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第六話 進路


高校三年の冬。この時期、三嘉ヶ崎高校では就職希望者の就職希望先の見学会が行われる。一般企業から大手会社まで実に幅広く、就職希望に添った見学が行えるのがミソだ。

とはいえ、一定の人数が揃わないと希望先の会社の見学は出来ない。たかが数人の為に人手を割いて説明をしてもらうなど失礼に当たるからだ。

この三嘉ヶ崎高校の大半の生徒は進学を希望しているので、中々自分の希望に添った見学が承認されないのが難点である。そもそも、三嘉ヶ崎市の企業の大半は学歴重視なので進学希望者が多くなるのも仕方のないことなのだが。

どうせ後々誰しも就職するのだから、見学会は就職希望者制ではなく三年全体の恒例行事として行えばいいのに中々そうならないのが歯痒い。芸術鑑賞会があるなら見学会が一度あってもいいはずだと毎年この時期になるとキー先は必ず愚痴る。だから僕もこの時期になると耳たこになったその愚痴を思い出す。


「呼び出しの用件って、この前の進路希望調査のやつだろ?お前、一体何て書いたんだよ」


職員室へ向かう途中、用があるからと同行している岸辺が呆れた様に尋ねる。


「僕の学力で進学は望めないから道は自ずと就職に限られるだろ?でも、何処も雇ってくれないのは目に見えてる」

「何も書かなかったのかよ」

「いや、それじゃ直ぐに返却される。だから何かしら記入しないとキー先が納得しない。例え一人だろうと僕の就職希望先のアポ取るだろうね。…それはめんどい」

「お前はとことん出無精だな。俺の爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。で、何て書いた?」


「『自宅警備員』」


僕の答えに岸辺は面食らった顔をして目をしきりに瞬かせ呆気に取られていた。その後、深い溜め息を吐くと小脇に抱えていた紙束を丸めて僕の頭を叩く。軽快な小気味よい音が鳴った。


「そりゃ、呼び出されもするだろ」


****


「来たな、ひきこもり願望」


高く積まれた紙束が机の大半を占めている。キャタピラの椅子ごと体を回転させたキー先は苛立ちと呆れの混じった表情で僕を見た。


「人を執念の塊みたいに言わない。…だって、働かなくても金には困らないし」


紛いなりにも財閥令嬢の息子だけあって金銭面に不自由がない…という訳では残念ながらない。まぁ、僕が彼女の息子云々も多少あるのだろうが、大半は由香子さんが財閥令嬢だったからであり、その恩恵というか、とにかく似て非なるものと解釈してほしい。

由香子さんと兄が金と共に蒸発した春、一時は生活の危機が危ぶまれたが何とか陽一朗さんのヘソクリで持ち直した。

しかしあの時、仮に陽一朗さんのヘソクリが無くとも生活には困らないだけの金を実は持ち合わせていたのである。

あれは僕がの頃だっただろうか。由香子さんの父から手切れ金、もとい通帳を添付され、金銭面の援助は惜しまないから自立しろと子育て丸投げ宣言の誓約書なる手紙を頂いた。丁度、由香子さんは男から金を巻き上げる詐欺じみた行為に熱中し初め、鴨となる夫を見付けて生活しだした頃だから、彼女の父も僕の面倒はその義父が見るはずだ、最悪金を渡しておけば自分でなんとかすると思ったのだろう。

それから月に一度、何百万という金が口座に振り込まれているようになり、そんな訳で金には困らない。


「執念なんて大層なもんの方がまだマシだよ、馬鹿。お前の場合、確かにそうかも知れねぇけどよ、どうせ希望なんだから興味ある会社とか書け。連れの…アンナさんだったか?彼女はちゃんと書いてるぞ。少しは見習え」

「教官が?」


僕の問いにキー先はまた椅子を回転させ机に向き直ると、積み重なる紙束を漁りながら答える。


「おうよ。幼稚園とか小学校とか育児教育関連だな。何でも、こっちの教育体制を知りたいらしい。よく聞きに来る」

「…キー先に?」

「何だその不信な目は。俺以外にもだよ」

「なら良いんだけど」

「どういう意味だ、オイ」

「冗談だって。此処の先生達はキー先も含めて皆、教師のカガミだからね」


僕の言葉にキー先は嬉しそうに破顔し、頭を撫でる。


「おうおう、嬉しいこと言ってくれんじゃねーか。…で、本題に入るけどよ、お前も知っての通り、頭数揃えなきゃ見学は無理だろ?アンナさん一人じゃ見学は無理だ。だが、アンナさんとノワールちゃんとお前と雪とタローの五人なら出来るわけだよ。まっ、タローは付き添いだから実質四人か」

「あれ?カイン達は?」

「なんかな、そっちの男子メンツには秘密にしたいらしい。だから他言無用、口外御法度だぞ。分かったな?まぁ、それはそれとしてだな。お前、育児関係は駄目なんだろ?それじゃつまんねーと思ってな、お前が興味ありそうな会社のアポ取ってきた」


ほれ、とプリント二枚を渡される。一枚目は教官が見学を希望する三咲学園の簡素な紹介文と見学日時が記載されていた。

三咲学園は小・中・高校の一貫教育を行う三嘉ヶ崎唯一の学校として名高い。施設は広い上に綺麗、教員は美男美女が揃い、制服も種類豊富だとやたらに評判が良いのだ。

何だかフェラ王国を彷彿とさせるなと思いながら二枚目の紙に目を通す。


「ゲーム会社アポクリフォス?……あぁ、あそこね」

「いや、無理して知ったかぶらなくてもいいぞ。ほら、『勇者撲滅』のゲームを作った会社だよ。そこに行けば何かしら向こうに還る手掛かりくらい掴めるんじゃねぇかと思ってな」


捕まるんじゃないかと思うな。そんでもって死んじゃう気がするよ。


「まぁ、そっちの見学はまだまだ先だけどよ。良かったな。浮かれ過ぎて今日から寝れねぇんじゃねぇの?見学中に寝るなよ」


良くねぇし寝れねぇよ、恐怖でな。そんでもって見学中は十中八九寝るから。永眠するから。


「よくアポ取れたね。ゲームは売れてしてるし、結構な大手企業でしょ?しかもこっちはハッキングとかしたのに」

「あぁ。お前の名前でアポ取ったら一発オーケーだった」


おかげでこっちは一発KO確定だよ。


「ってな訳でだな、アンナさんの希望見学先三咲学園は明日見学するから遅刻すんじゃねーよ?九時に現地だから八時に俺らん家集合な」


そんなこんなで夕方となりキー先と別れた僕は一人帰路につく。


「進路ねぇ…」


しかし、教官が教育関連に興味を示すとは意外ではないけれど驚きではある。

ミケガサキの教育体制というものがどんなものか知らないけど、教官が教官をしていた傭兵所で学問を教えたり習ったという話は聞かない。てっきり兵士だから肉体強化が主なものと思っていたけど違うのだろう。僕が思っているより、ミケガサキはずっと窮屈だ。多分、此処と同じくらいに。


「はぁ…。ただい…まごっ!」


ドアノブに手を掛けた瞬間、ドアが押し寄せてきた。あまりに唐突過ぎる事態に足は凍り付き、避けることもままならない。


「どうした、アンナ。このくらいの蹴りがかわせないはずがないだろ?持ってる剣はお飾りか?」


カインの静かな激昂が聞こえて来る。どうやら、教官がカインの蹴りを受けドアにぶち当たり今に至る状況になったようだ。

剣の擦れる音が徐々に近付いてくる。何処からともなく溢れる熱気がそれを裏付けた。上に乗っかっているドアから少し重みがなくなる。教官が退いたらしい。


「二人ともっ!どうか剣をお収め下さいまし!こんなに荒らして…優真様が帰ってきたらただじゃ済みませんわよ」


もう既にただじゃ済んでないけどね、ノワール。


「煩いっ!これは俺とアンナの問題だ。黙っててくれ」


カインから殺気がほとばしる。それに当てられて空気は針のように鋭く澄んでいた。緊迫した空気の中、互いの剣を握り締める音がはっきりと聞こえる。


「うおぉぉぉぉっ!」

「はぁああああっ!」


咆哮が衝撃波となってぶつかり合う。剣の交わる甲高い金属音が二人を掻き立てるように響いた。


「あぁああああもうっ!いい加減にしろぉおぉぉっ!」


それを馬鹿の発狂した声が打ち消す。二人とも驚いたように剣を交えたままの姿勢で固まっている。

ドアを何とか退かそうともがくと、見兼ねたノワールとノーイさんが救助してくれた。視界が晴れる。遠目からでも室内の変わり果てた様子が見て取れた。

ブチッと。頭の中で何かが切れる音がした。


「夫婦喧嘩は…」

「え?」

「犬も食わないっ!それは何故か!?はい、カイン!」

「…はっ?マズイからだろ?というか、色々と大丈…」

「粗末にすんじゃねぇぇぇっ!」


やや引き気味のカインの顎にアッパーカットを食らわす。


「食えるわけねーだろ、バーカ!そもそも食い物じゃねーし!」

「ガキか、お前は!」


子供のようにぎゃーぎゃー騒ぐ僕等をよそに、ノーイさんはしみじみ呟く。


「…何だか今日は皆が荒れる日ですね。あの馬鹿の言語があそこまで乱れるとは。かなり苛立ってますよ?」

「優真さまに限らず、皆様相当ストレスが溜まってるんですわね…。優真様はアンナさんに付き添ってあげて下さいな。私達はカインさんを宥めておきますわ。お夕飯も今日は私達が作りますから。片付けもありますから夕飯が出来るのは少し遅くなりそうですけど…」


言いながらノワールは有無を言わせない微笑みを浮かべて僕等を二階へ続く階段の方へ押しやる。

そもそも二階へ人を上がらせるのは抵抗があったが、この場合は仕方ない。二階は二部屋あり、一番奥が僕の、上がってすぐが兄の部屋となっている。僕は上がってすぐの兄の部屋に教官を上がらせた。


「兄の部屋だけど…まぁ、遠慮なく入って」

「すまないな…。また壊してしまった」

「別に良いよ。今日のことを踏まえて次から百鈞の家具にする」


長年換気をしていないせいか、兄の部屋は埃っぽい。窓を開けて換気を促すと、冷たい夜風が肌を刺す。室内の気温の低さと相まって吐く息が白く浮かび上がるどころか、歯の根が合わないほどだ。身震いしながら収納棚を漁り電気ストーブを引っ張り出すとコンセントをプラグに差し込み、電源を入れた。

しばらくするとじんわりと金属の部分に赤みが差し、そこから仄かに熱が伝わって来る。


「―教官は…、先生になりたいとか思ってたりする?」


怖ず怖ずと教官を見る。僕の位置からでは横顔しか見れないが、先程の喧嘩で腫れ上がった頬が痛々しく映った。熱に照らされたその顔にいつもの覇気はない。光を弾くまばゆい金髪は今にも暗闇に溶け消えてしまいそうだ。


「先生になりたいかと問われれば、素直に頷けないんだ。そうなりたい以前に、私は騎士だからな」


膝を抱え、その中に顔を埋めながら教官は答える。


「優真は『魔眼』無しに魔術が使えるだろう?いや、そもそも魔眼があろうと魔術の知識無しに魔術は発動出来ないんだ。読み書きと同じだな」

「僕の場合はちょっと特殊だよ。無意識に知ってたから」

「凄いな、お前は」

「僕が凄いんじゃない。周りが凄いだけ」


そう謙遜するなと小突かれる。僕は苦笑を浮かべてされるがままに小突かれていた。


「此処は誰でも平等に教育が受けれるだろう?それを知った時は驚いたし、同時に感銘を受けた」

「ミケガサキではあまり学問についての話は聞かないけど、それは世が世だからとかそういうのではなく?」

「あぁ。何処から話そうか…。そもそも、何故階級というものが生まれたかなんだが、それを話すには前置きが必要だな」


少し長い話になるがと教官は顔を上げて僕を見た。僕は微笑みながら頷く。

教官は口許を綻ばせると眼帯に軽く手を添えながら、昔を懐かしむような口調で語りはじめた。


―遠い遠い、ミケガサキの昔話を。


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