっと見つめた。


「あぁ、そうだったな。すまない。魔術とは魔法陣、すなわち式を用いる。その式は森羅万象…この世の真理を表すものだと言われていてな。故に魔術において最も重要視されるのは魔術の知恵、つまり世の理の理解と魔力ということになっている。

だからこちらの学校で習うような文章読解や計算は差ほど重要視されず、どちらかと言えば心理学などがメインだ。そして私が今話したような伝承や昔話をもとに人間の心の動きを研究し、心理から真理を導き出すといったことがミケガサキの学問に当たる」

「真理の追究こそがミケガサキの学問…ねぇ」


教官の話を全て肯定するなら、ラグドは魔武器―つまり魔力と武器の融合を得意とし、フェラは真理を求め魔術大国に。ミリュニスは科学の発展が著しいところを見ると、代行人達を快く思わなかった人々が築いた国と推測される。マフィネスはよく知らないので何とも言えないが、魔力量の個人差がまちまちなところに着目し、それを踏まえた上で仮説を立てるなら、恐らく代行人も人々も関係なく平等を謡った国なのではないだろうか。ならばミケガサキはどうだろう?

これと言って魔術に秀でていないところを見るに、傾向としてはマフィネスに近い。しかし、そうなるとわざわざ国を分かつ必要があるだろうか。そして魔術の真理を追究する意味も謎である。


「…何だ?何か疑問でも生じたか?話してみろ」


好奇心に目を輝かせ教官が身を乗り出す。


「ミケガサキだけは打倒魔族を掲げ、他国と同盟を結び急激な発展を遂げた…。それは分かったけど、僕的に疑問が二つほど生じるんだ。代行人達はそれぞれ支持者を従えて各地に散らばっただろう?教官の五ヶ国説が正しいならミケガサキは魔術面から考えるにマフィネスに近い理想…、少なくとも代行人と人々は対等関係か、それに近い体勢だったと思う。けど国は五つ。四つにはならなかった。それはマフィネスとは何かが違い、彼等は彼等の国を創るに至ったのだろう。

彼等は魔術や対等関係以外の何を望み国を創るに至ったか。

もう一つ。女神や勇者、そして魔王。ミケガサキの掲げる魔族撲滅は恐らく魔王とその眷属を指す。つまり、光によって浄化されたはずの魔族が存在していたことを裏付ける。消えたはずの魔族が存在し、女神や勇者が後付けのようにミケガサキだけの守護神として現れた。それは何故か?」


成程なと教官は納得したように呟き、物思いに耽る。丁度その時、下の方からノワールの呼ぶ声がした。

どうやら夕飯が出来たようだ。少し残念そうに教官はお開きだなと苦々しく笑って立ち上がる。ドアを開けるとカレーの匂いが既に充満していた。それに呼応して教官の腹の虫が鳴る。


「…カインに謝らねばな」


階段を下りながらしみじみと言う教官に、そうだねと返す。ふと、疑問に思い足を止めた。後ろにいた教官もつられて足を止める。


「どうした?」

「んー…、教官は何でカインと喧嘩したんだっけ?教師志望がバレたとか?」


少し茶化して言うと、教官は弱々しい笑みを浮かべ力無く首を横に振る。


「…いいや。誰にも言わないと誓うか?」

「誓う」


覚悟を決めたように教官はゆっくりと息を吐く。


「怖い…。剣を振るうのが、どうしようもなく怖い…」


今にも消え入りそうな声色で教官は微笑んだ。


「此処は平和で剣など不要だろう?だから、私は私のした事を振り返る度どうしようもなく怖くなる…。全てが間違いだったと言われているようで、それがなにより怖い…。肺腑に穴が空いたように苦しく罪悪感ばかりが募る。今の私に剣は握れない。いや、握りたくないんだ。もう、人を斬りたくはない…。その迷いが剣を鈍らせる。カインが怒るのも当然だ。戦場では一瞬の迷いが死に至らしめる」

「教官はカインを守るために騎士になった。でも、カインはもう大人だ。自分の身くらい自分で守れる。だから、教官は教官の好きにして良いんだよ。だから僕は教官の夢を応援する」

「ありがとう、優真。本当に私達はお前に助けられてばかりだな」

「…僕も皆に助けられてばかりだよ。お互い様だ」


ノワールがもう一度僕等を呼ぶ。急いで返事をして再び足を運んだ。


「教官」

「ん?」

「皆が皆、勉強が好きな訳じゃない。だから、いつか教官にこう尋ねる子がいる。何で勉強しなくちゃいけないのってね」


振り向くと教官は少し困った表情を浮かべている。


「…そういうものなのか。私に限らず、身分の低い者は学問を学ぶ機会など与えられなかったからな。騎士になり魔術やそれに関する学問を教わることになったときは喜んだものだが…。何せ、あの頃は魔術の知識がまだ一般化されてなかったからな。領土戦争が始まってから護身術として魔法陣の知識が普及したからミケガサキにおける魔術の浸透は浅い。故に魔術に関しては対して発展していないんだ。まぁ、資源不足のせいもあってか、公表されてからというものの瞬く間に広まったがな。

で、先のお前の問いだが、残念ながら私には答えが分からない。だから是非とも解答を聞かせてほしい」


試すような毅然とした態度で教官は僕に問い掛ける。


「知識は人を豊かにする。…故に学問は素晴らしい」


僕の解答に教官は目を丸くしていたが、直ぐに吹き出した。


「嘘をつけ。それはお前の解答ではないだろう?とても留年している奴の考えではないな」

「ご名答。察しの通り、唯の受け売りだ。教官、人は自らの隙間を知恵で埋めるが如く真理を追い求める生き物だよ。

もし、ありとあらゆる世界中の知恵、世の理というものの全てを知った者がいたとするなら…」

「するなら?」

「さぞ、毎日が退屈なことだろうね」


****


光も届かぬ深海を思わせる暗く歪んだ世界は死んだように静まり返っていた。


「あぁ…、暇過ぎて死にそうなんですけど…」

「安心なさい、もう死んでるわ〜。そんなに退屈なら暴動を何とかしてきなさいよ」


フレディの呟きを聞いたヴァルベルは呆れたように溜め息を吐く。


「今そういう気分じゃないんですよ…。強いて言うなら影の王をひたすら罵倒しつくしたい気分です…」

「病ね。重症だわ」

「よりによってヴァルベル様とは…。罵倒しても何の面白みも得られませんね…。困ります…」

「フレディ、あんた無人島に一つだけ好きなものを持っていけるとしたら何持っていく?」

「ドM」


即答したわと内心呆れ果て突っ込む気力さえ失しなってしまった彼女はもう一度深い溜め息を吐いて空を仰いだ。

表の世界は魔王の持つ歪みの力などの影響で崩壊の一途を辿ったが、女神の力で一時的に食い止められていた。世界は今、死に瀕している。その証拠に影の世界との境界が薄れ、死霊でないヴァルベルも表へ出るのは容易だった。

しかし表は、ミケガサキは…否、世界は崩壊の一途を辿っていても争うことを止めない。今も何かにとり憑かれたように目を血走らせながら戦っている。


「何だか、昔見たような光景よね。デジャヴ」

「歴史は繰り返すものですよ、ヴァルベル様…。人の愚かさ故にね…」


フレディは特に何の感慨もなくに淡々とした口調で答える。ふーんとヴァルベルもつまらなそうに返し、ふと何かを思い付いたのか意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「だとするなら、また消されるのかしら?」

「神のみぞ知る、と言ったところでしょうね…」

「私達の神様は知っていても教えてくれないのね」

「貴女も知っての通り、私は神ではありませんから…」


本当にそうかしらとヴァルベルは頬杖をつきながらフレディを見つめる。そんな彼女の視線をフレディは居心地悪そうに受けていたが、やがて重い溜め息を吐いて呟いた。


「これだから貴女と一緒は嫌なんですよ…」

「私はただ真理を追求したいだけ」


その言葉にフレディは苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべた。


「いい加減にしないと怒りますよ…?」

「あら、ごめんなさいね。怒っちゃい・や・よ」


茶化すヴァルベルをフレディは冷めた目で見下す。ヴァルベルはそんなフレディの視線を素知らぬ顔で受け流した。


「…………。今回に関しては私は何の関与もしていません…」

「そう。まっ、どうなるにせよ、私達に死はないのだから別に構わないわ。主様次第ね。…どうするつもり?」

「どう、とは…?」

「だから主様のこと」

「知り過ぎは時に身を滅ぼしますよ、ヴァルベル様…」

「言われなくとも身に染みて分かってるわよ。今度こそ死ぬのかしらね?それとも…」


ヴァルベルの言葉を遮るようにフレディは言葉を被せる。まるで刑を待つ罪人のように。


「全ては神の御心がお決めになることですよ…」

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